33.ミアの悩み
すでに番の契約はすんでしまったのだと、アルフェルドは言っていた。しかしそれはミアを守るための方便だった。
では、いまアルフェルドとミアの関係はどうなっているのか。
「どうもなってないね」
仔犬ならぬ、仔狼の姿に戻ったクロエが、ウィリアムの膝の上でのびをしながら言う。高級そうな生地をひっかきそうなクロエにミアはごくりと息をのんだが、ウィリアムは気にしていない。
「ミアにかかってた防護結界もこわれちゃったし、いまミアとアルフェルドのあいだに『契約』はない。アルフェルドの匂いはぷんぷんしてるけど……」
「匂い……」
「ほかのフェンリルとか、魔獣にむけてね。アルフェルドより力のないやつらはミアに近づこうとするだけでおしっこちびっちゃうね」
ニシシシ、と笑うクロエ。
ウィリアムは眉を寄せて微妙に考える顔になっている。「おしっこちびっちゃう」という言葉づかいに指摘を入れるべきか考えて、やめたようだった。
たとえば、ウィリアムとクロエがアルフェルドと自分のように伴侶となる話がでた場合、クロエの王妃教育はどうなるのだろうかとミアはひそかに思った。たぶんウィリアムも同じ懸念をかかえているに違いない。
(それぞれにそれぞれの悩みがあるのね……)
クロエは貴族でもなければ人間の血が入っているわけでもない、純粋な神狼だ。アルフェルドよりも立場は難しい。
そのあたりはウィリアムとクロエの問題であり、いまからミアが首をつっこむようなものではないが。
「ミアはどうしたいのさー? ボクはミアとアルフェルドはけっこんしたらいいとおもう」
「そうね……」
核心をずばりと尋ねられて、ミアもまた眉を寄せた。
アルフェルドに番だと明言されたから、その関係はもう揺るがないものだと思っていた。ミアを失えばアルフェルドの魔力は弱体化してしまう。この国が好きだし、フェンリル祭という幼いころから好きだった伝統もとり戻したいと思った。
それが、本当は契約はされていなかったのだと知らされて、混乱している面もある。
「アルフェルド様は、本当に私でいいのかしら……」
もっとふさわしい令嬢たちがいくらでもいるだろう。
番の制約がないのなら、わざわざ下級貴族の、六つも年上の女を娶る必要はないのだ。
自信がないのだろうと言われればそうだ。むしろこんな状況で、自分がずっと愛されつづける自信などもてるだろうか?
それより、分別ある大人の女性らしく、ふさわしい相手を見つけるようアルフェルドを説得するべきでは、とも思う。
(本当に国のためを思うなら、そのほうがいいわ)
ウィリアムやクロエがミアを認めたときの、家臣たちの動揺。多くの者はアルフェルドの勝利を知り、アルフェルドが王太子になるであろうことを確信した。
しかしそれと、無条件にミアを受けいれるのは別の話。
ミアを見る視線の中に「この女が?」という疑念が混ざっていたのは感じた。
そして誰よりもミアが、それをもっともなことだと思ってしまうのだ。
アルフェルドとの関係をやり直すとしたら、いましかない。
難しい顔をして考えこむミアに、クロエが首をかしげる。クロエにとっては好きならばいっしょにいればいいではないかというただそれだけ。しかし隣のウィリアムはミアの心に気づいているのか、黙ったまま見つめている。
悩んでも結論はでなかった。
否、だすことができなかった。
沈黙の落ちた部屋の空気が、けたたましいノック音によって切り裂かれたからだ。
「申しあげます……!! アルフェルド様を含めた調査部隊が、魔物に襲われ……!! 〝灼鉱の森〟にて、洞窟に閉じこめられたと……!!」
返事をまつ数秒すら惜しいといった様子で、扉の外から男が告げる。
「ミア様、お力をお貸しください……!!」