4.なんだか従兄の様子が変です
従兄のオスカー・ヴィルドは、ミアと志を同じくする者だ。
いずれきたるフェンリル祭の復興にそなえ、伝統を絶やさぬべく研究を重ねている。客の少ないエルメール家にたびたび訪れ、使用人とも顔見知りである。
そんなオスカーが、なぜかげっそりとした顔で現れたのに、ミアは首をかしげた。
「やぁ、ミア。……あぁ、あんまり近寄らないでくれ」
いつもどおり声をかけようとしたところへ、ぴっと手をあげて制される。
「どうしたの?」
「君、狼を飼ってるんだろう?」
質問に質問を重ねられて、ミアは首を真横にかしげた。
飼っている、という言い方は適切ではない。アルフは数か月に一度ふらりとやってくるだけで餌も寝床も要求しない。それに厳密には狼ではない。
しかしいくら同じ研究をする従兄とはいえアルフのことを細かく話すのもはばかられ、なんと返したものかと悩んでいると、オスカーは手を振った。
「あぁ、事情はいいよ。とにかくその狼様の鼻が鋭いんで、ボクは君とよからぬ関係なんじゃないかと疑いをかけられたってわけさ」
「アルフに会ったの?」
驚いて問えばオスカーもまたぎょっとした顔になった。それから難しい顔をして口をつぐんでしまう。
そういえば先日会ったときにアルフにはオスカーの話もした。同じように聖魔法の修練に励んでいると。
アルフがオスカーの元を訪れたのだろうか?
だとしたらそれはきっと《番》とアルフが呼んでいる関係のせいなのだろう。
いまのこの国でフェンリルについての研究をすることは、フェンリル祭を廃止した王家の決定に逆らうことでもある。ミアが独り身のまま暮らしているように、オスカーも伴侶は求めずに研究を優先している。
アルフがオスカーとミアの仲を勘ぐったのだろうか。
ということはやはり……アルフは本気でミアを番だと思っているのだろうか……?
結婚する気のないミアにとってはそれほど深刻な問題ではない……そう自分に言い聞かせているのだが。
フェンリルに番認定されるとどうなるのかは、研究書を子細にながめても書いていないのである。
ミアがぐるぐると考えていると、オスカーがはぁとため息をついた。
「ボクはその呼び方はちょっと怖くてできないな」
「どういうこと? アルフはアルフでしょう」
「うん……あの方がなにも言っていないならボクは言えない」
「なにをそんなに畏まっているの。アルフがフェンリルだから? たしかに小さくても狼だし、聖獣ではあるけれど――」
「いや、フェンリルっていうか……」
オスカーは遠くを見る目で天井をながめている。言葉を探しているのだろう。しばらく待ってみたが、その続きを聞くことはできなかった。
会話を反芻してみてもやはり要領を得ない。
それより研究にとりかかろうかと魔法書をひらいたところで、オスカーがぽつりと言った。
「ミア、君、花嫁修業をしたほうがいいよ」
「やっぱりアルフが何か言ったのね? いいのよ。私に縁談なんてくるわけがないんだから」
妙に不遜な物言いの銀狼を思い出して、今度会ったらオスカーに何を言ったのか問い詰めてやらなくてはと思った。
ミアに甘えるのはいいけれど、関係のない人間を混乱させるのはやめてほしい。
狼が、しかもフェンリルが自分の従妹と結婚するのだと告げにきたら、それは驚くだろう。
「いや、でも、君のお父上のところにも話がいってるんだけどね――……」
「お父様にも?」
「聞いてないんだな」
「えぇ、なにも」
オスカーは天井を見上げた。ミアもいっしょになって見上げてみる。先日、脚立まで使って掃除したために蜘蛛の巣一つない、古いが親しみのある天井だった。
視線を戻すとオスカーは肩をすくめて首をふっている。
「だいたい、お父様はこのところ王宮で働きづめでいらっしゃるわ」
表向きの仕事をこなしつつ第二王子の質問に答えたり、フェンリル祭復興のための根回しをしているらしい。
屋敷にもなかなか戻ってこないし、戻ってきたときにはミアがいつもいる。そして覚えている限り父とアルフが顔を合わせたことはなかった。
忙しすぎるせいか、父は自宅の庭にフェンリルが現れたという話にもそれほど興味を示さなかった。どこか遠い目をして、「狼のお姿か……」と呟いただけだった。
だからきっと、父とアルフが会ったというのは、オスカーの勘違いだ。
ミアはそう結論づけた。