戦果
私は高速で危険空域を駆け抜けつつ、すばやく周囲を確認した。
敵の対空砲は爆発の影響で私を見失い、特殊潜航艇が昇華した灰褐色の水龍に向けて発砲を続けている。
私は低空のまま高速離脱し、一旦海洋に出たあと、高度を上げた。
眼下に広がる真珠湾は、十数分前には美しい輝きを放っていたのに、今は立ち上る黒煙が全体を覆い、まるで巨大な魔法陣の特殊文字が不気味な光を放ち、この世を抹殺する召喚魔法を現出させるかのようであった。
再びそんな恐ろしい真珠湾を見ながら高度を上げると、無事だった列機の2機が翼を揺らしながら近寄ってきた。
手信号で会話をする。
大丈夫ですか?
問題ない大丈夫!
すいません!離れていて追従できませんでした!
問題ない大丈夫!
翼に穴がいくつか開いていますが大丈夫ですか?
問題ない大丈夫!
残弾は?
20ミリは20発はある!まだまだやれる!
私が笑顔で答えると、列機の二人も笑顔で応えた。
私たちは再び散開し、制空任務を続けた。
我々は真珠湾上空を占有しつつ、敵情を観察する。
真珠湾の敵艦は、第一次攻撃前に見たところ、主なもので
戦艦10隻
巡洋艦11隻が停泊していた。
しかし、空母はいなかった。
事前の情報によれば、真珠湾には
空母エンタープライズ
空母レキシントン
空母サラトガ
の3隻が母港として活動しているはずだった。
我々航空隊にしてみれば、姿の見えない敵空母部隊が極めて不気味であり、今頃母艦が攻撃を受けているのではないかと不安になった。
第一次攻撃隊と特殊潜航艇の戦果としては、黒煙のなか見極めると
撃沈は戦艦2隻。
大破は戦艦3隻。
その他も中破、小破炎上しており、無傷な艦はいなかった。
素晴らしい戦果であるが、しかしその反面、満身創痍の敵艦の吐き出す黒煙が湾内に立ち込めて、煙幕のように湾全体を覆ってしまい、敵艦の視認性が極めて悪くなっていた。
これでは第二次攻撃隊の攻撃は難しくなるぞ。
私はまもなく来るであろう第二次攻撃隊を心待ちにしながらも、興奮が醒めて落ち着いてきた影響なのか、高まる不安感が体の奥底に違和感となって現れた。
私は
吸ゥー・吐ァー・
と続けて深呼吸した。
機械工場のなかにいるような、ガソリンと機械油の混じった無機質な匂い。そしてエンジンの脈動とプロペラの回転音。
数々の部品が組合わさって完成された零戦という機械の頭脳として、私自身の神経が機体全体に張り巡らされて機体と融合したように感じた。
私は不安な気持ちを取り払い、再び集中して見張りを続けるのであった。