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漁村  作者: ジョン・グレイディー
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第十七章「ずっと一緒、死んでも一緒」

 新正栄丸の遊漁船としての船出は順調に幕を開いた。


 正栄の願いが叶ったのか、5月に入り、海水温も上昇し、地磯に固まり、くず寝て居た魚達がやっと活性化し始め、ガシラ、カレイ、沖メバルといった冬の種類から鯵、鰆、鯛などの春を告げる魚が上がり出した。


 遊漁船の予約も鰻登りとなり、向こう1ヶ月、土日は予約で満杯となった。


 客はやはり、家族連れが中心であった。


 正栄が敢えて家族連れを優先した。


 正栄はこう思っていた。


「釣果を求める釣り人は海を楽しむよりも釣れた釣れないの文句が多く、笑顔が少ない。


 それに比べ家族連れは船上の一時を心行くまで楽しんでくれる。絶えず海を見て笑っている。


 その喜びを見てこそ、船を出した甲斐がある。」と


 また、女の心の籠ったもてなしはゆっくりと海を楽しむ家族連れには最適であり、船上はいつも和気藹々とした笑い声が木霊していた。


 釣果は心配要らない。


 男が客の土産分は十分に釣り上げる。


 そして、正栄は何よりも男と女の仲睦まじい光景を見遣るのが喜びであった。


 女は、接待に余裕が見つかれば、操舵室の横に陣取る男の傍に直ぐに移動し、嬉しそうに竿を出すのだ。


 男も女が横に来ると笑顔を見せ、女に棚の取り方などを教え出す。


 その微笑ましい光景を見ながら、


 「ほんま、仲がええわ!夫婦以上やわ!」と正栄はいつもいつも感慨深く見遣るのであった。


 正栄も二人と出会うまでは寂しかったのだ…


 新正栄丸の営業も軌道に乗り始めた。


 料金設定は、乗船客は5名以内で、昼までの貸切、餌・氷、竿・仕掛けレンタル料込みで5万円とした。


 土日の2日で10万円、月40万円の収入があり、油、餌代を差し引いても、月30万円を稼いだ。


 正栄は、遊漁船の稼ぎは等分とし、加えて、平日の下見、漁により、釣り上げた魚を吉田釣具店に卸した分も踏まえ、月10万円以上を男と女に支給することができた。


 男も女もその収入で十分であった。


 男にとっては、船に乗り、好きな釣りが出来る。加えて、正栄から船の操縦を習い、尚且つ、釣り上げた魚の残りで生活費を浮かせることが出来た。


 女にとっては、毎日、男と共に船に乗ることができ、舞鶴市から通うガソリン代を十分に補うことができた。


 そして、正栄にとっても、息子と乗る為に新造した待望の船を海に出すことが出来たのだ。


 皆んなが毎日、楽しく船に乗り、家族のように何の気遣いもない楽しい日々を過ごしていた。


 五月晴れの続く5月終わりの日曜日


 この日も新正栄丸は客を乗せて沖に出た。


 この頃は、今が旬のイサキが多く上がり始めていた。


 イサキは「麦はんさこ」とも呼ばれ、麦の実るこの季節が一番脂が乗っている。


 正栄は冠島の地磯近くに船を停めて、上潮が地磯に流れ込む方向に船尾を向ける。


 水深は30mと浅く、撒き餌が上潮に乗り出せば、イサキも上へと移動し、釣果も多く期待出来る。


 仕掛けは、縦浮を使用し、クッション天秤に錘付き餌籠を上に付け、ハリス長さ二ヒロに餌針2本を下に付け、潮に乗せて流す。


 この日も第一投目で男の浮が海面から消えた。


「よし!消し込んだ!」と正栄が叫ぶ。


 良い型のイサキが、パンパンに張った腹を翻し、黄土色の魚体をクルクルと回転しながら海面に上がって来た。


 女がすかさず玉網で掬う。


「良いイサキや!真子か白子を持ってるわ!美味いでぇ!


 さぁ、今やでぇ!お客さんも頑張ってーや!」と


 正栄がマイクの必要もないような大声で客を叱咤激励する。


 次々とイサキが上がった。


 玉網入れ係の女は大忙しに船上を飛び跳ね回った。


 大漁であった。


 家族連れはクーラー一杯のイサキを持って帰り、それでも、生簀はまだまだ黄土色の鰭を輝かせるイサキで群れていた。


 正栄が男と女に言った。


「福永はん、亜由子、今日はこのイサキで一杯やらんか?


 ワシの家に来なはれ!」と


 女は喜んだ。


「行く、行く!ねぇ、師匠!行こうよ!」と


 男も女の笑顔を見て、「うん」と頷いた。


 正栄の家は、漁村から車で10分足らずの県道沿いにあった。


 正栄は一人暮らしであった。


 今年で72歳となり、妻は2年前に他界していた。


 妻が他界するまでは息子夫婦も一緒に暮らして居たが、コ○ナ禍の影響により漁業収入が下がり、息子夫婦は都会へと出て行ってしまった。


 正栄はいつも独りぼっちであった。


 そんな時に毎日一人であの白灯台で釣竿を出してる男が自分と重なったのだ。


 そこに女が加わった。


 正栄はこの二人を新たな家族と思い始めていたのだ。


 そして、正栄はいつか、この二人を我が家に招待しようと考えていた。


 その待望の願いがこの日となった。


「うわぁ、美味しそう!」と女が歓喜の声を上げる。


 正栄と男がイサキを捌き、大皿一杯に載った刺身がテーブルに登場した。


「さぁ、亜由子、食べてみなはれ!美味いぞ!


 刺身の次は塩焼きもあるでぇ!


 最後は、真子と白子の天麩羅もあるさかい!」と正栄が女に箸を勧めた!


「美味しい!これ、今まで食べた中でダントツ一番!」と女が刺身を頬張り、無邪気な声を上げる。


 男はそんな元気な女を見て、自分の推測が間違っていたと安堵し、嬉しそうに焼酎に口を付ける。


 楽しい宴


 船上の話で持ちきりであった。


 三人とも過去は言わない。


 今ある三人だけの共通の喜びを口に出し合い、笑い、そして海の幸を食し、酒を飲んだ。


 この日


 男も女も正栄の家に泊まることになった。


 正栄は二階の自室に行き、一階の客間に男、その奥の仏壇座敷に女が寝た。


 夜中


 男が寝ていると座敷の襖がそっと開いた。


 男は布団の中に何かが潜り込んで来たのに気付き、そっと布団の中を見た。


 そこには、暗闇でも輝く瞳が見えた。


 女が仔猫のように包まり、にっこり笑って男を見上げていた。


 男は、にっこりと笑い返し、何も言わず、布団をもとに戻した。


「良かった。」と


 布団の中から可愛らしい声がし、そして、男の右腕に冷たい女の頬の感触が伝わった。


 男は女が寝やすいように抱き寄せて、女の顔を男の胸の上に載せて上げた。


 女は「キャッキャ」と笑い声を発しながら、男の袂に体を埋め込み、


「安心!」と


 一言だけ、男に聞こえるよう言葉を発すると、「スウスウ」と可愛い寝息を立て始めた。


 男は、その重なった女の身体の軽さに、また、あの不安を抱いた。


 そう、女の身体の軽さに儚い運命を重ね合わせたのだ。


 そして、自分の無駄な過去を取り除いた今と残り少ない未来をも女の身体の軽さに重ね合わせるのであった。


 この日を境に


 男と女は、一緒に暮らし始めた。


 女は、リュックサック1つで身支度を済ませた。


 そして、やはり、女の両親は女のこの行動を支援した。


 それどころか、「亜由子を頼みます。」と男にビデオメーセージを送信した。


 男は遂に確信した。


 女の人生は、間違いなく自分と同じ儚いものであることを…


 しかし、男に以前の悲観さはなかった。


 今ある男の気持ちは、


 この同じ人間たる相棒と共に、一分一秒足りとも離れることなく、同じ空気を吸いたいと思った。


 いや、そうあるべきだと考え至った。


 そして、女にも、男の心、男の儚さが次第に見えて来た。


 ある夜


 布団の中から女の寝言が聞こえた。


「ずっと一緒、死んでも一緒」と…


 


 


 

 

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