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絶凛のニーナ

作者: 原作 二本柳亜美 小説 おもち。様


 これは死ぬに死ねない花人たちのお話。

 花人は花のように今も増え、人に伝える「はなだより」として、そして人の想いを伝えるために咲く。


 ◆◆◆



 昏い森の中で、一人の少女が小さな椅子に、トランクを背もたれにして腰かけていた。

 少女が纏う濃い茶色のコートに、つばの広い同じ色をした帽子から伸びる編まれた色素の薄い頭髪。彼女の横には食糧を調達するためであろう釣り竿が立てかけられていたが、異色だったのは、衣服と同じ色を称えた彼女が見つめる、その手の中の一丁の機関銃だった。かちゃり、かちゃりと音が鳴っているのは、彼女がその銃を手で弄っていたからである。

「今日は魚。いや、乾パンかも」

 少女は誰に言うでもなく、そうひとりごちた。

 誰に聞かせるでもない独り言は、やがて誰もが幼いころに聞いた鼻歌に変わったが、それはふと、止まった。そうさせたのは、他の何でもない、少女の目の前に気配なく現れたもう一つの存在だった。

 「それ」はうっそうとした森の深緑色よりも更に昏く、これからやってくるであろう夜の冷気より冷たかった。フードをすっぽりとかぶったような人のような形をしていて、視線の動かない案山子のように、少女の方を見つめていた。

「ネネネネネイサン、ワ、ワタシィ、ワタシシシシ」

 突如、言葉のような何かを発したその存在に一寸の動揺も見せず、少女は椅子に腰かけたままで、静かに銃先を向ける。

「久しぶり、姉妹。私の花の力を奪った感想はどう?」

 少女が言う。

「妹、君たちは『死人花』と呼ばれている。元々はただ不吉な意味合いを持つ花をそう呼んでいただけだが、今はそうじゃない。『花人』は私だけのはずだったのに」

 いつの時代か、「花人」という言葉もまた、花が咲いた報せをするだけの、たったそれだけの言葉だった。いつしか、それは「呪い」に変わった。人の想いを吸い、何倍もの想いを開花させた時、人に降り注ぐ存在。それが「花人」であり、それは「祝福」だった。

「私が自ら命を絶った……ただ、それだけのはずだったのに、『死んだ私から花人は増えた』」

 少女の瞳は揺らがない。

「どうして花人が増えたのか、どうして君たち死人花が産まれたのか、それはわからない。でも、君たちが咲いてしまったら良くないことが起こってしまう」

 眼前の闇にその言葉が届いているのか、その言葉を投げかけることに意味があるのかはわからない。

「ネエサン、ワタシ、どうして、どうして」

 それでも彼女は、

「ワタシ、死にたくない」

 瞳を逸らさずに、告げた。

「さようなら、妹」

 引鉄を引いた少女の指に、どんな想いがかかったのかはわからない。

 しかし、次の瞬間には、彼女の手にした機関銃から放たれた無数の弾丸が、その闇を撃ちぬいていた。静寂な森に、機関銃の射撃音が響き渡る。それはその闇を塵のように掃うまで響き続けたが、その騒音を気にかける者は、この森にはいなかった。

 やがて、硝煙がゆっくりと晴れていくと、小さな黒色の残り香だけがそこにあった。

 命の終わりは、消えゆきながら、少女にその闇を「彼女」の言葉としてこぼした。

「ネェサン、聞いて。憎しみが溢れてコウナッタノ」

 それは、消え入りそうな遺言。

「でも、つらいの、ネェサン。助けてネエサン」

 その時、燻った闇の中に人の顔のようなものがのぞいた。それが、本来の「彼女」だったろうか。

「くるしくて、つらいの」

 彼女は、そう、訴えると、痛みによるものか、悲痛な叫びを上げる。

 少女は眉一つ動かさない。

「花人は簡単には死なない。きみたちを保っているのは花が吸った憎しみ。その想い」

 もう一度、その闇を見つめる。

「還ったら、温かい食事を一緒に囲おう。くだらない会話をして、あたたかい布団で眠ろう。人間のように。それは、きっとどんなことよりもしあわせなことだと思う」

 少女は、ただ還るだけなのだと、本当に終わるわけではないのだと、人間のように過ごせるのだとそう語る。

「私だって知っている。知っているだけ、知識として。いや、終わりたくない」

 それでも、今にも消えそうな叫びの主は、縋る言葉を口にした。

「困ったな」

 初めて、少女が表情を変える。困ったような泣きそうな、そんな表情に。

「デモ」

 枯れそうな花は言う。

「花開く。もう開クノ。ソレで終わり。ミンナミンナ」

 その「間」は永遠に埋まることのない認識の差を同じように、長く長く思われた。

「死ヌノ」

 永遠の間も、死を自覚し終わりを自認するその言葉で終わりを告げる。それを埋めるものは、決してないように思われた。たったひとつの存在を除いて。それは、彼女と同じ存在。それは、彼女しか投げられない言葉。

「わかるよ」

 その言葉はきっと引鉄を引くことより重かっただろう。

「私も、花人だから。私たちは同じ花人。暗闇で生まれ其の中を生きる」

 今にも泣きだしそうな、あるいは死者を看取った後のようなそんな表情で投げかけられた、そんな言葉。

「殺したくないのに、殺さなければいけない」

 少女が、闇の先に差し伸べたのは、機関銃ではなくてその左手だった。

「『こころ』を私が助ける。きみを殺して生まれ変わらせる」

 きっとその手がとられることはないと、少女もわかっていたのだろう。彼女は死人花。憎しみに憑りつかれた想い。それでも、その救いは、彼女に必要だったに違いなかった。

「私たち花が人の形をした器だ。大地の生命の力によって動き、存在し、死ぬと増える」

 それを説くのは少女なりの筋だったのだろう。

 だからこそ

「ニーナネェサンノ、コピィなの?私はソンなの嫌ヨ、イヤ、超えて見せる。大輪の花を咲かせたいい。」

 ニーナ、と呼ばれたその少女は

「どんなに人が死のうとも、どんな結果になろうとも身体がそう欲してイル」

 再び機関銃を上げ

「コロシタイ。タクサンコロシタイ」

 人の悪意を吸い込んだ彼女を

「次は祈りの花を咲かせられることを願うよ」

 彼女の頭を撃ちぬいた。


「凛による【花葬】……対象物を食い浄化する。凛の花言葉は……『あなたの悲しみを愛す』そして『またキミは生まれ変わる』」

 撃ち放たれた銃弾から花が咲いた。それは彼女の言葉通り凛の花だった。その花は、闇を、卵を飲み込む蛇のように包み、丸のみにした。

「汚れた魂が、浄化する」

 ニーナが、今までに見なかったような悲痛の表情を浮かべていた。その心の底にあったものはなんだったのか、それはわからない。

 闇は、死人花は、飲み込まれまいと叫び声をあげ抵抗していたが、やがては飲み込まれ、そしてなんの音もたてなくなってしまった。

「次の生命に祝福があらんことを」

 ニーナは咲いた凛の花の腹を優しく撫でて、そう言った。



 ◆◆◆



「おはよう。そして、おめでとう」

 凛とした声が誰かの目覚めと祝福を呼ぶ。

 気が付けば、そこにはニーナと、一人の女性が倒れ伏している。

「私の持つ花【凛】の能力がきみの人の悪意や憎しみを浄化した。もう死人花は咲かない。大量に人が死んだりしない」

「おねえさま……」

 よく見れば、倒れ伏した女性の顔は、闇の奥底に見えたものと同じものだった。

「分裂した兄弟や姉妹を助けたい」

 機関銃を構えているときとはまた違う、揺らがない瞳で、彼女は言う。

「私たちは人と絶対に生き抜くんだ。あたたかなスープや美味しいパンを食べて、ふかふかのベッドで眠るんだ」

 ニーナの瞳に宿るのは、確固たる強い決意だった。

「みんな苦しむから、助けるんだ」



 これは死ぬに死ねない花人たちのお話。

 花人は花のように今も増え、人に伝える「はなだより」として、そして人の想いを伝えるために咲く。

 花の祝開くが、其の呪いが、人々に降り注ぐでしょう。

 次産まれてくるときは、悲しい花ではなく、祝福の花であることを願うばかり。



◆◆◆



「今年は村にパンジーの花が咲きました。良い一年になりそうですですよ。みなで平和を願っていますから」

 街に住まう淑女はそう言って嬉しそうに微笑んだ。

「あの時は恐ろしい花が、憎しみや死を望んだ人間によって大量の死が、襲い掛かりました」

 淑女がそうして、敢えて忌み事を掘り返すのは、目の前の恩人に礼を述べるためである。

「ありがとう、旅の人。寄る辺がないのならこの村にお住まいになりますか?」

「もう森に花人はいません」

 礼を言われた少女はそれをやんわりと断るようにそう告げる。

「遠慮はなさらないでいいんですよ、あの時森を見に行って下さったあなたは村の恩人ですわ」

「いいえ」

 どうやら、少女はこの村に定住する気はないようである。

 それを悟った淑女はせめてもと思ったのかこう尋ねた。

「そういえば恩人さん。名前はなんていうんだい?」

 それに対し絵t少女は、

「私は名のない人間です。お忘れください。お気になさらずに」

 そう言うと「では」とだけ言い残し、早々に村から立ち去ってしまった。

 彼女が、祝福の花を咲かせられたかどうかは、また別の話。

お読みになっていただきありがとうございました。

また小説を描いてくださったおもち。様ありがとうございました。

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