脱出
座場亜亜運!座座座座差亜!
私の零式艦上戦闘機は波をかき分け水面を滑らかに滑る。
初めての着水だが、綺麗に着水できたのではないかと思う。不思議なほどに、この瞬間は波が穏やかだ。
前方200メートルに舟が浮かび、あの娘が立って見つめている。
彼女があまりに私を凝視するので、私も彼女に引き寄せられるように見つめる。
彼女はまだ十代のように見える。長い黒髪が風に揺られ、射し込む太陽光を乱反射させてキラキラと輝く。
眩しい光で逆光となりその表情は読み取れないが、少し笑顔を見せているような気がする。
お互いに無言で何秒間見詰め合っただろうか、それとも一瞬だろうか、太陽の光が遮られ、彼女の表情が垣間見えた。
美しい。
ハワイの女性らしく、小麦色の肌。優しさと力強さを感じる眼。
高いながらも少し丸めな鼻。
そして、少し厚めの唇。
水面に逆さに映る彼女の姿も美しく、ハワイの女神が居るとしたら彼女に違いないと感じたこの瞬間、戦争とか、なんだとか、かんだとか一切忘れて、ただ彼女の近くに行きたいと思った。
しかしふと我に返る。
先程彼女の表情が見えたのは良かったが、光を遮ったものは何だ?
水面は穏やかだよな。
よく見ると、穏やかな水面がせり上がってきている!
あまりに大きくせり上がってくるから気が付かなかった!
波は落ち着いたように見えたが、それは大波に向けた前兆だったのだ。
デカイ波が来る!!ヤバイぞ!!
急いでベルトを外そうとするが慌てて外れない!
クソ!外せ!外れろ!
ガチャガチャ!ガチャガチャ!
波がいよいよ大きく、果てしなく大きく成長してくる!
彼女は?その波の上に居る!高い!私を心配そうに見詰めている!!
ウオオオ!!!
無茶苦茶に全力で外す!
頑着!外れた!
波が落ちてくる!!
零戦を含め空母艦載機は一定時間浮くように設計されているが、大波に耐える設計ではない!
力任せに風防を開ける!外に出なければ機体ごと沈むぞ!
座席に足をかけて外に出ようとする!
頑着!
絶望的な音と共にグンッと体が引き戻される!
今外れたベルトのバックルが座席の隙間に入り込み、まるで私を離さないとでもいうように絡み付く。
あぁ、暗くなった!
凄まじい質量の大波が零戦に向けて落ちてくる!!
波の飛沫が無数に別れてスローモーションのダイヤモンドダストのように美しく襲いかかる!
嘘だろ、ここにきて溺れ死ぬのは絶対に嫌だ!畜生!!




