ウィリアム・フレデリック・ハルゼー・JR提督
空母エンタープライズに座乗するウィリアム・フレデリック・ハルゼー・JR中将は、空母エンタープライズを中心とした第2空母戦隊司令官を務めながらも、アメリカ海軍航空戦闘部隊司令官として、合衆国艦隊の全空母の指揮権を任された人物である。
ウィリアム・ハルゼー提督は59歳、図太い眉毛の下から覗く鋭い眼光が強者の迫力を、大きい耳が情報収集力と判断力を、高い赤っ鼻が愛嬌を醸し出している。
あだ名はブル、猛牛の意味であるが、アメリカにおける猛牛は、日本においては竜や虎と同じ、最強の生物という意味で敬意をもって用いられる。
つまりこの男は、アメリカ海軍において、最強の名を持つ男なのだ。
その最強の男、ハルゼー提督は怒りに身を震わせていた。
艦橋内には30分前の日本軍の急降下爆撃で生じた格納庫火災の煙が入り込み、酷く煙たい状態が続いている。
「消火状況はどうだ!」
ハルゼー提督は怒鳴る!
「はい!間もなく鎮火予定です!」
「魚雷の被弾箇所の状況は!」
「はい!左舷後部に一発食らいましたが、現在注水して水平を保っております。速度は低下しますが、航行に支障はありません!」
「そうか。消火急げよ!」
「ジャップめ、イエローモンキーの分際で!殺してやるからな!」
「提督!キンメル太平洋艦隊司令長官から暗号電が入っております!」
「クソ!それどころではないというに!」
「空母エンタープライズは、西海岸サンディエゴ海軍基地まで退避せよ。です!」
「ふざけるな!」若い頃にフットボールで鍛えた最大級の怒りを込めたキックで椅子を蹴飛ばすと、背もたれが弾けとんで艦橋の強化ガラスに亀裂を入れた。
「断ると送れィ!多くの仲間を失った!逃げることなど出来るかァ!」
ハルゼー提督の怒りは、それこそ猛牛。艦橋で暴れ狂うアメリカバイソンであった。
しばらく怒りは続いたところで、鎮火の報告があり、艦橋内の空気も海風を感じるものとなり、若干の平穏を取り戻したところで、参謀長が頃合いを見て意見具申する。
「提督、お怒りはごもっともですが、当艦はすでに空母機能を喪失しております。艦載機も全滅しました。」
「わかっておる!わかっておるわ!このまま残ってもどうしようもないことはわかっておる!」
「日本軍空母部隊はまだ健在です。ジャップが日本に帰る可能性もありますが、止めを刺しにくる可能性の方が高いと思われます。真珠湾に戻っても確実にやられるでしょう。」
「クソ!クソ!猿が!」
「空母レキシントン轟沈の報を受けて魚雷を捨てた閣下の判断は見事であります。そして、当艦を身をもって守った味方艦にも報いなければなりません。」
「・・・・・・」
ハルゼー提督の眼光は太い眉に隠れて伺い知ることができない。
「もはやオアフ島に艦載機は殆ど残っておりません。陸軍の旧式爆撃機と旧式戦闘機が大半です。ここはサンディエゴに戻り、艦載機を積んでサラトガと2隻で逆襲しましょう。」
「・・・・ハズバンド・キンメルめ、あいつは解っている。俺よりもあいつの方が、あいつは全責任をとるつもりか。」
「クソ!暗号電!了解した、必ず
戻る、次の同期会で会おうと送れ!」
「全艦に示達!これより当艦隊はサンディエゴ海軍基地に向かう!」
「イエッサー!」
ハルゼー提督は踵を返して艦橋を後にする。
ハルゼー提督の声の震えで気付かない者はいない。
参謀長以下、提督の厚い眉毛の下から一筋の涙が流れ落ちるのを多くの者が目撃し、提督が背負ったものの大きさを想像し、その助けとなろうと決意を新たにするのであった。




