神の一手
空母サラトガ、その愛称シスターサラは、軽巡洋艦コンコードに曳航されながら、時速5キロメートルという微速でハワイの海を進む。
サラトガは度重なる日本軍の魚雷攻撃をその身で受け、水面下の破孔から海水が流れ込み、一時は激しく傾斜したものの、ダメージコントロールによる反対側への応急注水が功を奏し、傾斜は復元した。
しかしその副作用で喫水は深くなり、更に追い打ちをかけるようにタービンが不調となって停止寸前であり、もはや速度は時速5キロメートル程度が限界となってしまったのである。
シスターサラは、敵潜水艦の脅威もあり、総員退艦も視野に入れなければならない状況に追い込まれつつあった。
活ッ。活ッ。活ッ。活ッ。
第14任務部隊の指揮官、オーブリー・フィッチ海軍少将は、空母サラトガの飛行甲板を緩やかに歩く。
その姿は、変わらず美しい所作で歩みを進める。
戦闘前と変わったのは、飛行甲板に大穴が空き、所々木目がめくり上がって本来の用途である航空機の離発着は不可能となり、現在の役目はハワイの海と島々を鑑賞するための散歩用の木道となってしまったということだ。
そして、実際にフィッチ提督は飛行甲板の端で煙草をくゆらせながら、夕日が照らすハワイ海の美しさを改めて感じているところだった。
「提督!提督ぅ!!」
「・・・・・・」
ハァ、ハァ、ハァ
「フィッチ提督!!敵が!敵の超大型戦艦が現れました!!!」
「・・・そうか、アレはやはりそういうことか。随分派手に黒煙を立ち昇らせているとは思ったがな。」
フィッチ提督は動揺する参謀から双眼鏡を受け取ると、遥か遠くの黒煙の下を見つめる。
「確かに、なんかデカいな。」
「提督!!お早く艦橋へ!!」
「オーケイオーケイ慌てるな。落ち着いて行こう。」
提督は全く慌てることなく、緩やかに艦橋に向かった。
そして約1時間後。
オアフ島から北に約100キロの海域。太陽光は更に水平線に近付き、穏やかな波をキラキラと反射させ、ハワイの海を金色に染める。
アメリカ合衆国と大日本帝國の、いや、ハワイ女王国の両艦隊が、もはや互いに目視できる距離まで接近し、艦首を並べていた。
アメリカ太平洋艦隊は、空母サラトガ、軽巡洋艦コンコード、駆逐艦ポーター、カニンガム、ラムソンの計5隻。
ハワイ女王国太平洋艦隊は、戦艦大和、空母赤城、軽巡洋艦鬼怒、駆逐艦綾波、敷波、浦波、磯波の計7隻。
全艦がハワイ王国旗を盛大にはためかせている。
空母サラトガの艦橋には、フィッチ提督以下の幹部全員が集まり、超弩級戦艦大和を見上げている。
大和のデカさは想像を超えたもので、全員がその姿に釘付けとなっていた。
そんななか、あらかじめ発光信号により伝えられた周波数において、大和から平文の無線が発せられる
「こちらはハワイ女王国艦隊、戦艦ヤマトです。繰り返します。こちらはハワイ女王国艦隊、戦艦ヤマトです。空母サラトガのコマンダーさん、聞こえますか。」
無線機越しに、女性の凛とした声が艦橋内に響き渡る。
「女性の声だぞ、見事な英語だ。日本人じゃないぞ、どういうことだ?」
「あの旗も。本当に、ハワイ女王国とやらなのか?」
「それにしたって、女が乗っているなんて、どういうことなんだ?」
サラトガの艦橋内は皆が混乱して騒然となっている。
サラトガ通信士が応える。
「こちらアメリカ合衆国太平洋艦隊所属、空母サラトガである。貴艦等の全艦は、大日本帝國ではなく、ハワイ女王国所属の戦艦ヤマトで間違いないか。」
「YES。当艦は戦艦ヤマト、そして以下全艦がハワイ女王国艦隊です。大日本帝國艦隊ではありません。」
よく見ると、ヤマト艦橋の窓には、やたら美しい若い女性が見える。
「なるほど、あの独立宣言は、とりあえず嘘ではないと言うことか。ではあの女性は?」
フィッチ提督はヤマト艦橋の女性を見上げながら呟く。
「私はハワイ女王国、バージニア・カホア・カアフマヌ・カイヒカプマハナです。空母サラトガのコマンダーさん、聞こえますか。」
「女王?本当に?何故戦艦に乗っている?」
「そんな訳ない!本当に独立したとして、女王がこのタイミングで戦艦に乗っていて、更にこの海域まで来る訳がない!」
艦橋はザワついており、気がつけば飛行甲板にも次々と水兵が上がってきていた。水兵達は戦艦ヤマトの大きさに驚愕し、そして艦橋の麗しき女性を見付けると、次々と虜になっていった。
「静まれ!とにかく、私が直接話そう、通信士!マイクを貸したまえ。」
フィッチ提督は、興味をそそられて自ら無線機に歩み寄り、通信担当官からマイクを受け取った。
「こちら空母サラトガ、司令官のオーブリー・フィッチだ。あなたは本当に女王だというのか?」
「That’s true。私は真実しか言いません。私達は、カウアイ島への移動中、貴艦隊の事を知り、ここまで来たのです。今私は無線機の前に居りますが、王女ラアヌイが艦橋にいるはずです。」
「あれが王女か!」
「王女!?王女!!マジか!双眼鏡を寄こせ!!俺もだ!!待て!!イタタタ!!」
「なるほど、噂では聞いたが、あのハワイアン風の麗しい佇まい。確かにに王女で間違いあるまい。」
フィッチ提督は、深呼吸すると、考えをまとめながら静かに話しだした。
「まず最初に言っておきますが、アメリカ合衆国は、貴方の言うハワイ女王国なるものは全く認めておりません。ハワイの全ては現在もアメリカ合衆国のものであり、一時的に、大日本帝國が、先住民をそそのかして占領している状態、これが世界の認識です。」
これを聞いて、飛行甲板で我先にと双眼鏡を争っていた水兵が我に返る。
「そのうえで、ハワイ女王国なるものの王妃よ、貴方だとして、それで、どのような用件ですかな、我等は今、見ての通りの状態であり、女王が仰ったアメリカ海軍管轄の、マウイ島ラハイナ泊地まで向かっている途中です。当艦隊の航行を妨害するような場合、アメリカ合衆国への明確な攻撃と見なし、アメリカ合衆国は全力であなた方、つまりハワイに住む全ての日系人と、先住民の方々の未来は、到底、保証されるものではないものとなるでしょう。」
「・・・・・・・・・。」
「そうですか。厳しいお言葉ですこと。しかし、そのおっしゃりようですと、貴方方の航行を妨害しなければ、アメリカ合衆国はハワイに住む全ての日系人と、先住民の方々の未来を、保証してくれるということでしょうか?」
「・・・・・そうは言っていない。」
「では、どう言っているのです?」
「何れにせよ、アメリカ合衆国は、日本と、それに与する先住民族に対して、相当な制裁を与えることは間違いないことであろう。」
「あら、それならば、私達は貴方方のことをどのようにせよ、アメリカ合衆国の対応は変わらないということではなくて?」
「それは、我々の関知するところではない。」
「あら、結局何の決定権も無いという立場かしら?」
フィッチ提督は、女王の冷静沈着な言葉遣いで、知らぬ間に形勢不利となっており、そんな女王と自分に強い苛立ちを感じていた。
「それは・・・・」
クソッ!上手い返しが出てこない!
まるで助け舟を出すように、女王は突然告げてきた。
「わかりました。今から、貴方の空母サラトガを、貴方方ごと、鹵獲させていただきます。それ以外の艦に危害を加えるつもりはありません。」
「しかし、抵抗した場合は、全艦の、貴方方の命の保証はいたしません。」
女王が宣言すると、戦艦ヤマト以下全艦艇の主砲、副砲等の全砲門がそれぞれの艦を捉えた。
その狙いの正確さから、元々砲撃担当艦を決めていたのだろうと伺える各砲門の旋回であった。
勿論、空母サラトガ以下の艦艇も砲門を旋回させる。
しかし迫力が無さ過ぎて、勝敗は明らかであった。
「・・・・・・・・」
「サラトガを、我々ごと鹵獲するだと?どういうつもりだ?」
「そう怒らないでください。空母サラトガと、提督以下の乗員の皆さんには、一旦は捕虜となっていただきますが、その後はハワイ女王国の軍籍となっていただきたいのです。」
「ふざけるな!!そのようなバカげたこと!!」
フィッチ提督をもってしても、あまりに想定外の提案について行けなかった。
「ハワイ女王国に転籍していただいた場合は、貴方方の任務は、アメリカ合衆国と戦うことはありません。ハワイ女王国を、ポリネシアを、オアフ島を守ることに力を貸していただきたいのです。」
「オアフ島を守る?」
「そうです、ハワイ女王国は、大日本帝國の力を借りて独立しました。しかし、ポリネシア環太平洋連邦は、日本だけでは成立しません、アメリカ合衆国の力も必要なのです!フィッチ提督!!どうか、ポリネシアの未来のために!私達に力を貸してください!!」
「・・・・・投降していただかねば、空母サラトガ以外の艦は、ハワイ王の鉄槌がくだることになるでしょう。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
辺りは静まり返る。
「女王様、その言葉、我々にそのやたらデカい主砲を突きつけて言うセリフか?」
「・・・・・・・申し訳ありません。」
「まあいい、キンメル司令長官は、オアフ島に居るのか?」
「はい、居ります。」
「とにかく、くだらないその話の回答は無い。しかし、抵抗すれば命が無いという事であれば、選択肢も無い。空母サラトガと、私以下の乗員全員、投降しよう。」
参謀等が駆け寄る!!
「提督!!そんな!!」
「安心しろ、オアフ島には、キンメル司令長官ほか、将兵がゴマンと居るんだ。戦争は始まったばかり、ここで無駄死には出来ない。一旦降伏し、機を見て反旗を翻せば良いのだ。」
「は、はい・・・・」
力無く参謀がうなだれるが、ホッとした表情もみて取れる。
フィッチ提督は、艦橋から外に出ると、煙草に火をつけて一口目を思い切り吸い込む。
「それに、あの女王、面白い。ジャップを従えてやがる。全てはポリネシアの未来の為か。私も考えたことも無かった。こんな展開、こんな戦争、一体どうなるんだよ。」
山本五十六の考えたハワイ解放作戦は、想像を超える敏腕女王の登場により、誰も想像出来ない展開に突き進もうとしていた。




