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完.フェンリル祭

 澄みきった空に昇る太陽は黄金の光を投げかけていた。受けとめる白亜の神殿は、数年の不遇が嘘だったかのように飾りたてられている。否、見捨てられた時期をすごしたからこその、謝意も含んだ人々のよろこびであった。

 理由も告げられず突如中止となったフェンリル祭が、復活するのである。

 

 おまけにそれは、フェンリルからの神託であるともっぱらの噂。

 王宮で巻き起こったセンセーショナルな第一王子の失脚や、巨大な銀狼を見たという者たちの主張も相まって、民の関心は大きかった。

 きっと新しい風が吹くのだろうと、誰もが期待を胸に顔を輝かせた。

 

 王宮から馬車が出発する。

 真紅の天鵞絨と色とりどりの生花に飾りつけられ、幌のない馬車は、中央に腰かける若き王子とその伴侶を人々の目に映した。

 馬車は大通りをくだり、王都を環状に一周する石畳の道へと進んだ。

 

 フェンリルと同じ白銀の髪をもつ王子は、隣に座る令嬢の肩をやさしくだいていた。その仕草だけで彼がどれほど彼女を愛しているかわかろうというもの。

 妃となる彼女もまた堂々と背筋をのばし喝采を贈る沿道の人々に笑顔を贈った。

 

 道すがら徐々に増えていく使いの狼たちをあとに従え、馬車は王都をぐるりとめぐった。

 狼たちのうしろから民たちもつづく。まるで王都じゅうがうねりをあげて踊っているようだった。そのくらいに人々は活気にあふれていた。

 

 

「――ほら、やっぱりみんな、フェンリル祭が恋しかったのです」

 

 はずむミアの声にアルフェルドは口元をゆるめた。

 自分と同じくらい、否ともすればそれ以上によろこびの視線を集めているミアは、そのことに気づいていないらしい。すべてがアルフェルドにむけられたものだと考えている。

 

「不思議なものだな、ミアは」

「?」

 

 首をかしげるミアに答えはかえさず、アルフェルドは沸きたつ群衆をながめた。

 これほどまでの歓迎を受けるなど、考えてもいなかった。

 世話をしてくれる者もほとんどおらず、ただ一人、いないもののように扱われていた日々。アルフェルドは国に神獣フェンリルなど不要なものだと考えていたし、その血を煩わしくさえ思っていた。国の将来について思いを馳せることもなかった。

 それがいまは、王太子として立ち、国をよい方向へと栄えさせねばと思っている。

 

 すべてはあの日、ミアが死にかけていた狼を生かしたところからはじまった。自分の命を捨てかけていた狼は、人を愛することを知り、いま民に心配ることを学びつつある。

 そう思えばあの出会いは女神の導きだったのかもしれない。

 

 馬車は王都を一周して王宮へと戻った。

 

 現れた国王の前に、アルフェルドが進みでる。

 熱狂的な歓声を直接耳にした王はまぶしそうに目を細めた。王にとってはもう何年も聞きおぼえのない民の声であった。

 いまや民の心が完全にアルフェルドとミアのものであることを王は知った。民だけでなく貴族たちの心も、二人はすでに射止めている。

 

「我がゲオルグ・ヴォルフクラインの名において、フェンリルの御前にて、第二王子アルフェルドを、王太子とする――!」

 

 宣言とともに、いっそう大きな歓声があがる。

 人々のよろこびに迎えられ、アルフェルドとミアはよりそった。

 

 

***

 

 それから五年後――。

 

***

 

 

「おとうさま、おかあさま、みてーっ、おおかみさん!!」

「みてー! いっぱい!」

「二人とも、レズリーに習ったことをすっかり忘れているわよ」

 

 馬車から身をのりだそうとする幼い兄妹に苦笑いを浮かべるミアの隣で、アルフェルドは「座りなさい」と座席を指さす。兄妹は小さな頬をふくらませたが、席へ戻るとすぐに笑顔をとり戻した。

 四歳の兄スコルと二歳になる妹ハティは、父母のあいだにはさまってにこにこと周囲に手をふっている。ずっと憧れだったパレードにはじめて参加できたのが楽しくてたまらないのだ。

 

 今日は再開してから五度目のフェンリル祭。

 最初のときに今回だけ特別にと思って行ったパレードは、人々の強い希望で毎年のものになった。オスカーの言っていたことは当たっていた。アルフェルドの狼の姿を見せたら、毎年、代がかわっても続けなければならなかったろう。

 

 そのアルフェルドはといえば、かつての少年の名残はもはやなく、すらりとのびた身長はすでにミアがヒールをはいても追いつけない。

 民人たちに手をふりながら、ミアはちらりとアルフェルドにも視線をむける。

 銀の髪と紫の瞳といった色彩に幼さをなくした顔つきはともすれば怜悧な印象を与えるが、浮かぶ笑みは以前よりずっとやわらかい。それでもほんのわずかに、精悍さを増した横顔には疲れがにじんでいた。

 

 フェンリル祭から半年後の秋の暮れに、アルフェルドの即位式典が行われる予定であった。

 すでに国王にかわり政務のほとんどをアルフェルドが指揮しているとはいえ、式典自体の段取りや諸外国への報せもある。その準備に忙しく、ここのところアルフェルドは夜中まで執務室を離れなかった。

 子どもたちがはしゃいでいるのは久しぶりに父とすごせる時間が嬉しいからというのもあるだろう。

 

 馬車は王都をひとめぐりして王宮へと戻った。

 ミアは人々の前に立ち、祝福の祈りを捧げる。もとはアルフェルドにしか使ったことのない魔法も、くりかえすうちに堂に入ったものだ。

 

 まぶたをとじて集中し、身体のうちに魔力をこめれば、アルフェルドの魔力をはっきりと感じた。番の契約を結んでからというもの、この絆は途切れることがない。

 感じた魔力は普段と違った。力強さに満ちてはいるが、内心はやはり疲れているようで。

 

 アルフェルドが癒されるように、と祈る。

 

 祈りの言葉は願いの言葉だ。

 愛する人を守れるように、愛する人が愛するものを守れるように。家族からはじまり、国に生きる人々にまで、ミアの魔力は伝わってゆく。

 大それたこと、とは思わない。自信のなかったミアはもういない。

 

「この国に住むすべての人々に、祝福を!」

 

 ミアの身体を通じてアルフェルドのものと混ざりあった魔力が国中を満たす。

 祭りを通じて、ミアは知った。人々とつながり、めぐりめぐった魔力は、ちゃんとアルフェルドのもとへと戻ってきて彼を癒やすのだ。

 それがフェンリルと人とのつながり。

 

 

 ――と。

 胸の中に、魔力の()()を感じてミアはふりかえった。

 

「えぇ……っ!?」

 

 思わず声をあげ、顔がひきつる。

 

 ミアの祝福の儀式のあいだ離れた場所で待機していたアルフェルドに、いつのまにやら狼の耳と尻尾が出現していた。

 スコルは肩へとよじのぼって耳を押さえ、ハティは尻尾の先をつかみ、そのおかげで集まった人々からは見えていないようだが……。

 

「おとーさま! おみみとしっぽがでてるよ! どうしてー?」

「おみみー」

 

 子どもたちの声が風にのって伝わってくる。

 聞かなくともミアにはその答えがわかった。

 アルフェルドを癒そうとしたミアの祈り、その想いにアルフェルドが反応してしまったのだ。

 ということはつまり、アルフェルドもまたミアとすごせずにいた期間を寂しく思ってくれていたということで――。

 

 愛情が薄れたなどとは微塵も感じないけれども、ここまで見せつけられれば恥ずかしくもある。

 

 普段ならば「ミアのせいだ」と意地の悪い責任転嫁をするアルフェルドも、さすがにばつの悪そうな顔で子どもたちの問いに眉を寄せている。

 徐々に熱をもっていく頬に手をあてながら、ミアもまた胸をはずませる鼓動を抑えきれなかった。

 

「ねーわかった、おかーさまにみとれてたんでしょ」

「おかーさま!」

 

 きゃらきゃらと笑う子どもたちの声が、晴れた青空に吸いこまれてゆく。

 

 拗ねた表情をやわらげてやるべく、ミアはアルフェルドへと駆けだした。

 

 

 

お付き合いいただきありがとうございました~!

週1以上更新ルール守れてよかった…! 読んでくださる皆様のおかげです。とても励まされました。

重ねてありがとうございました!

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