日本・布哇の戦い
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!ババン!!バリバリバリバリバリバリバリバリ!!ババン!!
中島飛行機が開発、製造した栄一二型空冷星型レシプロエンジンが静かな呼吸音を奏でる!!!
ハワイから離れて数百キロメートルのポリネシアの海上、高度約3000メートル
零式艦上戦闘機3機と、距離を置いて九七式艦上攻撃機1機がエンジン音を響かせて翔ぶ。
先頭の零戦を駆る新海は左手でスロットルレバー、プロペラピッチ調整レバー等を巧みに操作して燃費飛行に努めている。
零戦の巡航速度は約260キロメートル。
九七艦攻の巡航速度は約180キロメートル。
普通に飛行するだけで時速80キロメートルもの差があるため、零戦は九七艦攻の周囲を大きくジグザグに飛行して足並みを揃えている。
新海は航空羅針儀と太陽、星、航空地図を照らし合わせて現在位置の見当をつける。
眼下に陸地は全く無く広大な海が続く。
新海の凄さはその視力で、昼間でも光度が強い一等星レベルの星なら視認できるため、その能力を駆使して洋上航法の精度を上げているのだ。
「あと30分、90キロで合流予定地点だな。さて、その前に、弁当でも頂くか。」
新海は航空弁当を取り出すと、後方の僚機に弁当箱を見せて食べる仕草をする。
那須と神鳥谷は待ってましたとばかりに笑顔でサムズアップしてくる!
「あいつらわかりやすい性格してるよな」
弁当を開けると、海苔巻きが入っている。
「海苔巻きか、ハワイ産の米を使っているらしいが、特に見た目は変わらないな。」
窓越しに海苔巻きを見せびらかすと、2人とももう口に入れている!!
「あいつら、明らかに早すぎるだろ!事前に出してたな!まったく!では、いただきます!!」
新海は口いっぱいに頬張ると、海苔とハワイ産米の食感と、甘じょっぱい旨味が広がる。
モグモグモグモグ・・・
「美味い」
カチャカチャ
航空兵用魔法瓶を開けてお茶を飲む。
ズズズッ
「美味い・・・ノアどうしてるかなぁ・・・・」
フットバーに乗せた右足でモールス信号を刻む
「・・-- --・--」(ノア)
「ーーー・ー ー・ー・・ 」
「しかし・・・ここにきて雨雲が広がってきたな」
進路の十数キロ先には、遮るような厚い雨雲が広がりつつあった。
どうするか艦攻に近づくと、根岸中佐が左手を指示している。
「雨雲の左に回るか、了解!」
4機は左に変針し、雨雲をまいて飛ぶ。
そこからは、一気に低気圧帯に突入したようで、編隊は雨雲を避け、右に左に変針する。
そして30分が経過する。
「目的の地点は、この辺なはずだがな・・・・」
周りを見ても、雨雲が大魔神のように立ち並び、零戦隊の姿を見通すことができない。
更に10分、付近を飛行したところで九七艦攻の根岸中佐を見ると、引き返して帰投しながら捜索するとの手信号であった。
「何百キロも飛んできて、空で合流するのはやはり難しいな、まあ緊急時には無電が入るらしいから、今のところすれ違っている可能性が一番高いかな。」
新海は九六式空一号無線電話機を見て、電源がちゃんと入っていることを確認するが、うんともすんとも言ってこない。
「おまえ、頼むぞホントに」
その言葉に応えるように、無電が入る!
ザザッ!!ザザザザッ!!
「無電が入った!だいぶ雑音がひどいぞ!!」
「暗号では、向かっている!しかし問題発生?なのか?根岸中佐が変針増速した!続くぞ!!」
新海は後方を振り返り手信号を出す!
そして約15分、最初に発見したのは新海だ。
想定より高い高度にキラキラと光の束を認め、増援部隊の編隊を発見した!!
「いたぞ!良かった!!」
翼を振って皆に知らせると、機首を向ける!
やがて編隊の姿が判ってくるが、新海の鷹の目を凝らしても、一式陸攻2機と、零戦の3機編隊が6個あるはずが、一式陸攻が1機見えない。
「一式陸攻が1機居ないぞ、引き返したのか?トラブルでもあったのかな・・・」
嫌な予感を抱きつつ、新海達4機は合流を果たした。
新海はさっそく手信号プラス身振り手振りを交えて交信を開始する。
「ナニカアッタカ?」
「フムフムなになに?2時間前、雨雲に挟まれて迂回出来ず、雲の上に出たときに、一式陸攻のエンジンが一機停止したと」
「一式陸攻は高度を保てなくなり、雨雲の中に消えてしまい、しばらく捜索したが、発見できず、やむを得ずここまで来たと。」
「その一式陸攻には、政府高官、英会話が可能な女性等の要人が乗っていると」
「こちらは大丈夫なので、その一式陸攻を探してほしい、か・・・・」
「よし!!政府要人か!女性まで乗っているとは!俺が見付けてやる!!」
新海は那須と神鳥谷にも伝えると、根岸中佐に伝える。
「探しに行きましょう!」
「了解した!しかし時間も燃料的にも1時間が限界だ!1時間で帰投するぞ!!」
「わかりました!那須!神鳥谷!散開する!!高度は5000!酸素マスク付けろ!!」
列機を振り返り指示をだす!
新海は航空地図を見て、およその場所に検討をつける。
「一式陸攻の巡航速度は約300キロだが、エンジン一機での飛行だと半分の150キロ以下か?それではぐれたのが2時間前だから、その地点がこの辺だとして、300キロの外縁部、ここから西に約100キロ位が目安だな。針路は西!!俺の目なら、高高度から探す方が発見し易い!」
僚機を振り返ると、2人とも酸素マスクを装着している。」
「酸素マスクヨシ!」
新海の肺に十分な空気が充填される。
根岸中佐は中高度、零戦3機は更に高度を上げると、捜索を開始するのであった。
捜索すること数十分、新海は背面飛行でその鷹の目を凝らして、水平線の彼方を見続けたが、途中には幾つも雲が立ち塞がっていたこともあり、目安となる100キロメートル地点に到達しても機影を発見することは出来なかった。
途中の無電では、未だ飛行中であるとの発信があったが、現在位置は判然としない状況となっていた。
「クソッ雲で見落としたのかも知れない。もう燃料も持たないぞ、一か八か、もっと高度を上げて、より遠くを見てみよう。」
新海は列機に伝えると、単機で高度を上げる!その高度は7000メートルに達した!!
背面飛行をすると、海と雲が空になる。その光景の美しさは、地球に生きる生物の視点というよりも、神としての視点である。
新海は、このとき、戦いの神クーとなっていたのかもしれない。
キラリ!
一瞬!!遠く水平線の彼方がキラリと光る!!それは水面と波の優しい輝きではない!!人の作り出したモノが織りなす鈍色の輝きだ!!
新海はその輝きに鷹の目をロックオン!更にズームさせる!!
「居たぞ!」
通常人には決して見えることが無いであろう一式陸攻のシルエットすら見える!!
「だいぶ針路を外している!!急ごう!!」
弾弾弾弾!!!
新海は7.7ミリ機銃を数発発射して知らせると、機首を向ける!!
接近すること数十分、一式陸攻は右エンジンが停止し、片肺飛行であることがわかる。
徐々に近付き、並び飛ぶと、操縦席や銃座から激しく手を振ってきて、相当な喜びようだ!!
明らかに高官の服装の者や、貴婦人といった女性も見えた。
特にその貴婦人は、新海が思ったよりもはるかに若く、見目麗しい令嬢であり、明らかな輝きを放っていたため、一瞬新海はこの令嬢が放つ光が、高度7000メートルの私に届いたのかも知れないと錯覚するほどだった。
新海と令嬢は目が合うと、一瞬なのに、その一瞬で脳内がアイアンクローのように鷲掴みされ揺さぶられるような衝撃を受けた気がした。
・・・・一瞬失った自我を取り戻すと、新海は隠すように振り返って列機を確認する。
那須も神鳥谷も、我を忘れて魅入られたようだ。
よかった、俺だけじゃなかった。
「よし、絶対に助けるぞ!」
それからは根岸中佐の九七艦攻が先導し、零戦3機が周囲を飛んで激励し続けた。
その後一式陸攻はオアフ島の手前にあるカウアイ島のポートアレン空港に緊急着陸する手筈となり、やがて新海の目の前にはカウアイ島が見えてくる。
新海はポートアレン空港の安全を確認するため、一式陸攻の令嬢達に敬礼して別れを告げると、加速先行する。
ポートアレン空港は、カウアイ島の南側に位置する空港で、今回のハワイ女王国誕生に伴い日本軍が優先的に進駐した空港であった。
新海は空港を眼下に収めると滑走路脇に日本兵を認めたため、先行して着陸し、零戦を管制塔脇に停止させると、機体を降りて事情を説明し、緊急着陸に備えさせた。
そして数分後、彼方から一式陸攻が現れると、片肺飛行にかかわらず安定した飛行で、一発で着陸に成功する。
「さすがだな!!見事な練度だ!!」
待ち受ける指揮官も称賛を惜しまない。
新海と指揮官が機体の近くで待っていると、ハシゴを伝って搭乗員が降り、地上の安全を確保する。
そして最初に降りたのは政府高官で、高級なスーツが一目で分かる。
そして次に見えたのは、美しい足首だ。
一目で判る足首の綺麗さだ。足首、膝裏、そして柔らかさを隠しきれない臀部、引き締まった背中、背中で跳ね踊る美しい黒髪。
視線は釘付けだ。滑走路脇に並んだ日本兵は全員、その動きが止まってしまった。
令嬢は、最後の二段を残してジャンプして宙を舞い、華麗に着地した。
政府高官と、後ろに続いて令嬢が歩いてくる。
新海の少し左、指揮官のところに向けて政府高官は歩いてくる。
しかしそのせいで、政府高官の左後ろに付き従う令嬢は、新海に向けて歩いてくる形となった。
真っ直ぐに見詰めて距離を詰めてくる。
新海空ハワイ女王国海軍中佐は、金縛りの状態に突入した。
「私はこの度、日本政府を代表して派遣された高遠と申します。この度は急遽着陸することとなりましたが、再出発までよろしくお願いします。」
「はっ!大事に至らず安堵しております!狭いですが、管制塔に部屋がありますので、おくつろぎになってお待ちください。」
「ありがとう。」
政府高官の高遠はちらりと令嬢に目を向けると、令嬢は高遠の予想以上にズイズイっと高遠よりも前に出てくる。
「同じく、政府から派遣されたわたくし、仲条麗子と申します。よろしくお願い致します。」
「は、はい。どどうぞ」
「パイロットの方も、助けに来ていただきまして、本当にありがとうございます。あのときは不安に押しつぶされそうな気持ちで、貴方が来てくれた時は、本当に救いが来た感じで、神様に見えましたのよ。」
「そ、そうでしたか、それは本当に良かったです。」
仲条は新海を至近距離で真っ直ぐに見詰める。
その瞳と視線、たまにするまばたきは、零戦のプロペラ同調装置のように、まばたきの度に7.7ミリ機銃を撃ち抜かれている錯覚に陥った。
仲条麗子は、新海を撃墜確実と判断すると、静かに微笑んで視線を外し、颯爽と歩き去ったのである。
指揮官と新海は、金縛りが解けてお互いに見合うと、なぜか頷いた。
新海は空を見上げると、遠くに那須と神鳥谷が飛んでいるのを認め、急いで零戦に走るのであった。
その姿をちらりと横目で見送る仲条麗子の誤算は、女の勘としては撃墜確実と思っていたが、新海にはノアというバリアが幾重にも張られており、かなりのダメージを与えたものの、最終防衛ラインの突破は叶わず、新海は護られていたのである。
ここに知る由もなく新たな戦いが始まっことを、今は誰も知らない。