第十九話 桃源郷
「大丈夫かマグロ!」
なんか、マグロの目が濁ってる。煮付けの魚みたいだ。やばいんじゃこれ?
僕はタオルを巻いて、マグロを抱きかかえて露天風呂の外の石畳に横たわらせる。マグロのタオルを上からかけてやる。
「あ、熱い……どうも茹で上がったみたいです……」
そうか、僕らにとって気持ちいい温泉も魚にとっては熱湯に等しい。
マグロから黒い霧が噴き出し、マグロは幼女に戻る。
「迷惑ばかりおかけして、すみません。確か、全身火傷って死ぬんですよね……」
タオルをかけている所は見えないが、それ以外の所は赤くただれ水ぶくれも多数出来ている。
「死ぬな! マグロ! 死ぬなー! お前回復魔法使えるだろ!」
「さっきの変身で……全ての力を……使い果たしました……」
息も絶え絶えマグロはいう。なにやってんだこいつは!
何セクハラや入浴に命かけてんだ!
マグロは、閉じかけた目で僕をじっと見る。
「とっても……きれいですね……」
マグロは弱々しく手を伸ばし、僕の頬に触れる。
「まだ……出会って間もないですけど……楽しかったです……最後に大好きな温泉で……女神様に看取ってもらって私は幸せです……ありがとう……ござい……ました……」
マグロはそう言うと、目を閉じた。
どうする!
生半可な回復魔法では、マグロを癒やせないだろう。
けど、全力で行ったら、またやり過ぎる可能性が高い!
マグロの目から涙が溢れる!
幼女の涙は反則だ!
うう、可哀想だ!
死なせてたまるか!
「タッチヒール・マキシマム!」
僕はマグロの手を掴む!
マグロの体は白い光に包まれた!
「下位バージョン、世界の終わり!」
ベルの高いよく通る声が露天風呂にこだまする。
一瞬、回りの動きが止まり、辺りの色が灰色一色になる。それはすぐに戻り、まわりのもの全てから光が集まり、白い球状になる。その中空に現れた光る白い球体が、僕に飛び込み吸い込まれる。
「アアアアーッ!」
僕の口から、思わず悲鳴がもれる! エネルギーの奔流が僕の中を暴れ回る!
「からのー! 魔力暴走!」
いつの間にか脱衣所から現れたベルの手から出た魔力の光線が僕に吸い込まれる。
油断した!
マグロに夢中になりすぎた!
先ほどのエネルギーと、僕の中の全てのエネルギーが僕の中で暴れ回り、癒しの光となって、マグロに吸い込まれていく!
「おこぼれいただき! とうっ!」
ベルは駆けてきて、マグロに抱きつく!
『こんな所で死にたくない!』
マグロの声が僕の心に直接流れ込んでくる。
『熱いのは嫌! 寒いのも!』
そりゃ僕も嫌だ!
『魚人だけでなく、人魚にもなりたかった!』
当然ですね、でも、魚人もまんざらでないのか?
『勇者になりたかった!』
勇者きました! こういう願いでお願いします。
『彼氏欲しい!』
これは自分で頑張るしかないでしょう。
『もっと早く泳ぎたかった!』
『もっとたくさん魚介、特ににタコを食べたかった!』
『水を自由に操れるようになりたい!』
『もっと大きく強いマグロになりたかった!』
ん、マグロ、間違いなく頭もマグロに浸食されてるのでは、明らかに人間じゃなくて、魚のマグロの願いだろそれ!
おいおい、大人に戻りたくないのか?
まあ、マグロはマグロだからしょうがないけど……
『マリーの一番になれるように、強くかっこよく、綺麗になりたいかしら!』
ベルの思考も流れ込んでくる。なんて可愛らしい、いじらしいお願いなんだろう。
『あと1つは、恥ずかしいから内緒かしら!』
さすがベル!
心から漏れる声もコントロールできるのか?
マグロとベルは光に包まれて、それは白い柱になり、空を突き抜ける。
白い柱は光の粒子になって辺りに降り注ぐ。降り注いだ所に生えてる植物は急速に成長し、花が咲き乱れる。
馥郁たる花の香りにつつまれて、マグロとベルは立ち上がる。
花に囲まれてる美しい少女と幼女、桃源郷、その言葉が脳裏に浮かんだ。
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