謁見、そして第1ラウンド
イオラニ宮殿、王座の間。
豪奢かつ荘厳な空間である。
広さはダンスホールくらい、床はハワイの観葉植物モンステラをあしらった紅の絨毯、壁と高い天井は白亜に輝き、四方の高窓には真紅のカーテンが掛けられて差し込む太陽光を紅桃色に変え、シャンデリアはその光を増幅させて七色の光を放つ。
その光を反射させた七色金色の王座に、二人の女性が歩みを進める。
「はぁ・・・・このイス、硬いからイヤだっちゃ」
正装が見事に似合う美しいプリンセスは、アンニュイな顔を浮かべているが、それすらも美しい。
「そんなこと言わないの、黙って座りなさい。」
そんなプリンセスをたしなめる女王も、正装がすっかり板につき、威厳を身にまとっている。
王座の下には、このたび新たに任命された宰相が控えており、二人が着座したのを確認すると、高らかに声を上げた。
「大日本帝国政府代表特使!!お入りください!!」
宮廷執事が入口の扉を開けると、待機していた2人が一礼して王座の間に足を踏み入れる。
先を歩くのは大日本帝国大礼服を身に纏った50代の紳士。
その存在感は一目見るだけで海千山千、百戦錬磨、十重二十重を想像させる男であった。
少し離れて入室したのは正装をモデルのように着こなした若く美しい女性。
その存在感は理性と知性を強く感じさせながらも、その正装でも隠しきれないエロチシズムが見る者を釘付けにした。
ファサ、ファサ、ファサ、ファサ
本来ならば高らかな音を立てる靴音は、紅の絨毯によって打ち消される。
二人は王座の前、5メートル程の拝謁の位置に着くと、一拍の間を置いて拝礼する。
「わたくしは、天皇陛下の勅命を受け、大日本帝国政府を代表して遣わされました、高遠次郎と申します。」
「同じく、わたくしは、仲条麗子と申します。通訳も兼ねております。」
「本日は着任の挨拶で、このような場を設けて頂いたこと、大変光栄に存じます。このたびのハワイ女王国の建国と女王の即位について、誠に喜ばしく、御祝い申し上げます。」
「ありがとう。天皇陛下の遣いの方がこんなに早くに来て頂いたとあっては、最上級におもてなしをするのが当然ですわ。」
「恐縮であります。」
「それにしても、日本からハワイまでは6500キロもあり、今回は史上初の飛行機での横断ということでしたね。途中も大変だったと聞いていますが、どうだったのですか?」
「はい。直線距離は6500キロですが、空路だと島々を伝って来ますので、総距離はおよそ8000キロ近くを飛ぶことになります。」
「8000キロ!?そんな距離を飛んで来るなんて、本当に凄いですね。そんな飛行機を作れる大日本帝国には驚きしかありません。日本の飛行機は、世界一でしょうね。」
「そうよ、日本の飛行機は最高よ、カッコ良いし。」
「ラアヌイ、言葉を慎みなさい。」
「もう、別に良いじゃない、そのとおりなんだし。」
プリンセスはホンの少し頬を膨らませた。
高遠次郎は、そのやりとりを見ながら
(ふむ、思ったより聡明な女王と天真爛漫なプリンセスのようで、魅力がある。これなら困難な国家運営も乗り切れるのではないか)
と感じるのであった。
「話が逸れてしまったわね、それで、その途中での旅の様子はどんな感じなのかしら?」
「そうですね、晴れ渡る空を飛んでいる時は、太平洋の広さ、何処までも続く水平線、輝く太陽、白や灰色の雲、全てが絶景でした。まあ途中で飽きてしまうのも確かですが。」
「フフッ飽きるのですか、ご正直ですね。」
「はい、そして幾つもの雲を避け、時には越えて、目的地の島を目に捉えたときは、本当に安心するのです。」
「そんなに雲は多いのですか?」
「はい、とにかく天気に左右されます。太平洋の天気は気まぐれで、晴れかと思えば雨雲が針路を遮り、やむを得ず雨雲に突入すると、豪雨で前が見えなくなる事もありました。」
「前が見えないのに飛べるのですか?」
「はい、優秀なパイロットのおかげですが、航空図と計器を頼りに飛びますと、概ねその通りに飛べるのです。とはいっても、風の影響等により誤差が生じて、現在地や方向を誤ることもありえます。」
「それは怖いですね。」
「実は今回、ミッドウェー島からここオアフ島を目指す際に、雨雲の中で強風にさらされて針路がズレてしまい、危うく遭難するところでした。」
「急遽カウアイ島に着陸したと聞きましたが、それが原因なのですね。」
「はい、こちらから迎えに来てくれた戦闘機が見付けてくれなければ、燃料切れでこうして女王陛下に拝謁することは叶わなかったところです。」
「あらまぁ・・「その戦闘機の!!」
いきなり食入り気味にプリンセスが入ってきた!
「失礼、コホン、その零戦のパイロットの名はなんという者ですか?」
「名前・・・ですか?プリンセスは零戦のことをご存知なのですね」
「あっ、私そういうのが好きで、聞いたのです。パイロットさんとかも興味があって・・・」
「なるほど、彼の名前は・・「新海少佐。新海少佐ですわ」
突然、仲条の張りのある高音が王座の間に響き渡る。
その瞬間、プリンセスと仲条麗子の視線が初めて交錯した。
視線を止めて1秒、お互いの憂いを帯びた瞳の奥に、一人のパイロットを見付けた二人は、警戒体制に移行する。
「新海少佐だっちゃ?私も聞いたことがあります。彼はエースの中のエース、男らしく、勇敢で、わた・・・」
「はい、不安に包まれていた私を救ってくれて、戦闘機のコックピット越しに私に笑顔を見せてくれたのです。あの瞬間どれほど安心したか。わたし・・・」
「待ちなさい「まあ待て待て」
不穏な空気を察して、女王と高遠は同時に二人のやりとりを遮る。
二人はまだ初見なのに、二人とも微笑というか、薄ら笑いを浮かべていて、その眼光はまるで主砲の直接照準を終えて発射を待つばかりのように感じられた。
「気が合いそうだっちゃね。あなた、チュージョーさん?お歳はお幾つですか?」
「25歳です。」
「Twenty-five years old!!私は17歳だっちゃ」
「17歳。憧れることは大切だと思いますわ。」
お互いの主砲が遂に放たれた!!ノアの攻撃は仲条の装甲に僅かに亀裂を与え、仲条の反撃は虚しく空に消えた!!
双方第二射の準備に取り掛かる!!
「さ、さあ!」パン!
女王は自分でも分からないがその手を叩いて閉幕を宣言する!
「このあとは昼食を用意してありますわ、ご一緒にどうぞ。」
「有難うございます。陛下と会食できることは、これ以上ない光栄であります。な、仲条。」
「もちろんです。私も帝国貴族に連なる身として、ハワイ王室を敬愛しております。」
仲条はさりげない貴族アピールで、存在感と戦闘力を高めた。
「日本の貴族は、通訳までするっちゃね、私は日本語できるから特に要らないっちゃよ」
「あらまあ、その方言はどこで習得されたか存じ上げませんが、わたくしが、貴婦人が使うべき帝国日本語を教えて差し上げることもやぶさかではありませんこと。」
絶妙に最上級に応えつつも、皮肉を混ぜて反撃する。
「フフフ・・・」
「フフフ・・・」
氷の微笑が王座の間の温度を急速に冷却し、宰相は意味も分からずブルリと震えるのであった。
こうして恋する女同士の戦いは、幕を開けたのであった。