私が聖女になったワケ
私は、騎士の家に生まれた。
父は代々騎士の家の出身で、少し体格に恵まれなかったものの、なんとか騎士叙任を受けたらしい。
そんな父は独立して、結婚したものの、娘である私リズが生まれて数年後に妻を亡くした。
もちろん騎士の家なので、父は男の子をほしがった。
どんなに私がお転婆でも男の子ではないので、騎士にするのはむずかしかったからだ。
何度、「リズが男の子だったらな」と言われたことか……。
私が剣の訓練が好きで、同年齢の子をばったばったと倒せたら別だったんだろうけど。
変わり者なのは間違いないけど、私は家の中で色水を作ったり、簡単な傷薬を作る方が楽しい性分だったから。
そのようなわけで。
後妻を迎え入れるのは、周囲から見ても自然なことだった。
父の再婚相手選びは難航した。
なにせ母が亡くなってから、ずいぶんたっている。父の年齢が高かったことも理由じゃないのかしら。何よりあまり父は強くない人だったので、騎士としては目立たないのだ。
それでもなんとか結婚できたのは、私が13歳になった頃。
後妻になった人には、男の子がいた。父が打診して受けてくれたのは、その子連れの女性だけだったらしい。
義理の兄になる彼は、どこかの子爵の庶子だとかいう話だった。
剣の筋が良ければ後継に……と父は考えていた。
だから義理の兄フィースは、家に来てすぐに剣の訓練を始めさせられた。
一方の私は、継母に嫌われないように地味に過ごしていた。
もっとお金のある貴族ならまだしも、騎士の家の娘では、どこかに嫁ぐにも母親の手を借りることが多すぎる。
だから嫌われるのは悪手。
継母は自制が利いた人だから、私をいじめるようなことはしなかったけど、なさぬ仲の子で、出会ったのがもう13歳という年齢だったこともあり、我が子のように愛するのはむずかしかったらしい。
だからこそ、慎重に立ち回っていたのだけど……。
その後二年の間。
義理の兄フィースとは、おおむね上手くいっていた。
フィー素も文章を読むほうが好きな質で、本当は剣はそれほど得意じゃないのだとか。でも後を継ぐ必要があるからとがんばっていた。
「君を守らないといけないからね」
フィースがそう言ってくれるのは、私が妹になったから。
そう思っていたのは私だけだったと、後で知る。
ある日、暮らしている町では町民が総出で山に入った。
秋に必ず行う慣習の一つで、町の人間総出で山の恵みを収穫し、みんなで分け合うのだ。
騎士の家とはいえ、末端でしかないうちもよく参加していた。
冬に向けて保存食品を作るのだけど、これに参加さえすれば果実や木の実がタダでもらえるのだから。
そこに今回は、フィースも参加したのだ。
最近、山で魔獣が出るという話が出ていたから。
そして魔獣は出た。
私がいる場所に。
人を一人かみ殺し、さらに向かってきた魔獣から私を庇ってくれたのはフィースで。
でも彼の腕では無傷で魔獣を倒すことなど不可能だと、私はわかっていた。
だから逃げようとした。
妹を大事に思っているフィースが、自主的には逃げてくれないだろうと思って。
だけど逃げかけた私の足を止めたのは、近づいてくるもう一匹の魔獣だった。
どこかでまた悲鳴が上がる。
まだ他にも魔獣がいた。これではフィース一人では太刀打ちできないし、他の人が駆けつけるまでの間に殺されてしまうかもしれない。
「お願いだから逃げてフィース! 私は死んでも問題ないから!」
後継ぎがいなくなったら、大変なことになる。
父は嘆くし、継母は泣き暮らすだろう。
私はそのことだけが気になって、フィースに私を庇わず、自分の安全を優先するように言ったのだけど。
「嫌だ。俺は君を守るために、騎士になろうと思ったんだ。君を助けられなかったら意味がない!」
首を縦にふらず、私を背中にかばうフィースに、私は怒った。
「死んだらそれこそ意味がないじゃない! 妹を助けたあげくに、家を断絶させる気なの!?」
そんなたいした家じゃない。
でもそんな理由でもいいから、自分に優しくしてくれたフィースが死なずに、逃げてほしいと思ったのに。フィースは言い返してきた。
「好きな子を見殺しにして生き残りたくはない」
「え……」
私はこの時、ようやくフィースの「大事」という意味を理解した。
彼は私のことが好きだったのだ。
呆然とするうちに、剣で切りつけられてひるんでいた魔獣が再び襲い掛かって来る。
フィースはしばらく一人で、魔獣を相手に善戦した。
その後叫び声を聞きつけて周囲から腕に覚えのある人が集まり、フィースとともに戦ってくれたけれど、フィースは傷だらけ。
結果的にフィースは利き腕に深い傷を負い、もう剣を持てなくなったのだ。
それでも魔獣を倒したことで、父が仕えている伯爵家から褒章をもらった。
勲章を手に、フィースは気丈に父に言った。
「自分では騎士になれませんでしたが、なんとか文官になって、後継ぎになる子の援助をがんばりたいと思います」
事故とか、そういう形での負傷でもなく、領主からの褒章をもらったような名誉の負傷だったからだろう。
父は落胆しながらも諦めがついたんだろう。
仕方ないと力無く微笑んで、フィースにうなずいた。
そこで困ったのは私だ。
このままでは、私は騎士の夫を探して家を継いでもらわなければならない。
一方で、フィースの方は私と結婚して、生まれた子を後継ぎにできないかと思っていたらしい。
遠回しにそのような話をされて、私は困惑した。
まず、フィースを今まで恋愛対象として見てこなかったからこその困惑。
一方で自分のせいで怪我をさせてしまった負い目があった。でもすぐにうなずけなかったのは、継母の厳しくなる目と、あたりが辛くなっていたから。
フィースの未来が、私を守ったせいで絶たれたと思ったのだろう。
そんな私とフィースが結婚したら、一体どう思うのか。
跡取りになることは問題なくなったからと、態度がやわらぐだろうか。
その間に、父との子ができたら、私のことを許してくれうのか……。
でも私は知っていた。
継母は、今でもフィースの父に未練があった。
だからフィースを抱えたまま、長いこと独り身でいたようだ。
それほどフィースへの愛情が深い彼女は、一生私を許してくれないだろう。
私は、今後の人生を針の筵の上になることを承知でフィースに恋することもできず、逃げ出す方法を探していた。
そんな折、ふと領主の家の手伝いに行ったところで、『聖女』の役職の話を耳にしたのだ。
聖女は、貴族の娘が選ばれてなるお飾り職。
とはいえ貴族令嬢にはとてつもない不人気な職らしい。
「お嬢様にお鉢が回ってきそうなのだけどね。結婚できないんじゃねぇ」
パーティーの手伝いで行った先で、他の騎士の奥方達がそんな話をしていた。
話題の主は、パーティーの準備にも参加していた、この伯爵家の末娘。
私より1つ年下だ。
だからこそギリギリで8年の任期をやりすごし、どうにか結婚できるのではと思われ、他の家から推薦されたのだという。
とはいえ8年の任期も、どこの貴族令嬢も拒否したらそれまでだ。
8年経つ頃に年頃の娘達が早々に結婚してしまい、誰もいないとなれば、次に誰かが選ばれるまでずっとそのまま。
なにせ聖女役を拒否するためだけに、14歳くらいで結婚だけでもしてしまう人が出るらしい。
さすがに12歳や13歳の子供を聖女役にするわけにもいかないからと、また来年に、と話が流れるのだとか。
今回も、みんな適齢期の娘達は結婚するか、聖女役を圧力で拒否できる家との婚約をとりつけ、彼女と数人だけが残っているのだとか。
その話を聞いて、ふと思った。
――私じゃだめだろうか。
騎士の娘だから、平民出身というよりは出自がはっきりしている。
もっと身分が上じゃなければだめだというのなら、名目だけの養女にしてもらう方法もある。
それができるなら聖女になりたい。
結婚のことも何もかも、考えなくていい。
私は衝動に突き動かされ、令嬢にその話をもちかけた。
令嬢も、一緒に話を聞いた令嬢の乳母も、私の話に飛びつき――。すぐに伯爵自身も私の申し出を勢いよく受け入れてくれた。
そしてパーティーが終わる頃には、パーティー会場に来ていたある子爵の養子になることも決まったのだった。
父は伯爵からの話に、うなずくしかなかった。
代わりに父や家を引き立てるとまで言われては、嫌とはいえない。
継母は、内心では大喜びしていたのだと思う。
場合によっては私が婿をとり、継母とフィースはおいやられるかも……と不安になっていたのだろう。
私もまた、彼女とずっと険悪なまま生活せずにいられることにほっとした。
そしてフィースは……諦めたように微笑んだ。
「君が俺に気持ちがないことはうすうすわかっていたんだ」
まだ好きだと言われただけで、結婚しようとはっきり求婚されたわけじゃなかった。だからフィースも、少しは心の傷が浅かったのだと思う。
継母との気持ちのすれ違いのことも話すと、納得するしかないという表情になっていた。
そして私は。
「ごめんなさい」
彼に謝るしかなかった。
こんな終わり方をする恋にさせてしまったことを、申し訳なく思いながら。
結果的に、私は神殿で聖女役をしながら暮らせて良かったと思っている。
魔法が使えないから嫁入り先も少なそうだったし、フィースと結婚したところで重荷になっていたのは変わらない。
一方で、町のお婆さんに手ほどきを受けた錬金術で、ちょっとした薬を作れたことで、多少なりと聖女役をするのにも役に立ったし。
そして二年後、風の噂でフィースが結婚したと聞いた。
「良かった」
私は心からそう思って、神様に彼が幸せであるように祈ったのだった。