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28.捕縛

「あああああああああ!!!」

 

 窓の外からかすかに聞こえるのと同じ悲鳴が、蝋燭の炎が揺れる部屋に響く。

 アルフェルドは眉をひそめて悲鳴がやむのを待った。甘ったるい香の鼻につく部屋の空気は澱み、中央に作られた祭壇には様々な呪物が並べられている。

 離れの部屋の一つ、いまはもう使われていなかったはずの客間。

 そこで王妃マリエッタは、黒魔術を行っていた。

 

 マリエッタの腕にはクロエが深々と牙を立てている。アルフェルドは胸を押さえながらその様子を見守っていた。

 黒魔術は、半端な状態で破られれば呪いが己の身に跳ねかえる。

 ふらつく足どりで窓へと近寄り庭を見下ろせば、ミアが侍女を介抱しているところだった。侍女の周囲にはマリエッタと同じ黒い靄が覆いかかっているが、それは徐々に薄まってゆく。

 ミアが聖魔法を使っているのだろう。

 

「クロエ、もう大丈夫だ」

 

 呼びかけに王子、クロエはマリエッタから距離をとった。波打つ金髪を振り乱し、王妃はまだもがき苦しんでいる。これ以上の行動はできまい。

 

「おのれ……おのれ……」

「俺のいないあいだにミアを殺せば終わりだと思ったのでしょう? それは正しい。俺はミアを奪われればフェンリルとしての力を発揮できなくなる」

 

 ただしそれは巫女を失ったからでも、番を失ったからでもない。

 愛する人を失えば、ふたたびアルフェルドにとって世界はどうでもいいものに成り果てるからだ。その違いをわざわざマリエッタに説いてやる義理はない。

 どちらにせよ、己の命よりミアの命のほうが重いとアルフェルドが考えていることに変わりはなかった。

 

「ミア、元気?」

「あぁミアは元気だ」

 

 場に似合わぬのんびりとした声で尻尾をふっているクロエの頭を撫で、身体をもちあげてやった。クロエは窓枠に足をかけて庭をのぞきこむと、「ほんとだー」と陽気な歓声をあげた。

 神獣であるフェンリルの感覚と人間の常識は大きくずれている。アルフェルドなどはかなり常識的なほうなのにミアはそれに気づいていない。

 

「まぁ、貴女にすらわからないのだから当然か」

 

 どうやら階下の騒動は収まったらしい。意識をとり戻したシェリルを抱きしめ笑うミアを見て、アルフェルドもまた笑った。

 その笑顔のまま、アルフェルドはマリエッタに視線を移す。

 

「シェリルが王妃あなたとつながっていることはわかっていました。貴女がシェリルを身代わりにしようとしていることも」

 

 はじめて報告を聞いた日、ブリーナはミアを王太子妃失格だと言ったが、シェリルはこういったのだ。

 

『ブリーナ嬢はミア様に対して敵意をいだいている』

 

 と。

 一見従順なシェリルの態度とあわせて考えれば、それはブリーナに罪をなすりつけるための方便にすぎない。そうアルフェルドは判断した――そこまでが王妃の想定どおり。

 

 ミアのベッドに魔法陣を仕掛けたのはシェリルだ。ただしそれはミアを害するためではなかった。

 シェリルの心に、自分がミアを害しているという恐怖を植えつけるため。

 アルフェルドという鼻の利く存在が常につき従っていたせいで使われることはなかったけれども、シェリルはアルフェルドを射た矢に塗られていたのと同じ毒薬も持っていた。隙があれば盛れと命じられていたい違いない。

 そうやって、主人を裏切る罪悪感をシェリルの心に育て、黒魔術の餌にした。

 

 それがわかっていたからこそあえて、アルフェルドはクロエを連れてミアを囮にした。

 クロエの鼻ならばシェリルからマリエッタへと黒魔術の痕跡を追える。

 

「ミアを守ることと王妃の暴挙を暴くこと、同時にこなすのは難しくてな……クロエは本当にいいところにきてくれた」

「ふふっ、そうでしょー、ミアの魔力はフェンリルを惹きつけるからねぇ」

 

 ぴょこぴょこと尻尾を揺らしながら、クロエは黒い目をにーっとたわめた。

 

「アルフェルドとミア、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 番の儀式をすませていれば、ミアはアルフェルドの専属の巫女という位置づけになる。クロエがミアの存在を感知することは難しかった。

 その意味ではよかったと言えるだろう。

 

 アルフェルドの表情に浮かぶのは苦笑いではあったが。

 クロエにむかって、銀髪の王子はうなずいてみせた。

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