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22.魔法陣

 クロエの処遇を聞いたブリーナはまなじりをつりあげた。

 クロエをただの黒い仔犬と思い、フェンリルだとは知らないのだから当然である。

 

「また犬ですか! しかも今度はどこからきたかもわからない犬……躾はされているのですか? 妙な病をもつ場合もあります、ペットにしても不用心がすぎると存じます」

「大丈夫よ。んだりしないわ。体調についても王宮付きの獣師に見ていただいたし……」

 

 ブリーナの反応は予想していたため、ミアはあらかじめ対策をうっていた。

 アルフェルドとミアの願い、加えて獣師による確認済みと言えば、きっと折れてくれるだろう。

 

「はぁ……ミア様がそうおっしゃるなら、逆らうことはできませんが。家と同じように動物を拾ってこられても困ります」

「ブリーナ。あなたもいい加減になさい」

 

 シェリルの一言にブリーナは口をつぐむ。

 まだ納得のいかなそうなブリーナの表情を見ながら、ミアは内心ほっと息をついた。

 この場にアルフはいないが、今度はクロエがいる。

 そのクロエはといえば、ミアが抱きあげてやさしく口元をおさえていた。じたばたと手足をあがかせているクロエはブリーナの言葉に怒り心頭のようだ。

 

「ブリーナ、あなたが私のことを心配してくれているのはわかるのだけれど。もう少し伝わるように言わなければ……損をするのはあなたよ」

 

 このくらいなら言ってもよいだろうかと考えながら注意する。いくら言っていることが正しいにしても、言い方というものがある。

 おかげでさっそくクロエを膝の上にのせないというアルフとの約束を破ってしまった。

 めずらしく言葉を返したミアに、ブリーナは眉を寄せたが、すぐに頭をさげた。

 

「申し訳ありませんでした。でも、くれぐれもお気をつけください」

「えぇ、ありがとう」

「ではわたくしはお先に失礼いたします。おやすみなさいませ」

 

 ベッドの確認を終えたシェリルが先に出ていく。

 やっと動きのおちついたクロエを床におろしてやると、それでもまだ興奮しているのか黒狼はそこらじゅうをぱたぱたと走りまわった。寝間着をたずさえたブリーナが鋭い視線をむける。

 

 着替えが終わって就寝の準備ができたところへ、アルフが狼の姿でやってきた。

 こちらもまた我が物顔で部屋の中をぐるりと歩くと整えられたベッドへのぼる。ブリーナはアルフに視線を投げたが無言のままだった。

 

「お夜食はいかがなさいますか」

「いえ、いいわ」

「ではわたくしもこれで。おやすみなさいませ」

 

 先に着ていたドレスを腕に、ブリーナが頭をさげる。

 

 ぱたん、と扉が閉まるなり「ううーっ」とクロエがのびをした。くはっとあくびともため息ともつかない声もこぼれる。

 ミアを見つめる黒い瞳がなにを言いたいのかわかって、うなずきを返す。

 

「もう話しても大丈夫よ」

 

 途端、クロエは「あ~~~~~っ!!」と声をあげながらごろんごろんと床を転がった。

 

「黙ってるっていうのも大変だねぇ」

「ごめんなさいね、クロエ。ブリーナが失礼なことを言って……」

「ん? いいよ」

 

 先ほどのことを気にしているのだろうと思ったのだが、意外にもクロエはあっさりとうなずき、「それより」ときょろきょろあたりを見まわした。

 

「この部屋、変な匂いがまざってる」

「変な匂い?」

「うん。……一番はミアかな?」

 

 ベッドに飛びのったクロエが鼻先を寄せてくる。クンクンと匂いを嗅がれてミアは頬を赤らめた。王宮では毎日の湯あみが許されている。おかしな匂いはないはずだと思っても、フェンリルは鼻がいいのだ。

 クロエのほうが魔力が強いとアルフェルドがいうのだから、きっと鼻もさらにいい。

 

「さっき抱っこされて思ったんだけど、ミアについてるアルフの匂いがなんていうか……」

 

 抱っこ、という単語にミアはぎくりとアルフを見た。

 案の定アルフは眉をひそめている。けれども、反応したのはそこではなかった。

 

「ねぇ、アルフとミアの番の契約って――」

「余計なことは言わなくていい。それよりもそのほかに妙な匂いとはなんだ?」

 

 ミアの視線から逃げるようにアルフはベッドのむこう側へと寝転がった。もともとわかりにくい狼の表情がまったく見えなくなる。

 なぜか、話題を逸らそうとしている。

 そう言われればクロエは深く尋ねる気はないようで、今度は鼻先を天井にむけた。

 

「うーんとね、魔術、かな……」

「魔術?」

「うん、弱いけど、ちょっと悪い感じがする」

 

 クロエの目が集中するように閉じられる。ぴんと背筋をのばして耳を立てる。ぱたぱたと機嫌よく揺れていた尻尾もとまった。

 やがて、うっすらと目がひらく。

 その目は紅く燃えていた。

 

「……ここだ」

 

 クロエの前足がベッドをたしたしと叩いた。

 うながされるままにシーツをはがし、のぞきこむ。

 

「これは……」

 

 二重になったシーツのあいだには、魔法陣のえがかれた一枚の布が挟みこまれていた。

 

 覆うもののなくなった魔法陣は、わずかながらアルフやミアにもわかる魔力を放っている。

 空気が重たくなったようで胸がざわつく――闇魔法だ。

 

「クロエの言うとおり、効果は弱いな。普通の人間相手ならば寝込むくらいの嫌がらせにはなるが……俺の存在で無効化され、ミアには届いていない」

「たしかに……」

 

 魔法陣のあった場所には、いつもアルフが、しかも狼の姿で寝ている。魔力への耐性は人間よりもずっと高い。

 ミアの体調に変化が起きていないのもそのためだろう。

 

「けれど、いったい誰が――」

 

 そこまで口にしてハッと気づく。

 ミアの自室の清掃やベッドを整えるのはメイドたちの仕事だ。しかし彼女たちを監督し、仕事ぶりを確認するのは侍女であるブリーナとシェリルの役割。

 クロエが先ほど暴れていたのを、ミアは失礼な言葉を投げかけられた怒りのためだと考えたのだが……。

 

 魔法陣の匂いを嗅いだクロエが「キュンッ」と鼻を鳴らす。

 

「ひゃ~、やっぱりこの匂いだね。あのおねーさんについてた匂い……今日ここで寝るの? 本当に?」

「シーツをかければ気にならん。俺が寝る」

「じゃあボクは反対側で寝るよ」

 

 フェンリルたちはさっさと決めるところんとベッドに横になった。真ん中に空間があるのはミアの場所ということだろう。

 クロエは長い一日に疲れたのかすぴすぴと鼻息を立ててもう寝入ってしまった。しかしミアは、戸惑いを浮かべた表情でベッドに座りこんだ。

 侍女が自分に敵意をもっていると知りながら、魔法陣の仕掛けられたベッドで眠れるわけがない。

 

 アルフが身を起こしてミアをふりむく。

 

「ミア」

 

 就寝用ガウンの裾をくわえ、そっと引かれて、しいて抗うわけにもいかずベッドに身を横たえる。ミアの額を弾力のある肉球が撫でた。

 気をつかっているのだ。

 

「今日はもう寝ろ。俺に任せておけ。番を傷つけさせるようなヘマはせぬ」

 

 うながされて目を閉じる。

 ミアの頭の中に、ふわふわとあたたかな魔力が流れこんできた。

 アルフのものだ。途端に眠気が襲いかかる。

 

「おやすみ」

 

 いつもよりはっきりとした声が聞こえた気がした。

 けれど、目をあけてそれを確認するだけの元気は、ミアには残されていなかった。

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