13.侍女の宣戦布告
朝食をすませて部屋に戻ると、ブリーナが腰に手をあてて立っていた。
「先ほどのご対応はいかがなものかと存じます」
とても丁寧だがとても棘のある言い方。ブリーナもシェリルもミア専属の侍女であるため、朝食のあいだもそばに控えていた。それもあって迂闊なことは言えないと考えているうちにああなってしまったのだ。
ミアのほうもアルフェルドとうまく会話ができなかったという自覚がある。ブリーナの怒りはもっともだと思う。
ブリーナもシェリルもきっとまだ十代のはずだけれど、郊外の屋敷でのんびり暮らしてきたミアよりもよほど教養がある。
「主人を楽しませるのが食卓での妃の役割です。ゆくゆくは晩餐会を取り仕切り、客をもてなさねばならないのですよ! それがなんですか、ろくに会話もできず、話しかけられても上の空、質問に返事もしない」
「私もそう思うわ」
「そんなのんきな!」
シェリルはまだ戻ってきていないようだった。アルフもいない。ならばいいか、とミアは少し安堵する気持ちだった。
アルフがいては、叱られるにしても気が散ってしまう。
「このままでは、ミア様を妃と認めるわけにはいきません。ただでさえミア様はアルフェルド殿下とお歳が離れているのです。そのうえ教養もないマナーもないでは、非難してくれと言っているようなもの」
ミアはきょとんとブリーナを見つめた。
その反応にブリーナはまた眉を寄せた。
「真剣に聞いておられるのですか!? いいですか、本日から妃教育が始まります。机にかじりついてでもなさいませ、さもなくば私はアルフェルド殿下に直談判させていただきます。ミア様は妃にふさわしくないと! 正式な婚姻を結ばれていないいまなら、まだ間に合いますからね」
「……」
やはりミアは言葉を返せない。
まくしたてるブリーナはものすごい剣幕なのだが、よくよく内容を反芻してみればブリーナは間違ったことは言っていない。
むしろ、このままでは妃と認めるわけにはいきません、という言葉からは、ミアが成長しさえすれば妃と認めてくれるのだという意図が読みとれる。
出自でも離れすぎた歳でもなく、ただ妃にふさわしいふるまいができていないという点だけを責められているのだ。
唯一のブリーナの間違いといえば、婚姻自体は結んでいないけれども、アルフいわく番の契約は結んでしまったらしいので、自分たちは離れられないのだが。
(ブリーナは、悪い人ではないんだわ)
この場で非があるとすればやはり自分のほうなのだろう。
そう考えかけたミアの耳に、ノックの音が届く。
どうぞ、とうながせばシェリルとアルフが入ってきた。シェリルはミアとブリーナの様子を見てなにがあったかを察したらしい、眉をひそめてブリーナにむきなおった。
「ブリーナ、あなたまたミア様にご無礼をしたのね」
「いいのよ、シェリル。ブリーナは私のためを思って言ってくれているのだもの」
「なんでもミア様のお好きなように計らえ、と、それがアルフェルド殿下のご命令でございます」
シェリルはシェリルで、とにかくミアを優先すべきだという考えを固めているようだった。
ミアは眉を下げた。アルフェルドはなにを考えてそんなことを言ったのだろう。ミアが番だからだろうか。けれど狼のときでも彼は十分に理性をたもっていた、と思う。
ミアはアルフを見た。アルフはシェリルを見上げていて、ミアとは視線を合わせなかった。
(……わからない)
なにを言うべきか悩んでいるうちに、話はまとまったことにされたようだった。
ブリーナは首をふりながらも着替えを持ってくる。シェリルが櫛や、化粧道具を。アルフはするりと部屋の外へ抜けだした。
「まず本日の午前中は、学問。歴史と言語を学んでいただきます。午後はマナーと舞踏を。しばらくは毎日このスケジュールでございますので」
ブリーナは言葉を切った。
釘を刺したいのは、机にかじりついてでもやれ、という先ほどの言葉だろう。シェリルがいるので口には出さず、視線で訴えてくる。
一応、エルメール家でも家庭教師はつけていたし、ひととおりの学問は修めた。しかしそれが王宮での妃教育に及ぶべくもないことは簡単に想像がつく。
ついていけるだろうか、と不安を覚えることすら許されない。ついていけなければ、ミアは妃と認められない。
侍女たちの手際は完璧だった。
あれよあれよと三度目の着替えをすませ、ミアは王宮の一室へと送り出された。