始動
私は愛機に乗り込み、弁当とサイダーを仕舞うとシートベルトを装着する。
燃料等計器類確認、カウルフラップ操作、燃料ポンプ、スロットル操作等、一連の動作を流れるように行う。
エンジン点火準備よし!待機中の整備兵に合図する!
整備兵はエンジン始動用のクランク棒を機体に差し込み、力一杯回転させ始める!
ヒュゥゥゥヒュゥゥゥヒュゥゥゥヒュゥゥゥヒュゥゥゥヒュゥゥゥ
キュゥゥゥゥゥゥンキュゥゥゥゥゥゥンキュゥゥゥゥゥゥンキュゥゥゥゥゥゥンキュゥゥゥゥゥゥン!
次第に高音に変わってゆき、始動エネルギーを蓄積させる!
「コンタークト!」
整備兵が叫ぶ!
「コンタークト!」
私がエンジンスイッチを入れると、零戦の一千馬力級栄エンジンが一気に覚醒する!
素晴らしい爆音と共に黒煙が吹き出し、プロペラが空気を切り裂き始める!
エンジンは絶好調だ!
整備兵が車輪止めを外す!
さあ行くぞ!スロットルを上げ、一気に加速する!
景色が流れて行く!
そして鷲が舞い上がった!
空には赤城隊以外に、加賀隊、蒼龍隊の3小隊がいる。
直掩隊は基本的にあらかじめ受けた指示高度を飛ぶが、上空では基本的に階級上位者が仮の指揮権を有する。
仮というのは、無線機も使えないし、手信号なので意思の疎通が難しく、ほぼ小隊で動くことになるからだ。
加賀隊も蒼龍隊も高度5000メートル付近に集まったので、私達は高度を更に上げることにする。
加賀隊は私より先任なので、近づいて手信号で伝えると了解とのこと。
こういうところ、空の上でも階級上位者に伺いを立てないと、後で鉄拳制裁をもらうことになる。
私は士官だから良いが、下士官が伺いを立てると鉄拳制裁の可能性も高い。
今は我々全員が熟練パイロットなので特に問題にもならないが、今後は経験と技量不足の士官が部隊長になったりすると、ベテラン下士官は大変かもしれないと思い、チラリと神鳥谷一飛兵を見た。
満面の笑みで答えてきた。
ああ、わかってる。俺がお前のことも守ってやるよ!
高度を1000メートル上げて6000メートルとなった。
列機に酸素マスク装着を指示し、見張りの範囲を広げるため、散開を命じた。
列機は親指を立て、緩やかに離れてゆく。
下方では、空母から九七式艦上攻撃機、水上艦からは零式水上偵察機が索敵に飛び立ってゆく。
しかし空は雲の支配率が徐々に上がってきていた。
明け方の空は雲一つ無く、朝日は本当に綺麗だったのに、今は我々の攻撃を悲しむように沈んだ雲が覆い始めていた。
私は垂れ込み始めた雲の切れ目に注意を払いつつ、艦隊上空を飛び続けた。
どれくらい経っただろうか、ひたすら目を凝らして遠方を見続ける。
一瞬、違和感を感じた。何かこの光景に馴染まないものがあった。
違和感の正体を探す。
まだかなり遠いが、一瞬、雲に影が差す!
影のもとを辿る!
二番機が加速を始めた!
オイ!合図くらいしやがれ!




