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30.真相

 煩悶の表情を浮かべていたマリエッタがやがて力なくくずれ落ちたのを見届け、アルフェルドはため息をついた。あえて助けることもせずに放置した。自らの放った黒魔術に汚染された身体は、二度と魔力をたくわえないだろう。あとの処罰は国王と家臣たちがどうとでもするに違いない。

 

(さて、人を呼ばねばならないが――)

 

 アルフェルドも無傷というわけではない。こんなときこそミアがそばにいてくれればよいのにと、ひどく億劫な気持ちで天井をながめる。

 その耳に、ばたばたと足音が聞こえた。

 複数人のものだ。それは近づいてきて、やがて扉が勢いよくひらかれる。

 

「アルフェルド様!」

「マリエッタ様!?」

「こ、これは……」

 

 最初に名を呼んだのは、思いえがいていたとおりの人物。

 ミアが心配そうな顔をしてアルフェルドのもとへと近づいてくる。

 その背後から室内をのぞき、驚きの表情を浮かべているのは衛兵たちだった。彼らはおどろおどろしい魔術の痕跡とその中心に倒れ伏す王妃を見て一つの推察にたどりついたらしい――しかしそれを口にしてよいものかどうか、判断がつかないのだ。

 彼らの困惑に答えるよう、アルフェルドは口をひらく。

 

「衛兵、王妃を捕らえろ。その者は黒魔術を用い、俺に刃をむけた。証拠はここにある」

 

 着こんだジャケットの襟をはだけて見せる。ミアも、衛兵たちも息をのんだ。

 アルフェルドの胸元にはナイフで刺し貫かれたような大きな傷があった。シャツには血がにじみ、いまもなおじりじりと染みを広げている。

 

「これ……!!」

 

 口元をおさえ、ミアは悲痛な叫びをあげた。アルフェルドの胸にある傷が、本来ならば己の胸にあるべきものだと気づいたのだろう。

 涙を浮かべるミアの髪を撫で、心配するなとアルフェルドは笑った。

 

「ミアの《治癒魔法ハイレン》を使えばすぐに治る」

 

 衛兵たちはあわてて王妃の身柄をかかえあげると立ち去った。通常ならば兵士が王妃の身体に触れるなどあってはならないが、この状況を見ればアルフェルドの言が真実であることは誰の目にも明らかだった。

 罪人となったマリエッタはもはや王妃ではない。

 

「国王陛下に報告を――」

「宮廷魔術師を呼び、分析をさせろ」

「呪いがかかるかもしれん、呪具に手は触れるなよ!」

 

 兵士たちはあわただしく部屋を出入りする。ときおりアルフェルドとミアに視線が投げかけられるが、ミアが治療をしているのだと知るとあえて割りこもうとする者はいなかった。

 両手を組み、ミアは祈りを捧げる。

 やがてアルフェルドの身体に、よく知るあたたかな魔力が流れこんできた。

 クロエがふんふんと匂いを嗅いでいるのを押しのける。

 

「よくここがわかったな」

「どこかから見張られているんだろうと見まわせば、一つだけ窓に蝋燭が灯っていましたから。……それに、なんとなく、ですが、アルフェルド様の魔力を感じました」

 

 それはミアに施した魔法のせいなのだろう。ミアを守る魔力がアルフェルドの本体へと導いたのだ。

 同じことを考えたらしいミアがアルフェルドを見上げる。

 

「これは……なんですか? クロエが言っていたのはこのことだったのですか」

「覚えがいいな。そうだ。それは番の契約ではない。ただのフェンリルの加護――ミアの受けた攻撃をすべて俺がひき受けるというものだ」

「……」

 

 ミアの眉が寄り、口がへの字に歪んだ。

 クロエは人がきたためにしゃべらずにいるが、きゅんきゅんと縋りつくような声をあげている。ミアが怒ったのか心配しているようだ。

 予想どおりの反応に笑ってしまいそうになる表情を、一応おさえこんでアルフェルドは沈黙を守った。命を差しだすやり方は承服できないが、それで助かったのも事実なのでなんとも言えないのだろう。

 

「王妃に悟られては囮にならぬから、言えなかった。それに俺が受ければ死ぬほどの傷ではない」

「それはわかっています! ……でもやっぱり、嫌なんです」

「しかしまた逆上して狼の姿で暴れるよりはいいだろう」

「そうですけど……」

 

 ヘンリックのときを思いださせればミアは反論できない。

 アルフェルドは目を閉じてあの夜の光景を思い起こした。狂ったように笑うヘンリックと、暴力の跡が残る血の気の失せたミア。二人を視界に入れた瞬間ぞわりと総毛だったという感覚だけで、あとの記憶はほとんどない。

 自分で自分をコントロールできないほどの激情は、あまり当てにしていいものではない。

 

 ならば、あらかじめミアに髪の毛一筋ほどの傷もつかぬよう手配しておけばいいだけの話だ。

 

 理解はしたが感情がついていかないという顔で、ミアはまだふくれっ面をさらしている。

 胸の傷は塞がりつつあった。

 けれども同時に、むずむずと魔力のうずきが生まれる。ミアの魔力で満たされていくにつれ、フェンリルの血が反応を起こすのだ。

 

「もういい」

「でも、まだ……」

「続きは俺の部屋でだ」

 

 もうすぐ耳が生えてくるだろう場所をちょんと指させば、ミアにはきちんと伝わった。なにを考えたのか赤い顔をしたり青い顔をしたりしながら「たしかにあの姿を皆さんに見せるわけには……」と呟いている。

 その身体をひきよせて抱きあげようとするアルフェルドに、ミアは驚きの声をあげた。

 

「ア、アルフェルド様!?」

「立てないだろう」

「え、いえ…………あれ?」

 

 アルフェルドの腕から抜けだして床へ降りようとするミア。しかしその足は力なく落ち、ミアの身体はアルフェルドの胸へとよりかかってしまう。

 目を瞬かせるミアに、子どもに言い聞かせるかのようにアルフェルドは告げた。

 

「意識をのっとられた女と対峙して、黒魔術の浄化、俺の回復までしたんだ。力を使い果たして当然だ。わかったらおとなしくしていろ」

「で、でも、アルフェルド様、傷が……!」

 

 じたばたとあがく無駄な抵抗をやんわり受け流し、アルフェルドはふたたびミアをかかえあげた。

 

「もう治った」

「でもさっき続きはって……」

「ミアが暴れれば傷がひらくかもしれないな」

 

 その途端にぴたりと動きをとめるミア。

 

「もしかして最初からこのつもりで……!」

 

 くすくすとアルフェルドの笑い声が部屋に落ちる。

 

 結局なにも言えないままさらわれていくミアとアルフェルドのあとを、クロエが楽しげに飛び跳ねながらつづいた。

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