そして新たな戦い
イオラニ宮殿。青の間。
ハワイ王国時代は、青の間はその名に相応しいハワイブルーに彩られた美しい部屋であった。
しかし1893年にハワイ王国が滅亡すると、その部屋を形作ったカーテン、テーブルや椅子等の青の調度品はアメリカ政府によって売却されてしまったが、青の間の象徴であったハワイ王国第7代カラカウア王と第8代リリウオカラニ女王の肖像画は今に至るまで青の間を守り続け、女王の黒青の瞳のみが、長い長い時間、青の間を照らしていたのである。
そして今、ハワイ女王即位に伴い、青の間は急遽ブルーのシーツ、ブルーのテーブルクロスて装飾され、いにしえの姿を取り戻しつつあった。
「もう結構です、お引き取りください。」
「あ・・わたくしを採用しないと!創設される女王空軍にとって損失となるのは間違いありません!わたくしは必ずや女王陛下の、プリンセスのお役に立ちます!・・・・」
「うん、その熱意はよくよく聞かせてもらった。その熱意は素晴らしい。」
「では!」
「しかしね君、デニス・ハート君だったかな、君の体重、何キロだったかな。」
ハート君は上着では隠しきれない腹部をタプンと揺らすと答える。
「イエッサー!300ポンドです!」
「300ポンド!136キログラムか・・・なかなかのうん、君も知っての通り、今回は王室空軍のパイロットを採用するためのものなのだ。その身体では操縦席に入ることが出来ないだろ。つまり・・・」
「パイロットでなくても構いません!!今は!!プリンセスのためなら!命も惜しくありません!!よろしくお願いします!!!」
「・・・・わかった。君の父は議員であったかな。」
「はい!!父の反対など私にかかれば物の数ではありません!つまり、鎧袖一触です!!」
「ほう、確かに君を覆う肉の鎧は何ものもはね返すバネと強靭さを感じるな。」
「はい!身体も心も王女に捧げる準備は出来ています!!それでは朗報をお待ちしています!」
「Ready to go・・・準備・・・出来てるんだ・・・。」
ブルッ!王女は寒さを感じた。
「彼は身も心もラアヌイ王女に捧げるとおっしゃっております。」
「仲条さん!そこは訳さなくて言いっちゃ!!むしろ、ほかの部分をちゃんと訳してます?」
「もちろんで御座います。わたくしの通訳に漏れなどありえません。しかし日本語はとても難しい言語ですので、その方の一番伝えたいことを要約することも御座います。その上で、彼の言葉を要約したのです。彼は身も心もラアヌイ王女に捧げる。と」
王女は僅かに顔を赤らめるながら答える。
「そんなこと・・・困るっちゃ」
「コホン、もう十人以上だな。王女の魅力は素晴らしいし、結果的に王家に忠誠を誓ってくれるのは有り難いではないか。」
山下奉文大将が話をまとめた。
ここ青の間の奥には、青いテーブルクロスが敷かれた長テーブルに3人の軍人が着座していた。
一人は、ハワイの虎こと山下奉文ハワイ女王国陸軍大将。
一人は、ハワイ女王国海軍航空艦隊司令長官、草鹿龍之介中将。
一人は、虜囚の立場であるとともに、ハワイ女王国空軍客将扱いとなっているオーブリー・フィッチアメリカ海軍少将である。
更に、その長机の左側に控えるのは通訳の仲条麗子、長机の右側に進行役の執事男性、少し離れて、憂いを帯びた表情で青の椅子に着座するのは、ノア・ナナイルア・カロノ・ラアヌイ王女である。
・・・・・・「ハート君、採用するっちゃ?」
王女の問いにフィッチ少将が答える。
「彼には熱意があります。父の地位も。女王国空軍は創設したばかりで、パイロット以外にもやることは多いですからな。政治力は特に重要でしょう。」
「ジョセフ知事の推薦ですからな、どのような形であれ、知事の協力が得られるのは大きい。」
「フィッチ少将の判断に異論はない。」
「郷に入りては郷に従え、ですな。」
「鍛えれば多少の脂肪は減るだろうさ。」
「多少ね・・・わかったっちゃ。」
ノアは右手で額を押さえる。さっき女王と交換してからは、似たようなやりとりが続いている。
「次の方、どうぞ!」
青の間の外にも響くように、執事のバリトンの声が響く。
その心地よい声がハワイアンコアの樹から作られたドアに到達し、ドアが勢い良く開くと、金色のオーラをまとう軍服の青年が現れて凛々しく歩みを進める。
ギリシャ神話の神のような軍人の登場に、王女を含めて全員が居住まいを正す。
ファサッ!ファサッ!ファサッ!
絨毯すら踏まれることを喜んでいるような美丈夫。
一歩ごとにブーツが光り輝く!折り目のついた軍服も手入れが行き届いている!
その男は金髪をコームオーバーヘアに仕上げ、僅かに生やした金色の顎髭を整えている。
長身で引き締まった体格、通りを歩けば男女を問わず必ず振り返る男であった。
男は中央に位置すると、その視線を各将軍、仲条、そして最後に王女の瞳を貫くと流麗に敬礼をする!
「アメリカ陸軍航空軍、第15追撃航空群第45追撃飛行隊所属、ルイ・パルティアーノ中尉!召集により馳せ参じました!」
フィッチ少将が口を開く。
「休め」
「彼は見ての通り、アメリカ陸軍航空軍に所属するエース級パイロットです。このたびのハワイ女王国空軍創設にあたり、女王陛下から、アメリカ軍の優秀なパイロットが欲しいとの話を受けまして、陸海軍数人をリストアップしまして、彼はその代表となります。」
仲条が通訳する間も、ルイ中尉は静かに王女を見詰めている。
王女はこんなに圧倒的な男性に見詰められた経験が無いため、もう顔を上げることが出来ない。
「さて、ルイ中尉、召集に応じてくれたということは、ハワイ女王国空軍に所属してもらうということでよろしいな?」
「はい。ただし。」
「ただし?」「但し?」
「私はイタリア系アメリカ人です。祖先はイタリアからアメリカに移住した移民であります。」
「うん。」
「私はこのハワイオアフ島に勤務して3年になりますが、この地は地球上の何処よりも美しく、素晴らしいと思っています。」
「そうだな。」
「そして昔、ハワイにはハワイ王家が存在しており、それを我が祖国アメリカが、正当な方法でハワイ王家を廃止し、アメリカの準州としたことも知っております。」
「・・・・・」
「そんなハワイが、ハワイ女王国として独立し、私がその力になれると言うならば、喜んで女王のもとでハワイのために働くのも良いと思っております。」
「そうか。」
「しかし、同時に私はアメリカ合衆国も、アメリカ陸軍も愛し、誇りに思っております。」
「私がハワイ女王国に転籍するための条件として、私とハワイ女王国のエースで空戦の勝負をして、私が敗北したうえで、もう一度私に要請していただけるのであれば、その時は是が非でも女王陛下の剣となりましょう。」
「なんと!空戦でだと!?」
「はい、私の陸軍のキャリアを掛けるのです。そのくらいは当然です。」
「うーん、なるほど・・・」
「そして!!」
「まだあるのか?!」
「私がその勝負に勝ったあかつきには、ラアヌイ王女殿!!」
「ハハイィ?」
「私は以前から、王女殿下がアウトリガー舟を見事に操る姿を見掛けておりました。」
「えっエッ?あの戦闘機のパイロットさんだったの?よく翼を振ってくれていた?」
「はい、宙返りをしたこともありましたね。」
「あっ!ありました!とても感動しました!」
「まさかあのお嬢さんが今や王女となられるとは」
ルイ・パルティアーノ中尉は、元々美しく直立していたが、改めて王女に正対し直すと、まるで演武の如く片膝を着いた!
「ノア・ナナイルア・カロノ・ラアヌイ王女!今は立場が変わってしまいましたが、申し上げます!」
1秒、時が止まる。
「この勝負に勝ったあかつきには、婚約を申し込みます!!」
3秒、時が止まった。
エッエエ工エエエエエェ!!!
!!⁄(⁄⁄•⁄-⁄•⁄⁄)⁄!!
エエ!!༼⁰o⁰;༽༼⁰o⁰;༽エエ!!
仲条が叫ぶ!
「プププ、プロボーズ マリッジ!!」
「No, no, no, no!!!プロボーズ、エンゲージメントだっちゃ!!」




