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19/40

19.銀VS黒

 ミアの自室は、部屋の主人を置き去りにして緊迫した空気につつまれていた。

 

 ソファに『お座り』をしているのは、食事を与えられ、身体をぬぐわれてすっかり元気になった黒フェンリル。小さな尻尾がぱたぱたと機嫌よさそうに揺れている。

 そこに向き合うのは、おなじソファに身を伏せたアルフだ。なぜか、わざわざフェンリルの姿で。こちらはいまにも唸り声をあげそうなほど顔をしかめている。

 しかし黒狼がおびえる気配はなかった。

  

「ボクはクロエだよー」

 

 ピンと立った耳がミアをむき、子どもらしい明るい声が飛びだす。

 

「やっぱり、フェンリルなのね」

「んー、人間にはそう呼ばれるね!」

 

 クロエはソファの上でくるりと回転した。アルフと違って手足も短く、ほとんど毛に覆われている。まるで毛糸玉が弾んでいるようだった。

 失礼ながら、その姿はほぼ犬である。

 

(とってもかわいい……)

 

 思わず笑顔になりかけてハッと視線をやれば、アルフは牙を見せつけるように口をひらき、低い声で言った。

 

「お前は、純血種のフェンリルだな?」

「純血種?」

「俺のように人間と番ったフェンリルの子孫ではない、原始のフェンリルだ」

 

 ミアの疑問にアルフは答える。

 クロエは理解できていないのか、ミアといっしょに首をかしげている。

 

「なぜこんなところにいる? フェンリルは国につくものだ。この国は俺の祖先が建て、俺がいる。お前の縄張りはどこだ」

 

 アルフの言葉にようやく合点がいったというようにクロエは顔を輝かせた。

 

「あぁ、なわばりかぁ! ユナだよ!」

 

 小さな口から飛びだしてきたのは隣国の名だ。

 大陸の北方に位置し、一年のうち半分近い期間を寒気と風雪に耐えながら暮らさねばならない土地である。そのためか人々は信仰に篤いと聞くが、そのフェンリルが国を抜けだしているというのは問題があるのではないだろうか。

 

「ユナ国か……王はサイラス・ゴドウィン殿、息子がいたはずだ。たしか名は――」

「でも、ウィリアムのところへはもう戻らない!」

 

 アルフの言葉をさえぎり、クロエが叫ぶ。

 ウィリアム、といえば、サイラス王の息子であり、ユナ国の第一王子だ。ミアにとっては名前しか知らない存在だがアルフは知っているのだろう。

 しかし、もう戻らない、とは?

 

 クロエは勢いをつけるとソファからミアの膝へと跳躍した。アルフより小さい子どもといっても狼だけあって手足は太い。

 それなりの衝撃を受けつつあわてて受けとめたミアにぐりぐりと額をこすりつけ、クロエはきゅうと鼻声をあげる。

 

「このおねーさん、すっごくいい魔力の匂いがするんだもん! ボクはこの国で暮らす!」

「えぇっ!? そ、それは……」

 

 クロエの爆弾発言に思わず声をあげてしまう。

 守護獣が隣国に移り住むなど、ユナ国が知ればなんと言うか。

 それに、アルフがなんと言うか……。

 

 ソファに伏せているはずのアルフをうかがう。

 しかしそこには誰もおらず。

 

(え?)

 

 ふっと膝にのっていた重みがなくなる。

 見れば、アルフに首元をくわえられてクロエが手足をぶらぶらとさせていた。

 一応はやさしく床におろしてやりつつも、アルフは大きく口をひらいた。明らかに威嚇だ。クロエの大きさはアルフの半分もない。すぐにでも食われてしまいそうな差がある。

 

「ミアは俺の番だ。お前にはやれん」

「アルフ! ――じゃない、アルフェルド様!」

 

 子ども相手になんて脅しを。

 クロエのほうを抱きあげてはまたアルフの機嫌が悪くなるだろうから、かがみこんでアルフの首を抱きよせる。

 アルフはミアの腕の中でふんと鼻を鳴らしてクロエを見た。クロエはなぜそんな態度をとられるのかわからないようで首をかしげている。

 

 でもたしかにこれは未曽有の事態だ。

 一つの国に、フェンリルが二頭。

 おまけに、一人の人間をとりあうなどと。

 

 そんなことはミアの読んだ研究書にも例がない。

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