はじめてのとうみん
ふかい山のおくに、ツキノワグマの母子がいました。
去年の2月に生まれたぼうやのこぐまは、もうすぐ一年になるのにまだ小さくて、母くまに心配ばかりかけていました。
冬が本当に寒くなってきた夜のことでした。
ぼうやがお空をみていると、お空のいちばん上から、強く光る星が一つぴかりと流れました。
「おかあさん、おほしがおちたよ。とってもたかいところから、おそらのしたまでおちてきたよ。」
まっ白ないきをはずませて、こぐまは母ぐまへ言うのでした。
「そうなのね。それは流れ星よ。とおいお空を旅したお星さまの最後の光なのよ。」
ぼうやのきらきらと星を宿したような瞳を見つめて、母ぐまは思い出していました。
二ねんまえに、生まれてすぐしんでしまったこぐまのことを。
「ぼうや。もうおやすみなさい。こんやからながい冬のねむりですよ。」
母ぐまは、こぐまと過ごす初めての冬眠を、今晩から始めようとしていました。
「ぼく、まだそんなにねむたくないよお。」
「おほしさまのさいごのひかりをよくおぼえていてね。ながいゆめの中で、またきっとあえるから。」
母ぐまは、まるで自分に言いきかせるようにぼうやに言いました。
「さあ、おくへ入って。あったかくしてねんねしましょう。」
「おほしさまもねんねするかな。」
「そうよ。はるまで、お山もおほしさまも、みんなねんねするのよ。」
母ぐまは、ぼうやを巣穴の一番奥へ押しこみました。
こぐまを胸に抱くようにしながら、自分は巣穴の入り口を塞ぐように丸くなります。
「うーん・・・」
ぼうやはもう眠り始めています。
母ぐまは、そんなぼうやの首元を少し舐めてやってから、しずかにめをとじました。
――しんしんと夜は更けていきます。
満天の夜空に、次から次へと星が流れて消えていきます。
時に大きな火球となり、夜空を煌々(こうこう)と照らしますけれど、それはひと時のことで、すぐに静かな夜空に戻ります。それは、まるで音のない美くしい調べが、はるか永遠へと奏でられているようでした。
ふかい山のぶなの森には、白い雪が仄かに光っています。遠い空の彼方では、まるでだれかがそっと見まもっているような灰色雲のカーテンがありました。
星々(ほしぼし)の時はとても長いので、生きているすべてのものにとっては、まるで止まっているようです。けれど、流れ星のように、時折それが眩しく輝くおわりの時を見せてくれることがあります。そのことは、おわりの美しさと、静寂のなかにある始まりの予感を見せてくれるものでもありました。
また、春が来るでしょう。そのとき、この熊のおやこは痩せて強張った身体をほぐしながら、豊かな森で餌をさがすでしょう。そのとき、まだ残る雪を口にするかもしれません。飢えた身体に染み入る冷たい雪の味は、過ぎた冬の名残の味なのです。ぼうやは、初めて見る早春の陽の光に目を細めるでしょう。そして季節の始まりという喜びを知るのです。その姿を見る幸せこそが、母ぐまにとって唯一つの大切な光そのものなのです。
この母子のように、春になればいのちがあちこちで眼を覚まします。そのいのちの炎の光こそがこの星の光であり、永遠のように長い星々の終わりの光と対になる、始まりの光なのです――
母子の寝息が聞こえてきました。もうすっかりと眠ったようです。母ぐまのお腹のあたりに埋もれて眠っているぼうやの可愛いまぶたが、ぴくりと動きました。もしかしたら、青く光る流れ星のゆめを見ているのかも知れません。そして、もしかするとぼうやが目を覚ましたら、新しい小さな弟か妹が母ぐまの乳を飲んでいるかも知れないのです。おかあさんの熊たちは冬眠中に出産します。だから、ぼうやも知らないうちにお兄ちゃんになっているかも知れないのです。
今も、どこかで始まりが眠りの中で育まれています。雪解けが楽しみですね。
おわり
冬の童話2022企画作品です。