34.ともに戦え(前編)
人通りの多い場所をすぎた途端、馬車は音を立てて跳ねるように疾走をはじめた。
振動で倒れてしまいそうになる身体をなんとか支えながら、ミアはアルフェルドの身を案じた。
あのあとすぐミアはブリーナを呼び、ウィリアムとクロエに詫びてから王宮を飛びだした。
ミアを迎えにきた男を同じ馬車に乗りこませて話を聞く。
アルフェルドがむかったのは、〝灼鉱の森〟と呼ばれる地域の視察。
その名のとおり森ではあるのだが、魔鉱石を含む土壌のために魔物が多く住みついている危険地帯だ。
人里に近い危険地帯に対して、定期的に国は軍をだし、増えすぎた魔物を払う。
今回の視察にアルフェルドが参加したのは、権力の足固めのため、国が行っている様々な施策を見ておきたかったからというのが大きいだろう。
しかしそれが裏目にでてしまった。
普段はいない王子への護衛に、軍は兵を割いた。アルフェルドは固辞したらしいが、結局アルフェルドが連れていった供とは別に、兵士が数人追加で護衛についたそうだ。
そのうえいざ〝灼鉱の森〟にはいってみれば、そこには禁を犯して鉱石を盗もうとする破落戸どもがいた……魔獣たちに、いまにも食われそうになりながら。
盗賊たちは魔物からも兵からも逃げようとする。しかし兵は、普段より少ない人数で、魔物を牽制しながら盗賊たちを捕らえようとする。
混乱を増しながら移動した先には、洞窟があった。
中がどうなっているかわからない洞窟にもぐりこむなど、普通であれば愚にもつかない行為である。しかし盗賊たちはその無謀の中に希望の光を見いだしたらしかった。
掘りだした鉱石をかかえたまま洞窟へはいる一団。
そのあとを追うのはアルフェルドたち。
魔物たちからは餌をとられたように見えたのだろう、兵を飛びこえ、攻撃は一斉に洞窟へとむいた。
「それで、入り口が崩落したのね……」
「は、はい。救出しようにも魔物の数が多く、膠着状態に陥ってしまいまして。追加の兵をだすのには時間がかかります。しかしアルフェルド殿下が、ミア様さえいれば問題はないと」
王子と盗賊が同じ場所へ閉じこめられてしまったのだ、兵の顔面は蒼白だった。
「アルフェルド様がそうおっしゃるなら、きっと大丈夫です」
ミアはため息をついた。一応、安堵もある。報せを受けたときは驚いたが、盗賊程度ならアルフェルドが傷を負うことはありえない。
問題は、洞窟を脱出したあとの魔物たち。
(そういえば、あの事件から、アルフェルド殿下には魔力をお渡ししていなかったわ……)
事件への気疲れと、ウィリアムを迎える準備などで、ミアには余裕がなくなっていた。そんなミアを慮ってか、同様に忙しかったのか、アルフェルドも強引に近づこうとはしなかった。
アルフェルドが狼の姿をとらなくなってからずいぶんとたつ。
そうしたふれあいの少なさが、心の距離ができたように感じさせていたのかもしれない。
アルフェルドにふさわしいのは自分ではないだろうと、先ほど思ったことを内心で思い起こす。
アルフェルドはそれに気づいていた。
だからミアを呼んだのだ。
***
駆けつけた先には、案内した兵の説明どおり、崩落を起こした崖があった。むきだしになった岩肌の途中からがえぐられたようにくずれ、巨大な岩が入り口をふさいでいる。
その跡を囲むように兵士たちがならび、包囲する魔物とむかいあっていた。
ミアがその中にわけいると、魔物たちがざわめいた。
兵に守られているから、ではなく、何匹かの魔物はあきらかにミアを恐れて後じさっていく。特に、鳥獣型の魔物は、毛や羽を逆立て、警戒音をあげている。
(アルフェルド様のマーキング、というのはこれね……)
弱い魔物なら相手にならないと笑っていたクロエを思いだす。
もはや、アルフェルドの意図は理解できていた。
ミアにこれほどの防護を施せるアルフェルドが、洞窟に閉じこめられたくらいで身動きがとれなくなるはずがないのだ。
くずれた岩盤にできた割れ目を兵士が指さす。そこをのぞきこめば、わずかに差しいる陽光に照らされて、銀の毛なみがくゆり輝いていた。
尖った大きな耳が鳥が羽ばたきをするように揺れている。
「きたか、ミア」
「アルフェルド様……そのお姿に?」
「盗賊どもが言うことを聞かなくてな」
含み笑いの低い声色で告げるアルフェルド。やはり彼にとって事態はそれほど差し迫ったものではないらしい。
「盗賊をおとなしくさせることはできる。洞窟を塞いだ岩々を破壊することもできるだろう。だが、そこまでだ。魔物を倒すことはできない。想像以上に魔物の数が多いのだ……おそらくは、ここがクロエの通った道なのだろうな。やつら、殺気だっている」
クロエはフェンリルだから手がだせないが、外部からテリトリーに侵入されれば魔物のほうも警戒心が強まる。そこへきて今回は盗賊たちに武装した兵士。
「それで、私はなにをすれば?」
「岩を吹き飛ばした時点で俺の魔力は消耗する。《治癒魔法》をかけてほしい、それだけだ」
「それなら隊の中にも魔力補給のできる魔術師がいたでしょうに……」
「ミア以外の者から餌付けされる気はない」
「……」
それはきっと、遠まわしにミアの懸念を否定しているのだ。
自分よりもアルフェルドにふさわしい者が、いくらでもいるだろうという推測。アルフェルドは、その答えがどうであれ、ミア以外を考慮に入れる気はない、と言っている。
ミアが望むなら王位など要らないと言ったこともあるのだから、当然といえば当然。
……と、うぬぼれられるだけの自信があれば、懸念などかかえていない。
照れ隠しに頬をふくらませる。
「勝手に人の心を読むのはやめてください。フェンリルにはそういった能力もあるのですか?」
「顔を見ていればわかる。兵たちに、正面をあけるように伝えてくれ」
ミアの隣でひかえていた兵が指揮官のもとへアルフェルドの指示を伝えに行く。指揮官が手をあげ、左右を指し示すと、ぐるりと洞窟を囲んでいた兵たちは両端へ移動した。
魔物たちはその動きを見ていながらも縫いとめられたようにじっとしている。
視界を塞ぐ岩のむこうでなにかが変化したのを、彼らも感じとっているのだ。
「避けたか?」
「はい、正面には魔物だけです」
「魔物はまぁ、大丈夫だろう」
気負いのない声でアルフェルドが応えた。
ミアもいったん洞窟から離れる。
「では、いくぞ」
散歩にでも出かけるかのようなおちついた口調で、アルフェルドは言った。
次の瞬間、轟音とともに巨岩は土煙をあげて砕け散った。