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38.番の儀式(後編)

 ――一方、就寝間際にはいりこんできたアルフと二人きりになったミアは。

 ()()()()()()の意図を察しつつも、やはりなにも言えないでいた。

 王子の姿となったアルフェルドに、ミアはどうしても身分の差を思いだしてしまう。

 だから王子ではない姿で現れたのだ。

 

 椅子に座るミアのもとまでくると、アルフェルドはふきゅーと鼻を鳴らしてミアの膝に頭をのせた。子爵邸の庭で会っていたころによくした仕草だ。

 思わず手がのび、頭をつつむように左手を添え、右手で耳の裏を掻いてやる。

 

 父から、貴族とは王家と国に仕えるのだと教えられてきた。エルメール家の役割は、フェンリルを祀り、その力を以て国を繁栄させ、王家を支えること。マリエッタの手により混乱した祭政はいま元の姿に戻っている。

 それはよろこばしいのだが。

 王子であり神獣フェンリルである人物をかしずかせるのは、どうしても心理的にブレーキがかかるのだ。

 

「契約は互いを縛るものではなく守るものだ。結べばそれがわかる」

 

 ミアの内心を読んだかのように、アルフはにやりと口の端をつりあげた。

 

「ミアがどうしてもというなら、番の契約は結ばずともよい」

 

 意地の悪い言い方に身構える。それだけで終わるわけがないのは彼の性格からわかっていた。

 

「ただし、俺は心配で心配でならぬから、またこの身を盾にして加護を施そう。それに、ミアには常に護衛をつけておかねばならないな。番の絆をつなげばそのようなことも不要だが……」

「やっぱりそうきますか……」

 

 狼の顔のまま、肩をすくめるような仕草をしてアルフはミアを見た。ミアも肩を落としながら応える。

 ミアはずっと悩んでいた。

 しかしその一方で、悩んでも仕方のないことだとは理解していた。アルフェルドの愛情は最初からミアの想定を超えていた。アルフェルドがそうと言った以上、実行に移されるのは確実だった。

 

「……わかりました」

 

 覚悟を決めるのはいまだ。

 

 ミアは長く息を吸い、はいてから、顔をあげた。瞳にはまっすぐな感情が宿る。

 

「では、アルフェルド様のお姿に戻ってください。私が絆を結ぶのは、アルフェルド様です」

 

 狼の姿でもよいとアルフェルドは言ったけれど、それはさすがに逃げがすぎる。

 ミアが添う相手は野生の狼ではなく一国の王子だ。

 

「決意した途端に積極的になるな、ミアは」

「茶々を入れないでください! また自信がなくなります」

 

 ミアは叫び――はたと目を見ひらいた。

 目の前にはもうアルフェルドが立っている。シルクのシャツに裾の長いローブを羽織った寝間着姿。そういえば自分もネグリジェにローブを羽織っただけだと気づく。

 なんとも締まらない格好での儀式だが、このくらいがいいのかもしれない。

 

「ミア」

 

 蕩けるような笑みを浮かべたアルフェルドが、座るミアの前にひざまずいた。

 銀色の髪がさらりと揺れて顔を隠す。深々とこうべをたれると、アルフェルドはミアの手をとった。

 

 うやうやしいもののようにミアの手を両手で捧げもち、吐息のようにひそやかに、アルフェルドは契約の言葉を口にする。

 

「ミア・エルメール。貴女に我が忠誠を捧げることを誓います。生涯にわたり、貴女のそばを離れず、貴女を守りつづけます。お許しいただけますか」

 

 ミアの唇が緊張にふるえた。妃になるのだとがんばってみても、アルフェルドの人生をあずかるだけで情けないくらいに動揺してしまう。

 鼓動が激しく鳴る。正面には顔を伏せたアルフェルド。どんな表情を浮かべているのかミアにはわからない。

 

「――はい」

 

 やっとの思いで了承をしぼりだす。

 かすれた声はみっともなかったかもしれない。しかしアルフェルドはなにも言わず、ただ言葉を受けとった証として、その唇をミアの手に落とした。

 

「では、番の契約を」

 

 その瞬間、ふれあった場所からアルフェルドの魔力が流れこんできた。

 

(これは……!)

 

 他人の魔力でありながら、なんの抵抗もなく身体に馴染む感覚。

 厳密にいえば、それは他人の魔力ではなかった。

 

 ミアの魔力が、アルフェルドの身体に宿り、アルフェルドの魔力と混ざりあったもの。

 アルフェルドは視線を伏せたままじっと動かない。けれどもミアには、彼の魂の形が見えるような気がした。

 縛るものではなく守るものだと言われた意味がわかった。これまでミアの役目は魔力を分け与えることであったが、いまはそうではない。二人の魔力は溶けあいながらふくらんでゆき、その力を増していく。

 これまでとは比べものにならないほどの魔力。

 

 やがて魔力の融合が終わったとき、アルフェルドは顔をあげてミアを見た。

 ミアもまたアルフェルドを驚きの視線で見つめかえす。

 

「これが番の契約というものだ」

 

 互いを結びつけ、魂を混ぜあい、伴侶となる。

 だから、どちらか一方がいなくなれば、その空虚は死にも等しくなる。

 

 これまでアルフェルドを蹴落とそうとした者たちがミアを狙った意味がようやくわかった。ミアを失えばアルフェルドの力は確実に失墜する。

 それは感情だけの話ではなくて、実際に()()なのだ。

 ――ただ、真に番となったいま、生半可なやり方ではミアを害することはできないだろう。

 

 胸に手をあてる。

 魔力は己の中から生まれるもの。それが混ざりあって、自分の中にアルフェルドの鼓動が息づいているのを、ミアはたしかに感じた。

 

 ただ一つ、懸念としては。

 

「……これ、私がどこにいてなにをしているか、アルフェルド様にも伝わりませんか?」

 

 魔力のほかに、つながってはいけないものまで色々とつながっているような気がする。

 視覚で把握できるのとは別に、おぼろげではあるがアルフェルドの気配や感情がわかるのだ。たぶん距離をとったとしても変わらない。

 

 ぱたぱた、と音がした。

 見ればいつのまにか生えた尻尾が跳ねるように揺れている。ミアの中のアルフェルドが示す感情もよろこびのようだ。

 ただ、目で見えるアルフェルドだけは真面目くさった顔で重々しくうなずいた。

 

「それが番の契約というものだ」

「わかってましたね……」

 

 完敗だ。

 最後の最後まで、ふりまわされた。

 しかしそれを憤る気持ちはわいてこないのだから性質タチが悪い。

 

「ミアも嬉しそうだぞ」

「勝手に人の心を読まないでください」

「魂をつなげておかなければ、ミアを守ることができないだろう」

 

 いけしゃあしゃあと言いきるアルフェルドに、ミアはふたたび頭をかかえた。

次話で完結かと…お付き合いくださりありがとうございました。

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