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35.ともに戦え(後編)

 塵煙の中からのそりと、馬車ほどもある銀狼が姿を現す。

 どよめいたのは魔物だけではなかった。兵たちも、ほとんどの者はアルフェルドがフェンリルとなった姿を見たことがない。ほんのわずかにだけ――マリエッタの命によりアルフェルドを討たんとして逃げ帰った者、またはエルメール子爵家が襲撃された際に叛逆者に怒り狂う巨大な銀狼の姿を目撃した者、そういった者たちが知っていただけだ。そして彼らの畏怖心は、他の者たちよりも強かった。

 兵たちもまた青ざめた顔でアルフェルドを見つめている。

 

 しかしアルフェルドは、そんな視線には興味がないといったかのように隣をふりむく。

 

「ミア」

「はい、おそばに」

 

 アルフェルドの紫の眸がミアを澄んだ視線で射抜いた。淡々としているようで、しかしその奥底にひそんでいるのは激情だ。

 

「ともに戦え」

 

 それは、この場のことを言っているのでもあり、すべての未來をさす言葉でもあった。

 アルフェルドの番として、アルフェルドの隣に立ち、彼を支えつづけること。同時に、いずれ妃として、自らもまっすぐに立つ力を身につけること。

 答えは決まっていた。

 

「――はい」

 

 両手を組み合わせると祈りを捧げる。身体に魔力が満ちてゆくのがわかる。それも、これまでとは違う、心臓の真ん中からふつふつとわきたつような魔力。

 手のひらからアルフェルドに伝えれば、まるで燃え盛る炎のように、質量を増した銀毛から魔力が立ちのぼる。

 ミアからしてみれば、炎はあたたかな魔力だった。もとがミアの魔力なのだから当然かもしれない。うねる銀毛はやわらかくたゆたう波を思い起こさせる。

 

 けれども魔獣たちにとっては違った。

 アルフェルドが身を低くする。喉の奥から低い唸り声がほとばしった。しなやかな四肢に力がこもる。

 

 不意に、ばねのようにはじかれた体躯が、魔獣たちの群れをめがけて突進した。

 

 もはやそれだけで、魔獣たちは力の違いを思い知ったらしい。

 円をえがいて兵たちを取り囲んでいた魔獣たちはじりじりと後じさりをはじめ、やがてどれか一頭が低いうなりを発したかと思うとぱっと四方に逃散した。

 

 その空白地帯に爪を立て、アルフェルドは一声大きく吠えた。

 魔力の込められた遠吠え。ミアですら思わずびくりと身をすくめるほどの迫力に満ちた、フェンリル族の破魔の声。

 

 まばたきの間に、魔獣たちは気配すら残さずに消え去ってしまった。

 

「もうしばらく人を襲うことはあるまい。いたずらに戦うことがなかったのは幸いだった」

 

 駆けよってきたミアに苦笑まじりの声が言う。このあたりはフェンリルの棲み処だと認識されたかもしれない。

 そんなことを考えていたら、アルフェルドが首をかしげてミアをのぞきこんだ。紫の目が意地悪くたわめられる。

 

「これでわかったろう、ミアの魔力が俺に与える影響が。俺だけが原因とは言わせぬぞ。ミアの想いがあればこそだ」

「……」

「……いいかげん認めたらどうだ?」

 

 大きな尻尾が視界の隅で楽しそうに揺れている。

 こういうところが、少し性格が悪い、とミアは思う。明確な答えを避けつづけてきた自分にも非があるのかもしれないが。

 

 魔力というのは身の内からわきでるエネルギーだ。その量や質は使用者の精神状態に大きな影響を受ける。

 アルフェルドに魔力を渡そうとして、身体の中心からわきあがった感情。魔力を受けとったアルフェルドのこれまで以上の強化。

 そういったことの原因が、ミアの想いからくることは明らかで。

 

 目に見える形で、己の想いを暴露されてしまった。

 それになにより、ミアはアルフェルドの願いに応えたのだ。ともに戦え、とアルフェルドが言ったのは、これほどまでに格の違う魔獣たちを追い散らすことを指すのではない。

 生涯を、王太子妃として、ゆくゆくは王妃として、戦い抜けということ。

 

「アルフェルド様……」

 

 頬を染め、眉を染めながらミアは名を呼んだ。

 狼は群れで獲物を追いこみ、仕留めるというが、この銀狼は一人でそれをやってのけた。

 様々な障壁をくずし、外堀を埋め、ミアの心まで奪いとった。

 

 心臓がうるさいくらいに音を立てる。

 認めてしまったら、たぶんこの銀狼はミアを離してくれない。

 それがわかっていてなお、もう逃げられなかった。

 ミアがさしのべた手に、銀狼は目を細めて額を擦りつけた。

 

「……好きです、アルフェルド様」

 

 口にだしてしまえば心の奥からせつない気持ちがわきあがってくる。

 アルフェルドから自分の表情が見えないように、ミアは大きな狼の頭をかかえこむように腕をまわした。まぶしく輝く銀の毛なみが頬を撫でる。

 

 アルフェルドが喉の奥で笑う唸りが震動となって伝わってきた。

 

「やっと言ったか」

 

 その口調は鷹揚で、余裕ぶったものだったが、ばったんばったんと尻尾が揺れているのをミアは視界の片隅にとらえた。

 アルフェルドも待っていたのだと思えばどうしようもなく嬉しくなる。

 いつまでたっても収まらない鼓動を響かせながら、ミアはため息をついた。

 

 しかし、アルフェルドは容赦なく、そんなミアから身を離してしまう。

 見られたくないと思っていた表情を間近でのぞきこまれた。

 

「真っ赤だな」

「なっ!?」

 

 顔を覆うミアにアルフェルドはくるりと踵をかえして背をむける。

 

「話のつづきは馬車でだ」

「つ、つづき?」

 

 たったいま思い切って告白をしたばかりで、なんのつづきがあるのだろうと目を白黒させていると、いつのまにか銀の炎は揺らめき、アルフェルドの姿は人の形に戻っていた。

 ふりむいた少年は狼のときと同じ意地悪な笑みを浮かべている。

 

「そうだ、ちゃんと人間の俺にも言ってくれ。二人きりで。それに、俺からも言わねばならないな、ミアへの想いを、たっぷりと」

「!!」

 

 それは、なんというか、自分から想いを告げるよりもいたたまれなくなりそうだ。

 だってさっき尻尾が揺れていたように、アルフェルドがよろこぶのがわかってしまうから。

 

「耳と尻尾は……ださないでくださいね……!?」

「さぁそれはどうかな」

 

 必死に懇願するミアに、アルフェルドは笑い声をあげた。

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