9.朝食
ひとまず、剣呑な空気はとりはらわれた。
アルフはミアがタルトを食べているあいだは足元に寝そべっていて、食器がさげられるのと一緒にまた出ていってしまった。
なんなのだろうかと首をかしげているうちに、はっと気づく。
ブリーナが、今度はブルーのドレスを持って現れた。まだ表情には不満の色が残っているものの、刺々しさは薄れている。
「朝食のお召し物はこちらでよろしいでしょうか」
「えぇ」
上流階級の貴族たちは一日に何度も着替えをし、何度も食事をとる。それが富める者の権利であり義務ともされていた。
アルフはミアの着替えをはばかって退出してくれたのだ。
そこまでしてなぜ一緒にいたがるのかといえば、その答えはアルフの言っていたとおり、ミアが番だからなのだろう。
フェンリルは群れをつくらないが、代わりに人を庇護する。
アルフはもしかしたら、寂しがりやなのかもしれない。
ブリーナとともに着替えをすませ、広間へ向かう。
シャンデリアに飾られた高い天井。縦にも横にもひたすらに大きな空間だった。そこに十数人は座れるであろうテーブルが置かれ、やはり十数人は腹を満たせるであろう料理の数々がならべられていた。
しかし席についているのはアルフェルドだけだ。
給仕に椅子をひかれミアも腰かけるものの、ドレスのあちこちが膨らみすぎていてうまく腕が動かせない。いまから食事をするのだと思えば汚してしまいそうで不安がつのった。
食事が始まってもアルフェルドはなにも言わない。
狼の姿ではなくなった彼はまだ線の細い身体を詰襟のジャケットでつつみ、優雅にナイフとフォークをあやつっていた。
弟と同じ、成長途中の少年だ。肩章が重くないのかと余計なことに気をまわしてしまうくらいに、彼は若い。そんなアルフェルドが兄を追い落としたのはミアのため。こんな豪華な暮らしをさせているのも……なぜならミアは番だから――。
アルフェルドは本当に、六つも年上の自分を娶るつもりなのだろか。
「なんだ?」
眉を寄せたり頬を染めたりとめまぐるしく表情を変えるミアに気づいたアルフェルドが顔をあげる。
「いえっ」
思わず否定の言葉を口にするが、うまい言い訳は続かない。
「いつもここで食べているのですか……?」
話題を逸らさねば、と考えて、咄嗟に出てきたのは息苦しいまでの食事に対する驚きだった。
子爵邸の庭であれほどまでにのびのびとすごしていたアルフといま目の前でむっつりと黙りこんでいるアルフェルドが同一人物だとはまだ思えない。
「いや、これまでは自室だった」
ある意味で失礼な質問であったが、アルフェルドはふかく追及することなくミアの質問に答える。
しかし話はそれだけでは終わらなかった。
「この環境が慣れないのなら俺の部屋で食事をとろう。そうすれば二人きりでいられるしな」
「…………」
「昼食からは部屋に運ばせる」
見抜かれていた。
いいとも悪いとも言えないミアを前にアルフェルドはさっさと決定をくだした。
そんなふうに会話が終われば、ますます沈黙は重たくなる。
結局、ほとんど会話らしい会話もないままに朝食は終わった。
しかしこのときの対応が、ブリーナに火をつけてしまったようだった。
明日はアルフの過去編です。