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24.デートのお誘い(お誘いと書いて命令と読む)

 一日のスケジュールを終えベッドに入ろうとしたミアに、ブリーナがはたと声をあげた。

 

「あら? ミア様、アルフ様は……」

 

 ブリーナはきょろきょろとあたりを見まわすがそれなりに身体の大きなアルフがどこかに隠れられるわけもなく、部屋にいないのはあきらかだった。

 今朝、アルフェルドの姿に戻っていたアルフに驚かされて、出入り禁止を言い渡した。へそをまげたらしい()()()は朝食前の着替えで出ていって、昼食のときの()()()()()()もむっつりと押し黙っていた。

 しかしミアも折れるわけにはいかない。

 

「アルフェルド様と話しあって、実家に帰すことにしたの」

 

 そう言えば、ブリーナは特に疑問ももたなかった。

 

「それはようございました」

 

 つづいてちらりと投げかけられる視線に、クロエが「キャンッ」と声をあげる。視線の意味がわかってしまってミアは悩んだ。

 クロエの帰る先はユナ国だ。ただしクロエにその意志はなく、いまはアルフェルドがユナ国へ使者をだして報せてくれることになっている。迎えがくればクロエも帰る気になるだろうというのが目下の期待で……。

 

「クロエの飼い主はアルフェルド様がさがしてくださるわ」

「それはようございますね」

 

 そう言い添えれば、ブリーナは一つにまとめた髪を大きく揺らしてうなずいた。

 

 

***

 

 

 翌朝、アルフェルドはまだ笑顔を見せなかった。

 ミアと視線を合わせようともせず、テーブルに並べられた料理を味わうようなふりをして黙って口を動かしている。

 

 ミアもまた、気にしていない表情をとりつくろって朝食を味わった。

 本心をいえば少しだけ……かわいいな、と思ってしまう。

 

 ミアには三人の弟がいる。

 真ん中の弟はアルフェルドと同じ十六歳で、一番下のヨハンは十三歳。

 そしてこのヨハンがときどき、こういう態度をとるのである。

 怒っているぞと示して自分の要求を通そうとする。笑わないとか、返事をしないとか。それで相手から話しかけてくれるのを待っているのだ。

 

(意外に子どもっぽいところがあるんだわ)

 

 許してもらえる、少なくとも嫌われることはないと確信していなければこんな態度はとれない。

 アルフェルドがそう考えているということが嬉しかった。ミアに対して甘えている。それは狼の姿しか知らなかったころ、二人でゆっくりと重ねた時の成果だと思われた。

 アルフェルドの望みがベッドにもぐりこんでくることでなければ、ミアは許してしまっていただろう。

 

 そう――自分は嬉しいのだ。

 王子然としたアルフェルド、フェンリルの峻烈さをもつアルフェルドが、幼い男子の表情を見せるのが。

 きっといままで人に甘えることをしてこなかったであろう少年が、自分に心を許してくれるのが。

 

 そんなことを考えていたら、顔に出てしまっていたらしい。

 

「……なにを笑っている」

 

 低い声で咎められる。

 おまけに、「なにを」と問うたにも関わらず、ミアの内心はアルフェルドにつつぬけのようだ。

 

「ミアは俺のことを男として見ていないだろ、そのくせベッドに入るなとはずいぶんと都合がいい」

「も、申し訳ありません」

 

 弟と比べていたことを指摘されて身を小さくすると、アルフェルドもまた大きなため息をついた。

 

「謝られるとますます我が身が情けないな」

「……」

 

 しまった、と口をつぐむ。先ほどの返事は、遠まわしに肯定してしまったことになる。

 どうしたものかと頭を悩ませるミアの前でアルフェルドはしばらく顎に手をあてて考えていたが、

 

「これではだめか……」

 

 とぼそりと呟いた。

 顔をあげれば、アルフェルドは椅子の背にもたれかかり、唇をとがらせてミアを見ている。拗ねた表情は、先ほどまでとはどこか違って、すっぱりと諦めのついた顔――。

 

「え?」

「押して駄目なら引いてみろ、というだろう」

「……もしかして、怒っていたのはわざとですか?」

「もちろんだ。ミアとの年齢差を逆手にとって、甘えてみればどうかと言われてな」

「だ、誰に!」

「マイケン女史だ」

「レズリー先生……」

 

 穏やかな婦人のやさしい笑みが脳裏をよぎっていってミアは脱力した。

 レズリーはミアの妃教育全般を監督しているため、アルフェルドと話をすることもあろう。様子を伝えるのは当然だ。しかしなんの話をしているのか。

 異議を唱えたい箇所はもう一つあって、アルフの態度は「引く」とはいわないと思う。どちらかといえば「す」だ。

 甘える、という部分ではたしかにきゅんとしてしまったが……。

 

「クロエほどではないが、俺も人間の感覚はよくわからん。いろいろ試してみることにした」

 

 アルフェルドは、それこそ少年のものとは思えぬ含みのある表情を浮かべ、あっけらかんと言い放つ。

 

(……そうだ、こういう性格だった)

 

 目的のためなら手段を選ばない。狼の名を冠する王子はそういう人物だった。

 思いだして遠い目になるミアにアルフェルドは笑った。

 

「ミアはそのままでいい」

「はぁ……」

「こういうこともなかなか楽しい」

「それはようございました」

 

 昨夜ブリーナに言われた台詞がそのまま出てきてしまう。自分はアルフェルドほどブリーナの手を焼かせていないのでは、とミアは思った。

 アルフェルドは小首をかしげ、今度は無邪気そうな顔でにこりと笑った。細められた瞼の奥で紫の瞳が瞬き、銀の髪がさらりと揺れる。

 

「今日の昼食は同席できぬ。別の会食があるのでな。そのかわり昼食後に時間をとらせた。二人きりで庭へ出よう」

 

 立ちあがり、ミアの席までやってきて手をさしのべる仕草は優雅だ。

 けれどもその裏で、アルフェルドはこうと決めたら必ずやってのける。幼いころから王宮のしがらみにさらされ、年齢に不相応な老獪さを身につけた王子。

 ミアに否やはない。

 

 手をとれば、アルフェルドは手の甲にキスを落とした。

 

「誰かさんに二人の時間を減らされたからな」

 

 

 およそそうとは思えない台詞がデートのお誘いだったと気づいたのは、顔をあわせたレズリーが

 

「本日の午後はデートをなさるとか。それもまた必要なことでございますわ、お時間はお気になさらず」

 

 と嬉しそうに言ったときだった。

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