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11.アルフェルドの過去(中編)

 討伐という建前の暗殺は、秋の終わりの、寒い朝の日に実行された。以前であれば人々がフェンリル祭の準備を始めるような時期だった。

 差しむけられた兵から傷を負わされ、アルフェルドは狼になって森を駆けた。

 

 人の身で負った傷は狼の姿になったとしても治るわけではない。銀の毛皮に徐々に染みだす血は体力を奪い、足並みは乱れる。

 ふらついたところへ矢を射こまれた。

 それでもなんとか追手から姿を隠したが、矢には毒が塗られていた。視界は霞み、周囲の気配もわからない。鼻もうまく利かなくなってきたようだと他人事のように思う。

 

(――もう、終わりにするか……)

 

 そもそも自分はなんのために生きているのだろうか、と弱気な考えが頭をかすめる。

 

 母を喪い、父からは目を逸らされ、自分を守ろうとしてくれた者たちには迷惑をかけてしまった。

 守護獣の血をひく以上は、できうるかぎり国を守ろうと務めていた。余計な混乱は起こさず、苦痛にも耐え、父王の改心を願ってみたりもしたが――すべては無駄だった。

 

 中途半端な自分はただの狼だ。獣の姿になれることを誇る意味がどこにある。

 

 けれども、泥の中を歩くようにおぼつかない足どりでさまよったアルフェルドは、やわらかな陽光の気配にふと顔をあげた。

 突如、鬱蒼とした森は消え、目の前にのどかな郊外の風景がひらけていた。

 鳴き叫ぶ鳥たちの声が追手はまだ森を駆けめぐっていると知らせるが、アルフェルドの思考からは命の危険は消えていた。

 

 彼を捕らえたのは、エメラルドの視線。

 透きとおるような、それでいてふかいみどりの眸が、銀の狼をじっと見つめていた。

 

 ――逃げなければ。

 咄嗟にそう思った。見知らぬ人間をまきこむわけにはいかない。けれどもいくらそう念じても、手足は地面にはりついたように動かない。

 

 重厚だが、豪邸といえるほどではない屋敷。そのレンガ造りの壁の途切れたところに、一人の女が立っていた。狼を見て驚いた顔をしている。

 

 アルフェルドは心の中で舌打ちした。

 なぜか、見惚れてしまったのだ。死を覚悟した己の前に現れたのどかな光景に。相対する翠玉の瞳に。

 大声を出して、悲鳴をあげてくれればいいと思った。そうすれば獣の本能がよみがえり、自分は森へと逃げ帰ることができる。

 

 しかしそんな内心に反して、女は小さく深呼吸をすると――にこりと笑った。

 

「……」

 

 ぎゅうっと、獣の姿のまま、心の臓が締めつけられた。

 止まりかけていた鼓動がとくりとくりと息をふきかえす。

 

 女の呼びかけに、抗えたのは一度だけだった。

 敵意のないやさしい声に惹きよせられ、アルフェルドは森を出た。

 

 

 女が「《治癒魔法ハイレン》」と呼んだ魔法は、厳密には違った。

 傷を癒すばかりでなく、アルフェルドの身体に魔力をたくわえさせたのだ。

 あたたかな生命力が女の手からアルフェルドの身の内へと送りこまれる。まだそれほど魔力の流れに敏感でない相手は気づいていないようだけれども、それはフェンリルとの絆を結ぶための魔法であった。

 

 己とフェンリルとをつなぎ、互いの魔力を増幅させあうための秘法。

 

 ほうっておけばいずれ魂同士も癒着し、離れられなくなる。

 本来ならばフェンリルを服従させ、使役するための魔法であるが――。

 

(それもよかろう)

 

 なに食わぬ顔でながいため息を漏らし、アルフェルドはされるがままに魔力を受けいれた。

 毛のひとすじひとすじ、尾の先まで魔力の満ちあふれていくのを感じる。おまけにそれは、この寒空にあってあたたかさを感じるやさしい魔力だった。

 

 これだけの手当てを受けて、誰が彼女の心根を疑うというのだろう。

 死の誘惑はもはやなかった。みなぎるのは番との生を願う心。

 

「お前がこの国を愛するなら、俺もこの国を愛そう。またくる、未来のツガイよ」

 

 それだけを告げて、アルフェルドはその場を去った。

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