21.ユナ国への使者
人の姿に戻ったアルフェルドは国王の居室へむかった。
いまのアルフェルドは正式な立太子もしていなければ強力な後ろ盾もない。フェンリルとしての魔力で実質的な権力を奪いとったまでである。少しでも気を抜けば王妃派の連中につけこまれる。
隣国へ使者を送るなら国王の許可をとる必要があった。さもなくば王妃派はアルフェルドの勝手な行動を責めたてるだろう。
「アルフェルドです。失礼いたします」
来訪を告げれば消えいるような声で「はいれ」と返答がある。
執務用のテーブルに座した国王は相かわらずやつれて青ざめた顔色で、なにやら書類をながめていた。
まだ王妃派からの接触があるのだろうと心の中で思う。
この城の中でもっともどっちつかずな立場にあるのがこの男だ。
アルフェルドに逆らえば殺される。かといって王妃派を完全に排除するだけの権力はない。婚姻を結んでから二十年近く、王妃の実家である公爵家は大きな力をつけた。守護獣の祭りを廃し、あまつさえ守護獣そのものを殺そうとしても咎められぬほどに。
ふと脳裏にヘンリックの恐怖にひきつった顔がよぎった。
あの男はあやつられていただけだ。わざわざ吐かせるほどの情報ももっていなかった。アルフェルドを迫害していた昔から、ヘンリックはただ母親に言われたとおりにふるまっていたにすぎない。
側妃の子になど負けるな、強くあれ、と……それだけならばいきすぎというほどではない励ましで、ヘンリックの心を縛った。
自分にむけられる憎しみの度合いで考えるならば、王妃であるマリエッタのほうがはるかに強かった。
守護獣アルフェルドか、王妃マリエッタか。
己が命の一番かわいい国王は、矛先をむける相手を決められない。アルフェルドかマリエッタ王妃が争いに負けるまで国王の座にすがりつき、こうして表面上は敬ってもらうことだけが生きる道なのだ。
だからこそ国王を通じて王妃側にゆさぶりをかけることもできる。
「ユナ国に使者をだします」
「ユナ国に……?」
めっきり老けこんでたれさがってきた瞼のむこうで国王の目におびえが走る。
その視線を受けとめて薄い笑みを浮かべながら、アルフェルドは答えた。
「ウィリアム王子に我が国にお越しいただこうと思いまして。ヘンリックの一件もそろそろ周辺国へと伝わっているでしょう。内部は混乱していないことを見せねばなりません。よろしいでしょうか?」
じっと見つめれば国王は居心地悪そうに視線を泳がせる。
頭の中では様々な打算が駆けめぐっているに違いないが、ついぞそれが言葉になることはなく。
「わ、わかった。許可する」
「ありがとうございます。手配はこちらで進めますゆえ」
テーブルにおいた手は指先がかすかにふるえていた。自分がなにを言われ、なんの許可をだしたかなどまともに考えられていないに違いない。
アルフェルドがウィリアムを招くということは、ヘンリックの代わりがアルフェルドであることを周辺国に示すことにほかならない。国交の場にアルフェルドを関わらせるとなれば王妃派はさぞや焦るだろが、そのことに思い至らないのか、思い至っても抵抗する気力などないのか。
(それほどに俺の牙が怖いのか)
ミアは畏れることもなく、ヘンリックの命を救うために腕をさしだしてきたというのに。
ヘンリックよりもよほど大事な『国』のためでも、なにかをさしだそうという気にもならないらしい。
でそうになるため息を飲みこんで敬礼の姿勢をとると、アルフェルドは居室をあとにした。