着艦
紺碧の空に太陽が輝く
常夏のハワイといっても、上空は驚くほど寒い。
パイロットになって一番驚いたのがこの寒さだ。最初は太陽に近付くのだから暑くなると思っていた。
実際は、空の世界は冷気に満ちている。
北風と太陽の童話は、地上の世界でしか成立しないことを知ったのだ。
太陽は、空の神の許可を得て、地上に恵みをもたらしているのだ。
そんなことを考えていると、いつの間にか低い高度に雲が広がってきた。
あまり針路を変えないように、機動部隊を見逃さないように雲の切れ間を飛ぶ。
障害物競争のように、いくつかの雲を越え、大きめの雲を避けると、突然障害物が終わりを告げ、眼下には待ち望んだ光景が広がる!
青く美しい海に無数の船が白い航跡を引き、海上に流星群が現出したようだ。
この流星群こそ、世界最強、大日本帝国海軍、空母機動部隊である。
空母6隻を中心にして、周囲を戦艦2隻のほか、巡洋艦、駆逐艦が囲んで守りを固めている。
空母機動部隊の集中運用という世界史上初の試みは、完全に成功したと言える。
空の力が海を制する時代が到来したのだ。
私は今まで共にした3機のパイロットに敬礼し、解散を告げる。
ありがとう!また会おう!
3機は翼を翻して母艦に向けて降下してゆく。
みんな帰ってきたぞ!
我々の母艦は空母機動部隊の旗艦である赤城だ。
艦橋が左側にあり、飛行甲板の後部に、大きく「ア」と書いてあるのが特徴で判りやすい。
徐々に接近すると、甲板上は先に着艦した攻撃機の収容などで大忙しの様子だ。
速度を落とし、通過しながら係員の着艦指示を確認すると、着艦可能とのこと。
私は手順通り、降下のアプローチを開始し、周囲を旋回して艦尾に回り込む。
空母への着艦の特徴は、陸地に例えれば滑走路が前に進んでいるということだ。
逆に言えば、前に進んでいないと着艦はまず出来ない。
空母は向風のなか、時速約50キロで航行中だ。波は穏やかで艦の上下は少ない。
空母上空向風の風速は秒速約8メートル、時速換算で約30キロメートルだ。
私は速度を約150キロに落とし、どんどん高度を下げてゆく。
車輪と着艦フックを出して係員に確認する。
作動ヨシ。
着艦指導灯を見る。
赤と青のライトは綺麗に並んでおり、進入角度ヨシ。
目の前に甲板の先端が迫る。波の影響で甲板が上下するので動きを合わせるが、このときがぶつかりそうで一番怖い。
甲板の先端上空約5メートルを時速90キロで通過!
空母との相対速度は時速40キロなので、零戦は飛行甲板上を1秒に約10メートル進む。向風もあるので、着艦の猶予は5秒以上ある。
私はエンジンを止めて滑空に移ると、機体は失速してストンと飛行甲板に接地し、すぐに着艦フックが制動索に引っ掛かり、ぐぐっと急制動がかかる。
機体はすぐに停止。係員が数人駆け寄ってくる。
お疲れ様です!敬礼を交わす。
係員は機体に取りつき、押して移動させ始める。
ゆっくりと動かされる機体。操縦席から空を見上げる。
生きて帰ってきた。
すごく、疲れた。




