ワイ・モミの戦い
真珠湾、パール・ハーバー
ハワイ語で真珠の水辺という意味で、ワイ・モミ(Wai Momi)と呼ばれていた水域。
12月8日、日曜日から始まった日米の戦争は、ハワイ女王国の独立という形で、世界中が驚愕して戦いは収束した。
大日本帝國の艦隊は本土に帰還し、アメリカ合衆国の艦隊も一部がマウイ島ラハイナ泊地に留まり、大半は本土に帰還した。
真珠湾は、ひとときの平穏を取り戻したのだ。
そして湾内のドックの一つには空母赤城が入渠しており、そしてその80メートル隣のドックには、空母サラトガも入渠しているのだった。
新海 空少尉、那須 與一郎 一飛曹、神鳥谷 仗 一飛兵の3人は、空母赤城の飛行甲板に出ると、一番眺めが良い先端に陣取って、冷えたサイダーを開けた。
「それじゃいくぞぉ!せーの!」
ポン!ポポン!!シュワァァァァ!!!
「おっとっと!!」
3人とも溢れるサイダーを口で押さえる!!
「それじゃ!皆の昇進に!!カンパーイ!!」
キィィン!!キィィン!!
3人で瓶を打ち付けると、甲高い音が辺りに響く!!
ゴッゴッゴッ!!プハァ!!
「旨ぇー!!」
「新海少佐殿!3階級特進おめでとうございます!」
那須と神鳥谷が拍手する!
「いや、まあそれを言ったらお前たちもそうだろ、那須はハワイ女王国海軍中尉、そして神鳥谷はハワイ女王国海軍一飛曹!大躍進だな!」
「はい、ありがたいのは、大日本帝國海軍の階級も、一つ上がったということですね!」
「うん、そこはまあ、バランス上仕方ないところだよな。2階級じゃ殉職だし、順当ではあるな。」
「ハワイ女王国海軍ですか、全くもって、謎の組織ですな。」
「そうだな。謎だよ。そして、あいつらも、もしかしたらハワイ女王国海軍に編入されるかも知れないんだろ?」
視線の先には、空母サラトガで修理を続けるアメリカ合衆国海軍の水兵達が、休憩時間なのか甲板の先に集まり、こちらを見て煙草を吸い始めていた。
「はい、板谷隊長が仰ってましたが、にわかには信じられません。本当なんですかね?」
「敵、だよなぁ・・・」
「敵、ですよねぇ・・・」
「敵って、何だっけ?」
「敵って、何ですかね?」
吸うぅぅぅぅ・・・ふぅぅぅぅ
そのうち、わらわらと赤城の水兵達も集まってきて、皆で煙草を吸い出した。ちゃんと灰皿と冷たい麦茶が用意されるのが日本流である。
赤城とサラトガの飛行甲板は、いつの間にかお互いの水兵が集まり、80メートルを隔ててガヤガヤしだした。
すると必ずふざける奴が出てくる。
一人が脱ぎだして裸アピールをすると、向こうも脱ぎだして、お互いに筋肉比べの様相となってきた。しかし体格はアメリカ人がガタイが大きく、日本人は細身で、改めて白人の大きさを知ったのだった。
「クソ!奴らいい身体してやがる!」
そこで日本は組体操のピラミッドで勝負を仕掛けると、アメリカも負けじと応じたが、先に崩れたのはアメリカだった。
「よし!勝った!我らの団結力を見たか!!」
日本はピラミッドの頂上で日章旗を掲げる!
すると、アメリカの水兵の一人がどこからか野球ボールを持ってきて、助走をつけると日章旗を狙って投げ込んできた!!
「当たるものかよ!!」
誰かが叫ぶ!!
しかしそのボールは美しい放物線を描くと、あれよおれよと日章旗に急接近する!!
「オイ!マズイ旗に当たる!みんな崩れろ!!」
慌ててピラミッドを崩し、旗への直撃を間一髪で避ける!!
飛行甲板に、野球ボールが転々とするのを水兵が追いかけて拾ってくる。
「危ない直撃するところだ!!それにしてもヤンキーめ!!80メートルはあるんだぞ!!」
「クソ!野球の本場は違うな。」
そうこうするうちに、アメリカ側でも星条旗を掲げて、その国旗を指差ししている。
「あれを狙えということか・・・・オイ誰か!!このなかであのアメリカ国旗を狙える奴は居ないか!?このままでは奴らの勝ちみたいになっちまうぞ!!」
「ムリだろ・・・・遠すぎる・・・・」
この当時、野球は子供の遊びであったが、あまりに遠すぎる距離に皆尻込みするのであった。
「誰か居ないか!あいつら、馬鹿にしてやがるぞ!」
「・・・・・・俺がやろう。」
「那須・・・・中尉、よろしいのですか?」
「ああ、本音を言えば、操縦に差し支えるので右腕を使いたくは無かったが、しかしここで引き下がる訳にはいかない、これでも海軍入隊前までは野球漬けの生活を送っていたのだ、任せておけ。」
新海は驚きつつも
「それは初耳だ!頼むぞ!那須!!」
「お任せあれ。」
那須はボールを握ると、肩を回し始める。
そして数秒間、仲間も固唾を飲んで見守る中、風が止むのを見計らうと、滑らかに数歩助走し、その右腕を鞭のようにしならせると、球は速射砲のような低い弾道で射出された!!
「低い!!?届くか?届けぇ!!」
思わず皆が叫ぶ!!
球は若干低い弾道なるも、まるでホップするかのように緩やかな曲線を描き、星条旗に向けて飛んだ!!
「ストライクだ!!」
バシィ!!
球は星条旗のやや下に命中する直前、グラブを構えた水兵に綺麗にキャッチされた!!
アメリカ側も数人が拍手している。
「よっしゃあ!!!日本の力を見たか!!」
全員が大喜びだ!しかしアメリカ側は不敵な笑みを浮かべている。
新海は理解した、この戦いは続くのだと。
「皆聞け!後退だ!10メートル下がって旗を掲げよ!!それと急いでグローブ持って来い!!」
その意味を理解した皆は、10メートル後退させて日章旗を掲げた。
90メートル!!!
「面白くなってきやがった!!」
アメリカ側は、長身で手足の長い、メジャーリーガーみたいな野郎だ。
アメリカ側は先程と同様の命中コースの投球!!!
「那須!!命中コースならキャッチ頼む!!旗には当てさせるな!!」
「御意でござる!!!」
バシィ!!
那須の美しいキャッチングで、捕球音が響く!!
「・・・・・・・」
アメリカの見事な投球に皆が言葉を失うなか、アメリカ側は大盛りあがりだ。
アメリカ側も10メートル後退させて挑発してくる!
「那須!行けるか?」
「無論です。」
那須の後ろ姿にハワイの後光が差しこむ!!
バシッッィ!!那須もストライク!!!
「那須様ァァァ!!」
「マジで遠いぞ!!もう無理だろ!!」
「アメリカ野郎!まだヤル気だぞ!!10メートル下がれ!!」
100メートル!!!
「外れろォ!!」
バシッッィィ!!アメリカ側ストライク!!!
「・・・・・・・」
バシッッィィ!!那須もストライクで応戦!!!
「那須神様ァァァ!!」
「もうあんなに遠いぞ!!もう無理だ!!ここで終わりにしよう!!」
「駄目だヤンキーめ!白黒つける気だぞ!!次が最後だ!飛行甲板の端まで下がれ!!」
110メートル!!!
「外れろォ!!外れろ!外れろ!」
日本側の外れろコールが響くなか、アメリカ側のメジャーリーガーは、思いっ切りその長い腕をしならせて投擲する!!!
放物線を描いたその球の縦の角度はドンピシャだったが、僅かに左に逸れた!!
「ボールだぁ!!」
ダンッ!バシッッ!!
アメリカの投球は日章旗の左20センチメートルに逸れて着弾し、その難しいバウンドを那須が見事にキャッチングした。
「ザマァみやがれ!!」
「那須大明神様ァ!お願いします!!」
那須の神格化が止まらない。
それを見てアメリカも星条旗を後退させるが、やはり飛行甲板の端まで後退させた。
「オイ待て、サラトガの飛行甲板は、幅40メートルくらいあるよな?赤城は幅30メートルだぞ!!奴らズルイぞ!!」
「コラー!!後退幅は30メートルにせんかい!!!」
皆で叫ぶが、アメ公は煙草をふかして聞く耳を持たない。
「駄目だ、通じてねえ。クソ!!」
新海は尋ねる。
「どうする?那須、不利な勝負だ、ここで無理に勝負する必要はないぞ。」
「もちろんやりますよ、実は、俺は那須与一の末裔なんです。ここで止めたらご先祖様に顔向けできませんよ。」
「那須与一って、あの、源平合戦の?本当かそれは?」
「フフフ、お任せあれ、まぁ那須与一は、命を賭けたそうですが、私はせいぜい夕食のカレーくらいしか賭けませんがね。」
「いや、那須がカレーを賭けるのは、命を賭けるのと同等だろうよ。」
那須はニヤリと笑うと、最後の投擲に向けて飛行甲板を歩いてゆく。
風が、吹く、日本、アメリカ、皆が無言だ。
風が、止んだ。
那須は全力で駆ける!!
壱弐参四伍陸七漆捌玖拾!!
「うおりゃァァァァ!!!」
見事な角度で、高速に射出された球は、140キロ近い速度でワイ・モミの空を飛ぶ!!
そして数秒、まるで星条旗の星の一つに加わるかの如く、野球ボールが吸い込まれていった。
バシッッィィィィ!!
那須の一撃は、見事に星条旗のど真ん中に到達し、甲高い音をたててメジャーリーガーのグローブに吸い込まれた。
一瞬の静寂のあと、アメリカ海軍全員が帽子を取り、何故か上着を脱いで上半身裸となって上着を振り回して指笛を吹く!
こちらも全員が帽子を取り、上着を脱いで上半身裸となって上着を振り回して指笛で応えた!
男達の裸踊りが始まった!!
「勝ったぞオォ!!」
「那須中尉!!」
「何でしょう!!」
喜ぶ那須の踊りは独特のリズム感!!那須与一も目を逸らすレベルだ!!
「艦橋を見ろ!草鹿司令長官も見ておられたようだぞ!!!早速大尉に昇進かもな!?」
「そんなものより、みんな!分かってると思うが!今日のカレーは少しづつ俺に寄こせよ!!」
「わかりました!!」
ワハハハハハ!!
男達の祭りは、しばらく続いたのであった。




