ハワイの新年 Hauʻoli Makahiki Hou
1942年を迎えて1月1日。
オアフ島は戦乱と独立の混乱から少しずつ平穏を取り戻しつつあった。
ダイアモンドヘッド要塞等の軍事施設は大日本帝国陸軍に明け渡されたが、未だに武装解除を受け入れたアメリカ軍兵士も島外には移動せず半数以上が駐留を続けており、特に両軍兵士が混在するホノルルはお互いの姿を認めるとピリピリと一触即発の情勢が続いていた。
しかし、そうは言っても今日は正月である。
アメリカ人にとってはNew Year’s Dayであり、大半の者は自宅等で家族や仲間と共に静かに過ごすのが一般的だ。
一方日系人は日本人らしく、こぞってホノルルにある神社に初詣に出掛ける。
これは日本人の習性といってもいい。
正月の午後、そんな日系人で賑わうホノルルのハワイ出雲大社前の参道には、やはり日本の気配を漂わせた出店や、ハワイアン風の出店が連なり、ハワイ随一の賑やかさとなっていた。
「ソラ!!見て!!これがハワイの神社よ!!」
「へぇ!凄い賑わってる!!日本の初詣と同じだよ!!ハワイって、こんなに日本の雰囲気の場所があるんだね!!本当に不思議だよ!」
新海とノアは、数日ぶりに出会い、午後の一時を共にしていたのだ。
新海は大日本帝国海軍の白色の制服を凛々しく着装し、ノアは厚手の生地に青緑を基調にしたワンピースを舞うように着こなしている。
新海は人の流れに従いつつ、キョロキョロと周りを見渡す。
人々は日系人ばかり、唯一の違いは、聞こえる音楽は雅楽なのに、音声が英語であることが、新海に違和感を感じさせていた。
「実は私も、New Year’s Dayに神社に来るのは初めてだっちゃ!とっても良い感じね!」
「そうなんだ、私もお正月に参拝するのは久しぶりだよ。軍務に就いてからは無かったしね。」
「じゃあ、良かったっちゃね!」
「うん、ノアとも久しぶりに会えて、ここに来れて良かったよ。」
新海はノアを見詰めでさり気なく告げる。
「フフフ!!何を言うっちゃよ!!さあ!そこの日本風フライドチキンを食べながら行きましょう!」
「唐揚げだね?美味しそうだ!」
二人はゆっくりと拝殿に向けて歩く。
道行く人々はそんな2人を観ながらも邪魔しないように歩いてゆく。
日系人の心遣いである。
次はあのキャンディアップルよ!
「りんご飴だね?ハワイでりんご飴が食べられるなんて、素晴らしいね」
二人は出雲大社の境内に入る。境内は更に人だかりが増えて大変な賑わいだ。
「さあ、あそこで清めて行くぞ」
「清める?」
「そうだよ。フフッ。そのノアのりんご飴で赤くなった口と、手も綺麗にするんだよ。心身を清めてから、参拝するんだよ。」
「まあ!わかりました!綺麗になりますわよ!」
「やり方は僕のを真似すればいいよ。」
「わかったっちゃ!」
二人はお清めを済ませた。
ノアはとても楽しそうだ。
「とても良いわ、どうかしら?清く美しくなったっちゃ?」
ポーズを決めるノアの美しさはこの人混みのなかでも一際目立つ。
「オッケーオッケー!バッチグーだよ!」
「バッチグー?」
「さあ行こう!」
新海はノアの手を引いて先に進む。
そして暫く順番待ちのあと、二人は参拝を済ませた。
「次は、おみくじだよな!ノアは知ってるかな?」
「もちろんよ!おみくじはやったことあるっちゃ!大吉が一番ちゃね!!楽しみだっちゃ!!」
二人はおみくじを買い、お互いに開く。
・・・・・・・・
新海は小吉、要約すると、とにかく耐えろといった内容。不思議と異性運のみ良好であった。
ノアは大吉、何をしても大吉であった。
二人はおみくじを見せっこして一通りはしゃぐと、結び所に結びつけて境内を後にした。
「フフフ!!とっても楽しかったっちちゃよ!!あっ!あの顔のやつ可愛い!」
「あれはお面だよ、へえ、日本由来の狐面や、おかめ面、ひょっとこ面もあるよ!ほかにもハワイっぽいお面もあるね。」
「これは、ハワイの神様だっちゃよ!可愛いっちゃね!私このロノ神様のお面買うっちゃ!!ソラもどう?」
「お面かあ、ノアが買うなら、じゃあ私はこの天狗のお面にしようかな」
新海が真っ赤な天狗のお面を手に取る。
「強そうなお面ね、日本のかしら?それならハワイらしく、このお面はどう?」
横からノアがお面を差し出してきた。そのお面は天狗のように赤く、頭がトサカのようにツッパった厳つい男面だ。
「これは?随分迫力があるね。」
ノアは背伸びして新海の頭に被せながら、新海に滅茶苦茶至近距離になりつつ、新海の目を見詰めながら答えた。
「クー。」
「はいっ。」
新海は急に本名を呼ばれ、咄嗟に上ずりながら返答する。
「はいっ?フフフ何言ってるのアナタ?このお面は、ハワイ4大神の一神、クーは戦いの神であり、更に漁業、農業、森、癒しの神様でもあるわ、ソラに良く似合うっちゃ。」
「そ、そ、そうだね。クーっていうんだ。へえ、素敵な名前だね。天狗にも似てるし、私もこれを買うよ。」
新海はお面を手にしながら悩んだ。新海空という本当の呼び名を言うなら今だと。しかし、それを言うと、最初にソラと伝えたことが、命を救ってくれたノアに対してとても失礼なことであり、ノアに嫌われてしまうのではないかと心配してしまうのだ。
「ノア!」
ノアが振り返ると、ロノ神お面を着けていた。
「なんじゃ?我は農耕と平和の神、ロノ。お主はクーじゃな。皆まで言うな、お主のことは今後、ダーリンと言わせてもらおう。よいな。これは神のお告げである。」
「・・・・わかりました。ダーリンでも、ソラでも、クーとでも、ノアの言いたいように呼んでください。私は戦いの神として、あなたに降りかかる敵からあなたを護り、そしてあなたを癒すことを誓います。」
新海はうやうやしく告げると、忘れていたように、クーのお面を着けてロノを見詰め返した。




