場外、潜水艦戦
戦いのあと。
ポリネシアの太陽が海面を眩く照らす、オアフ島から北西に約1000キロの海域。
波はやや高く、その波を突き抜けてそそり立つ鈍色の鉄筒が垣間見える。
その鉄塔は、伊号第六潜水艦、伊6の潜望鏡であった。
その潜望鏡の約15メートル下方、伊6を指揮する稲葉通宗艦長は、潜望鏡越しに艦影を発見した。
「居たぞ!無電のとおりだ!待っていた甲斐があったぞ!!引いたのは我々だ!!!」
巡洋潜水艦、伊6は、大日本帝國が誇る伊号潜水艦の初期生産型であり、約37000キロメートルに及ぶ長大な航続距離に基づく索敵襲撃が任務である。
大日本帝國は、米英と比較して劣勢な主戦力を補うため、当時未知数の航空機と潜水艦に活路を見出していた。
その結果として、零式艦上戦闘機等の開発と空母機動部隊による集中運用、そして、酸素魚雷の開発と、巡洋潜水艦による敵主力艦隊への攻撃構想であった。
従って、潜水艦戦力は、あくまでも敵主力艦を漸減するための戦力であり、輸送船を沈めるのは二次目標的な運用構想なのである。
日米開戦にあたり、大日本帝國海軍は、伊号潜水艦25隻をハワイ諸島に布陣して情報収集にあたり、開戦時は特殊潜航艇5隻を真珠湾に突入させ、その他の艦も積極的な索敵攻撃に努めたのだ。
大本営としては、この必殺の潜水艦部隊も、空母機動部隊と同様に、かなりの活躍を期待していた。
しかし結果は、目立った戦果は得られなかった。
伊6潜水艦は、浮上時は時速約35キロメートルで走行できるが、潜水時はバッテリー駆動となり、瞬間的には時速約15キロメートルを出せるが、バッテリーはすぐに尽きてしまうため、実質潜航時は時速5キロメートルが関の山の機動力なのだ。
そして潜望鏡の視認距離は5キロメートルから10キロメートルであって、
敵主力を見つけたとしても、敵は巡航速度約40キロメートルで通過してゆく。
必殺の酸素魚雷とはいえ、直進のみである。鈍足な潜水艦に、攻撃の機会は少ないのだ。
そして防御面は紙装甲である。
敵駆逐艦に見つかった場合は、極めて危険な状態となる。
浮上中は無防備すぎて、言わば海上のストーリーキングである。
潜航中は敵ソナーから位置を特定されないように、無音で息を潜めて待機するか、微速で少しづつ離れるしかなく、逃げ切ることは運に任せるしかないのだ。
敵艦が1隻のみなら、一か八かの魚雷攻撃も有り得るが、攻撃すれば位置が明らかとなり、外れたらほぼ間違いなく爆雷で撃沈されてしまう。
以上、潜水艦が敵の戦闘艦を狙う場合、自らの命を天秤にかけて、攻撃しなければならないものなのだ。
そして今回、稲葉艦長が認めた敵影は、間違いなく空母だ。
そして付き添うように駆逐艦が数隻、周囲を巡回していた。
艦長は潜望鏡を一周させ、周囲を確認すると素早く潜望鏡を下ろす。
「航海長!無電のとおりだ。艦影はアメリカの駆逐艦。そして奥には空母。あれがサラトガだ!情報通り、相当ダメージがあるようだ。我々第8潜水隊3隻で網を張ったが、アメ公は我々の用意した鍋に入りたいそうだな!」
「はい!伊4、伊5には悪いですが、我々が美味しくいただきましょう!」
稲葉艦長はニヤリと笑うと、航海長と共に海図の開かれた机に歩み寄り、三角定規で計算を始める。
「位置は北西方約6000メートル!!針路は東!速力は、遅い?20キロ程度ですか!このままならば、敵空母は右舷をさらけ出します!!」
艦長は危険を承知で再度潜望鏡で確認し、素早く潜望鏡を下げる。
「そうだな!!よし!!各員に告ぐ!!敵空母発見!!左300度!距離6000!!水雷長!!魚雷戦用意!!!」
艦長は司令塔の伝声管で総員67名に命令する!!
「魚雷戦用意!!!」全員が戦闘配置に着き、鉢巻を締める!!
「近付くぞ!針路15!速度2戦速6キロメートル!深さ15メートル!!」
「針路15!速度2戦速6キロメートル!深さ15メートルヨウソロォォ!」
伊6はバッテリー駆動でジリジリと接近する。
「聴音室、音源つかめよ。」
その間は艦長と航海長は海図を睨み、有効な射角を得るための計算に余念がない。
「はい、感1、約6000、複数のスクリュー」
「距離2000以内に位置したいが、どうだ?」
「はい、敵針路変わらず、当艦が針路北東で回り込めれば、およそ28分後に2000の位置と思われます。」
「水雷長!魚雷発射管を点検!魚雷の調定頼むぞ!!」
「了解!」
「しかし、前方発射管が1つ故障してしまったのが悔やまれます。」
「うむ、仕方あるまい、前方発射管3つ、魚雷3本で勝負だ。」
乗組員達は、流れる汗をそのままに、持ち場で息を潜める。
発射管室では、水雷長以下で、直径7メートル、重量1665キログラムの九五式魚雷を人力で発射管に納めるため、天井の滑車と鎖を使って慎重に持ち上げて移動させ、発射管に入れる直前に、信管を取り付ける。
最後に水雷長は優しく撫でながら話しかける。
「しっかり、真っ直ぐ行くんだぞ!」
九五式魚雷を発射管に納めると、後部扉を閉める。
そして発射用の圧縮空気を注入、前扉を開けて発射管内を海水で満たすと発射準備完了である。
水雷長は艦長に報告する!
「発射管1番、2番、3番発射準備ヨシ!」
「1番、2番、3番発射準備ヨロシ了解!」
報告を受けて艦長は頷く。
聴音室からの報告が続く
「音源は左舷320度、距離およそ5000、徐々に近づいています。音源は複数、大型艦のスクリュー音は1、その他は駆逐艦と思われるスクリュー音は3以上です。感は2。」
静まり返った艦内に、聴音長の声が響く。
「よし、そのまま報告を続けよ。」
・・・・・・
「左舷330度、空母と思わしき大型艦のスクリュー音一つが聞こえる。距離およそ4000、輪形陣、周囲に駆逐艦のスクリュー3から4。感は2。」
「艦長、射角としては、3000での発射がベストかと思われます。」
「そうだな。潜望鏡上げる。」
「艦長、危険では?!」
「チャンスは一度きりだ。完璧を期す必要がある。敵空母を撃沈できるなら、靖国への土産物としてはこれ以上なかろう?」
「・・・はい。最高ですね。」
「任せろ、ヘマはしない。」
稲葉通宗艦長は、潜望鏡を上げる!!全員が見守るなか、華麗に一周させると、左前方を覗き込みながら潜望鏡を下げた。その間約3秒。
「見えた!!サラトガ!!そして駆逐艦は3隻は確認した!速度は遅い、3000で撃つぞ!」
「聴音室!敵艦に変化はないか!?」
「敵艦に変化無し、左舷340度、空母と思わしき大型艦のスクリュー音は距離およそ3500、時速約20キロメートル、輪形陣、周囲に駆逐艦のスクリュー3から4。感は3。」
「総員、動くな」
全員が動くことを止める。
動きがあるのは、まばたきと、したたる汗のみだ。
「敵艦に変化無し、左舷350度、大型艦のスクリュー音は距離およそ3200、時速約20キロメートル、輪形陣、手前の駆逐艦のスクリュー音は1。感は3。」
「聴音室、敵情に変化なければ距離のみ知らせよ」
「距離で報告了解
・・・「距離3100」
・・・「距離3050」
「発射用意・・・」
・・・「距離3000」
「打ゥテェ!!」
ドスッ!!
度スッ!!
孥スッ!!
圧縮空気の噴射により、九五式魚雷3発は3秒間隔で打ち出された!!
気圧の変化によって乗組員の鼓膜が震える。
シュルシュルシュルシュルシュルシュルシュルシュルシュルシュルシュルシュル!!
聴音長が、冷静に報告する。
「魚雷のスクリュー音3確認、敵空母に向かって走リ出した。」
海中では、九五式魚雷3発が時速90キロメートルで爆走を始める!!!
そして、その3キロ先には、右舷横腹を見せる空母サラトガ。
「到達まで120秒です。」
航海長が報告する。
・・・・・・・・・
伊6の艦内指揮室では、艦長以下の全員が秒時計の針を見つめる。
秒時計はその視線のプレッシャーに負けて時間軸が歪み、秒針の進みが遅くなるほどだ。
それでも時は進む。
「魚雷走行中、敵艦隊に変化無し。」
「魚雷走行中、敵艦隊に変化無し。」
「魚雷走行中、近づく、近づく、敵艦隊に変化無し。」
今か、今か、当たれ、当ってくれ!!
待望の瞬間!!
「図ズゥン」「図ズゥゥゥン」・・・・・・・・
2回の重低音が艦内に響き渡る!!!
「命中!!2発命中!!」
「やったぞぉ!!やったぞォォ!!万歳!!」
全員で喜び、一通り勝利のスキンシップを済ませると、全員で神棚に拝礼する。
「よし、深さ70」
「深さ70ヨーソロ!」
伊6は深度70メートルに到達すると水平となる。
「取舵針路270、微速前進」
「取舵針路270、微速前進ヨーソロ」
「総員潜航配置のまま休め」
稲葉艦長は一息つくと、始めて椅子に座り込む。
「航海長、次は敵駆逐艦の爆雷攻撃が来るだろう、あとは我々の強運を信じようではないか。」
潜水艦は、攻撃後は回避のターンとなるのだ。
このあと、怒り狂ったアメリカ海軍駆逐艦の絨毯爆雷攻撃にさらされたが、3000メートル以上の距離も味方し、決定的な至近弾を受けることはなかったのである。
そして、稲葉艦長は撃沈に至らなかった敵空母サラトガを再び襲うことを決意し、その後を追うのであった。




