ハイエルフの少女
「これでいいかしら」
少女は魔法の灯りの下、魔術書に走らせていたペンを休める。
魔道書の外側はは艶やかな黒い物質でできていて、縁には金色の装飾ある。本にしては武骨で少女の手には多少おおきすぎる。表紙はまるで王侯貴族の屋敷の扉のように植物を象った装飾が施されている。その精緻な所業はその魔道書がこの世界の人の手では作り得ないものである事を物語っている。
少女が魔道書を閉じて持ち上げると、本はまるで氷砂糖が水に溶けるかのように虚空に吸い込まれていく。木の机に木の椅子、隣には布団を敷いた木のベッドがあり壁には本棚に一面の書物。ここは彼女の書斎兼、ベッドルーム兼、仕事部屋だ。仕事部屋と言ってもここはデスクワーク用で、隣には薬剤調合用のラボもある。
まだ、成長途中の年頃特有の少し長めの手足に、全ての物事を見通すような大きな澄んだ目に金色の艶やかなツインテールの髪。ツインテールはまるで作り物のように髪がまとまっており、綺麗に渦を巻いている。特筆すべきはその顔のつくり。見たものが息を飲むような、すれ違った者がほぼ全て振り返り二度見するような、整ったというよりこの世のものではないかのような完成された美がそこにはある。長い尖った耳が彼女がエルフという種族であることを物語っている。
エルフは森に街を作り、基本的に森で生活して出てくる者は少ない。多分に漏れず、エルフは人間の美的センス的にはとても美しい。
ハイエルフ。
そのエルフの中でも強大な魔力を持つ、より神々に近しい者を畏怖をこめて巷間ではそう呼ぶ。多分、森を出て生活しているハイエルフは彼女だけだ。
「ふぅ」
桜の花びらのようなその可憐な唇から吐息が漏れる。
少女は立ち上がると机を離れてベッドに横になる。そのありふれた行為だけでも、傍から見るとまるで1幅の絵画みたいだ。
彼女が魔道書に書き込んだ呪文の名前はこう記されていた。
『分子分解』
高レベルのこの世の摂理をねじ曲げる不条理極まりない魔法だ。ハイエルフは魔道書にあらかじめ呪文を書き記す事で、詠唱を短縮、または破棄して行使する事が出来る。その魔道書は本人だけのもので、決して他人に見せる事は無い。そのハイエルフの権能を理解してるのもハイエルフのみで知れ渡る事は無い。
少女の名前はベルサイユ。
ベルサイユ、ベルはここそこそこ栄えている街で10年程、細々と魔法薬などを売って生計を立ててきたのだが、街の古書店でどうしても欲しい魔道書をみつけた。彼女の中にあるのはほぼ探究心だけでいつも引きこもってるのだが、その本の購入のために冒険者登録して依頼を受けてお金を稼ぐ事にした。
数日、割がいい依頼はなくギルドの掲示板を見て帰るだけだった。そして今日、ここ数日で一言二言かわすようになった冒険者のパーティーに誘われて、隊商の警備の依頼を受ける事にした。その報酬は破格でベルは2つ返事で引き受けた。
ベルは攻撃魔法の類は興味が無く知らないので、自分で開発した攻撃に使えそうな魔法を魔道書に書き記して、明日の依頼に向けて眠りについた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ヒャッハー! お前馬鹿じゃないのか。護衛でそんな金額出す依頼あるわけないだろ」
冒険者のリーダー格のモヒカンが短剣をペロペロ舐めている。
街を出て、視界が悪い森に入ってしばらくして、冒険者達の態度が豹変した。どうも隊商の連中もグルらしい。ベルは両手を後ろに縛られて猿ぐつわをかまされ、荷馬車の荷台に転がされている。ベルはこのまま他の都市で愛玩用に売られるそうだ。エルフの奴隷はいつでもどこでも高く売れる。
『みんなくずばかりかしら。くずは処分しないといけないかしら』
ベルは揺れる馬車の中、器用に立ち上がると全方向に向けて魔法を準備する。
『分子分解!』
ベルは頭の中で魔法のトリガーを引く。
「なにっ、なんで魔法が……」
モヒカンの目は驚愕に見開かれるが、その言葉を最後まで紡ぐことは出来なかった。
ベルの体から放たれた光が辺りを呑み込み触れたものを全て白い粉に変えていく。全てのものが消え失せ、ベルは裸で大地に叩きつけられて、しばらくゴロゴロ転がっていく。
「うう、とっても痛いかしら!」
立ち上がったベルは緑のワンピースを着ている。オリジナルスペル『リビングクロース』。植物で出来た伸縮自在の服を出す魔法だ。
ベルは辺りを見渡す。街道の来た方を見ると、円い白い砂場が出来ている。冒険者達と隊商の人々、馬車、馬車馬、荷台とその荷物全て塩と化している。
すこしやり過ぎた事を反省しベルは誰にともなく口を開く。
「悪党どもはいいけど、馬車の馬には可哀相な事したかしら。ヒール」
ベルは自分に言い聞かせ、擦り傷を魔法で治療すると、塩になった大地を踏みしめて、元来た道を戻って行った。
その塩を踏みしめて行ける所がベルのベルたる所以だ。
そしてその夜、魔道書の分子分解の魔法の対象を『全てのもの』から『全ての無生物』に書き換えた。
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