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31.ウィリアム王子の来訪

 王妃マリエッタが捕らえられ、王宮内の勢力図はまた大きく変わった。

 ヘンリックの暴挙まではそ知らぬ顔をしていられた公爵家も、母子そろって第二王子の命を狙ったとあっては誹りは免れない。

 マリエッタが禁制の黒魔術をあやつっていたことも公爵家には災いした。黒魔術の出所をさぐるためという名目で国王の名において祭司が派遣され、公爵邸の捜索が行われたのである。フェンリル祭を廃止に追いこんだ者が黒魔術に関わりがあるとなれば、国家に害をもたらすとみなされてもおかしくない。

 無実を証明するために公爵邸はこの不名誉な捜査を受けいれ、マリエッタを切り捨てなければならなかった。

 

 

 マリエッタ捕縛から半月ほどたった、とある昼下がり。

 嘆願していたシェリルの減刑が聞き入れられたことをアルフェルドから聞いたミアは、ほっと安堵の息をついた。

 事件の中核はマリエッタがアルフェルドを傷つけたこととして処理された。シェリルは脅されて従ったにすぎず、被害を受けた者はいない、というのが名目である。

 

「王宮からは追放となるがそれ以上のことはない。彼女を知る貴族たちは同情的なようだから、手をさしのべてやる者も現れるだろう」

「それならよいのですが……」

 

 自分に関わったせいだとしたら申し訳なくも思うものだ。

 シェリルの家は本来中立な立場で、だからこそ侍女に選ばれた。しかし時を同じくして彼女の家が経営する領地の状況が悪化、そこを公爵家につけこまれたのだという。

 自分がもっと目を配り、シェリルからの信頼を得ていたら――とミアはため息をつく。

 

「そう思うなら、王宮での立場を勝ちとるのだな」

「……はい」

「まずはユナ国の王子のお出迎えだ」

 

 差しだされた手をとる。

 アルフェルドはダークネイビーに刺繍の施された礼服、ミアはエメラルド色のドレス。国賓を迎える衣装である。

 王妃の起こした事件により延期されていたウィリアム王子の来訪がようやく叶うのだ。

 

 謁見の間にむかうクロエは自分が国を飛びだしてきたことなどすっかり忘れ、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねて尻尾をふっている。

 アルフェルドに手をとられ、ミアはしずしずと広間に進んだ。

 

 ウィリアム王子はアルフェルドの名で招かれた。ユナ国にもヘンリックの一件は届いているだろう。早ければマリエッタの狼藉についても伝わっているかもしれなかった。

 そんななか、アルフェルドに会うために来訪するのだ。

 誰もがユナ国はアルフェルドを認めたのだと受けとった。これはアルフェルドをヘンリックに代わる次期王太子と認める表敬訪問なのだと。

 

 もちろんそれも正しいが、その背後にクロエというフェンリルがいることは、当人たち以外は誰も知らなかった。

 ……このときまでは。

 

 すでに名ばかりとなった国王が、礼服に一応の威厳を添えられて玉座へついた。その隣にアルフェルドとミア、ミアの足下にはクロエ。

 クロエはそわそわとおちつかない様子でミアのスカートにまとわりついている。

 

 脇に控える大臣が重々しくウィリアムの名を呼ぶと、黒い尻尾がぴんと跳ねあがる。

 広間に進みでるウィリアム。

 アルフェルドよりもさらに年下だ。十二歳といったところだろうか。しかしまなざしは精悍で、堂々としたたたずまいはすでに王者の風格を感じさせた。

 ヘンリックとの違いを感じたのだろう、居並ぶ貴族たちのなかには感嘆の表情に目を細める者もいた。

 

 そのウィリアムが玉座へと礼をする。

 そして口をひらきかけた、そのとき――。

 

「ウィリアムうううう!!!」

 

 久々の姿に、結局こらえきれなくなったらしい。

 クロエが広間の中央へ踊りこんだ。と思えば、後足で床を蹴り、ウィリアムに飛びかかり。

 居並ぶ人々が、あっと声をあげる間もなく。

 

 その姿は、獣と人の両方の特徴をもつものになっていた――つまりは、獣の耳と尻尾をもつ、獣人型に。

 

 わざわざ犬を連れてきたのかと訝しんでいた人々が、唖然とした顔つきになる。

 

 人の姿となったクロエはウィリアムよりもさらに幼かった。まだ手足も短いし、当然背も小さい。しかし流れるような黒髪と、ぱっちりとして輝く目はたしかにフェンリルの神々しい美しさを予感させるものであった。

 

「こら、クロエ、はしたない」

「だって、さみしかったんだよ~~~」

 

 ぎゅうぎゅうとしがみつくクロエにウィリアムが苦笑いをこぼす。

 人の姿になったのを見たのははじめてだろうに、ウィリアムはまったく動じていなかった。それほどに絆が深い証でもあるのだろう。

 それよりもミアのほうが驚きに目を丸くしていた――別の意味で。

 

「クロエ……女の子?」

「気づいていなかったのか?」

 

 思わず声をあげるミアにアルフェルドが笑う。疑問の形にしてはいるが、アルフェルドはとっくに知っていたのだ。

 ミアは眉を寄せてアルフェルドをふりかえる。

 

「だったら、あんなに妬かなくても……」

「番の絆は契約だ。なにも男女でなければ番になれないわけではないからな」

 

 念には念を入れてだ、とすました顔で答えるアルフェルド。

 さすがにこの場でこれ以上の話はふさわしくないとミアは口をつぐむ。

 そしてそれは正しい選択といえた。

 

 なぜなら次の瞬間、クロエが広間じゅうに響きわたる目いっぱいの大声で叫んだからだ。

 

「あのね、あそこにいるのがアルフェルド! ボクとおなじフェンリルなの! それで、となりにいるのがミア! アルフェルドの番――に、なる人!」

 

 立ち会う貴族たちの大半にざわめきが走る。彼らはマリエッタの画策により、アルフェルドの血を知らぬままに暮らしてきた者たち。

 

「アルフェルド様が、フェンリルの……!?」

「まさか、マリエッタ様はそれを知って……!!」

 

 客人の前でありながら動揺の隠せない貴族たちを前に、

 

「こら、クロエ。人を指さすのは失礼だよ」

 

 やはり動じないウィリアムの声だけがのんびりとクロエをたしなめていた。

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