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32.ウィリアムの問いかけ

 自分たちが無視をしていた相手が、虐げられていることを知りながら見て見ぬふりをしてきた第二王子が、フェンリルの血を継ぐ存在――。

 周囲の驚愕と緊迫がありありと伝わってくる。

 

 居心地の悪さは人それぞれ。王宮における自らの立場を危ぶむ者もいれば、神獣を前にして蓋をしていた信仰心をとり戻した者もいる。

 王は玉座に沈みこんだまま言葉を発することができない。知らなかったなどありえないと誰もが理解しているからだ。

 

 この場を収められるのは、アルフェルドのみ。

 いくつもの視線が銀糸の髪をもつ第二王子にそそがれる。

 アルフェルドは動揺を見せず、静かに立っていた。彼にとってクロエの獣人化は予想外であったが、この会見が示威の場であることはもとより変わらない。

 

「皆も、客人であるウィリアム殿の前だぞ。礼を忘れぬように」

 

 何事もなかったようにふるまう。

 この場合、それがもっとも雄弁な肯定だった。

 

「クロエの乱入で騒がしくなってしまいましたね。では改めて」

 

 クロエを床におろしたウィリアムが王にむかって礼を送る。

 

「アルフェルド殿、ならびに婚約者のミア殿には、クロエが世話になりました。フェンリルという存在に関わる国どうし、今後も友好を続けていければと思います」

「承知した。本日はよくぞまいられた」

 

 ウィリアムの言葉に、かすれた声で応える国王。

 アルフェルドをフェンリルとして認めること、王太子に立てること、その妃はミアとなること、……それらのすべてが折りこまれた挨拶だった。

 

 アルフェルドの名でウィリアムを招くとなったとき、第二王子の勢力の拡大を予見した者はいただろう。しかしここまでとは思っていなかったはずだ。

 いまや、貴族たちの頭の中には、この先の道筋が見えはじめていた。

 

 フェンリル祭の復活。

 アルフェルドの立太子。

 フェンリルの〝巫女〟であるミアとの婚姻。

 

 自らの立場を守るためには、これらの行事のどこかで活躍を示さねばならない。

 

 国王やウィリアムが退出し、会見の終わりを告げられた途端、貴族たちは我先にと散っていった。

 

 

***

 

 

 会見からすぐの、賓客を迎える応接間にて。

 

 ウィリアムは子どもらしい表情に戻ると、幸せそうな笑みを浮かべながら数々の焼き菓子に手をのばしていた。

 隣ではクロエがばったんばったんと尻尾をふりながら満面の笑みで菓子を頬ばっている。

 人型の姿が気に入ったようで、しばらくこのままでいたいと言うのでミアはブリーナに言って服をもってこさせた。一応布らしいものはまとっているのだが、肩や膝が丸出しなので王宮を闊歩されるとよろしくない。

 

 ほほえましい光景に笑顔を浮かべつつ、ミアは若干の場違いさも感じていた。

 アルフェルドは十六歳、ウィリアムは十二歳、クロエは八歳ほどに見える。対してミアは――二十二歳。しかし立場としてはこの中の誰よりも低い。

 しばらく忘れていた年齢の差がちくちくと心を刺す。

 

「ご協力に感謝する。まさかあそこまでの口上を述べてもらえるとはな」

 

 アルフェルドの言葉にウィリアムは破顔していた表情を変化させた。鋭い視線で笑う様は、幼くして王太子となった立場の重みを感じさせる。

 そもそもが、一人でやってきて他国の国王の前であれだけのことが言えるほどの胆力をもっているのだ。

 

「クロエのだけではない借りがありますからね」

「ほう?」

 

 アルフェルドがにやりと口角をつりあげる。応じてウィリアムもにこりと笑った。

 

(かわいい男の子たちのはずなのに圧が強い……!)

 

 ブリーナのお小言がかわいく見えるくらいである。これが王族の風格かと汗を浮かべながらクロエを見るも、当然クロエはなにも気にせずにお菓子をぱくついている。彼女にとっては人間の地位など意味がないのだ。

 ウィリアムはソファにもたれかかると手を組んだ。

 

「実はね、ユナ国は静観していたんですよ。王妃派と第二王子派で睨みあっているという情報は入ってきていたし――」

「マリエッタから要求もあった?」

「よくご存じで」

「彼女の切れるカードは黒魔術か実家の公爵家しかないからな。国内で窮すれば国外に伝手をたどる」

 

 王子たちの低くかわしあう会話のあいまに、クロエのむぎゅむぎゅとケーキを詰めこむ音が響く。

 ミアはといえば、そんな元気もなくひたすらに聞いていることしかできない。

 

「アルフェルドにユナ国から妃を、というのがマリエッタ殿のご要望でした」

「アルフェルド様に……?」

「ミアを排除しようとしたんだ。ユナ国から妃候補をだされては跳ねつけるわけにもいかない。番であるミアを失えば俺の力は弱まる。妃の背後からあやつれればマリエッタの権力は残る」

「ただ、ちょうどそのころにクロエが国を飛びだしまして……それどころではなくて」

 

 はぁ、とウィリアムがため息をついてクロエを見る。言われたクロエのほうは名前が呼ばれたことだけしかわからなかったらしく、口元に食べかすをつけたままにこーっと笑う。それを指先で払ってやるウィリアム。

 この王子とフェンリルは、どうやらもう完全なる絆を確立しているようだ。

 

「返事を先延ばしにしているあいだに、アルフェルド殿からクロエを保護しているという話があったわけです。そうなったらもうユナ国はアルフェルド殿につくしかない」

 

 マリエッタからすれば、ユナ国からの協力をとりつけられなかったどころか、のらりくらりとかわされているうちに裏側でアルフェルドと手を結んだように思えただろう。

 

「だから、マリエッタ殿がミア殿のお命を狙ったのは、少しくらいはうちにも責任があるのですよ」

「いえ、そんな」

「それにクロエもこんなになついていますしね。どうせアルフェルド殿につくなら、地盤固めを手伝った方がいいかなぁと思って。これで貸し借りなしにしてもらえますか」

 

 恐縮するミアに笑顔をむけるウィリアム。

 アルフェルドがなにも言わないということはそのつもりなのだろう。「はい」と答えるとウィリアムはほっとした表情になった。

 

「よかった。ミア殿はあまり権力などに興味はなさそうなので」

「は、はい……?」

 

 たしかに、興味はない。この場にいるのが場違いで身をちぢこめているほどなのだ。

 

「アルフェルド殿の番となり、妃となり、ゆくゆくは王妃となるのですよね? そう言っていただければ、ユナ国としても安心して後押しができます」

 

 まだ幼さの残る笑顔を浮かべたまま――視線だけはそんなミアの内心を射抜くような鋭いものを煌めかせ、ウィリアムは告げた。

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