第8話 再会
第8話
再会
8月10日。
カイ市に入ったシュウジらが駅のホームを降りると、そこはユジノハラよりも大きく、清潔感に溢れていた。
肌で大都会を感じたまま早速駅を出ると、そこには想像を遥かに越える人々の群れとズヴェーリ達が居た。
人に飼われるズヴェーリは信号を守り、シートベルトをしていてとても社会に馴染んでいた。
その姿に慣れていない者達からすれば、とても難解ですぐに受け入れられる光景ではなかった。
電車でこの街に入る前、外には数多のズヴェーリが犇めくツンドラ地帯があった。
だがそんな自然を感じさせない程の人間の技術と叡知の塊である文明の姿が、そこにあった。
ここは、かつては敷香と呼ばれていた場所であるらしい。
現在はカイ市南区という行政区間に組み込まれており、世界有数の繁華街となっている。
カイ市は、東区 南区 西区 北区 中央区 アンドレエフグラード区 チェレミソフグラード区 ポロナイスク区 以上全8つ特別行政区からなる市であり、世界有数の経済都市である。
その大きさは全長810kmにも及ぶ巨大都市でもある。
ここで3人の電話が鳴った。
3人はおもむろに電話に出ると、それはそれぞれの両親からであった。
シュウジ「お父さん、どうした?。」
ヤスノスケ「元気にしてるかシュウジ。
どこまで行ったのか気になってな。」
シュウジ「元気にしてるぜ。
たった今、カイに来たよ。」
ヤスノスケ「もう…カイに居るのか…まぁ決勝戦も近いしな…。
だが、シュシュ湖の方も忘れないでくれよ!。
決勝戦が終わったら、すぐにオキクルミの現状を報告してくれよ!。」
シュウジ「なぁお父さん。
どうしてそんなに、カイ市を避けるの?。
“旅立ちの日に”その名前が出た時も、急におどおどしてさ。」
ヤスノスケ「別におどおどなんか、してな…。」
その時だった。
突然の揺れが起きた。
シュウジは思い出した、カイ市は地震が多いのだという事を。
まさか自分達が訪れたその日にいきなり地震に合うとは、思いも寄らなかった。
人々は悲鳴をあげ、地面のアスファルトから水が勢い良く吹き出してきて、目の前は混乱の様相を呈していた。
しかし少し時間が経つと、人々は落ち着いた行動を取り出した。
近年頻発する地震に対して精神的な耐性が育まれていて、冷静さを取り戻すまでの時間が早かったのだ。
やがて地震も収まり、人々は地震で怪我をした人々を病院に連れて行く等していた。
その光景を目の当たりにしたシュウジは、人々は経験から何にでも対処できる位に成長をするのだと感じた。
しかし一部のズヴェーリが慌てふためき、大怪我を負う者も居た。
その中の一匹のズヴェーリ、鷲型のズヴェーリを見たユーリはそっと近づき、写真に収めた。
ユーリ「こんなに大混乱のカパチリカムイなんて、中々見られないですよ。
貴重な瞬間です。」
その姿を見たシュウジとアイナは、ユーリの一部のズヴェーリに対する執着心は異常であると感じた。
3時間も経てば、街は平然と機能し出した。
3人は繁華街を散策した。
無傷の街でウィンドウショッピングをしていると、ユーリが呟いた。
ユーリ「皆同じに見えますね。
化粧が似合ってない人も居ますし、気持ちが悪いです。」
アイナ「うるさいわねユーリ。
そういう事は言わないの!。
皆、憧れてる誰かの格好を真似して、お洒落を楽しんでるんだから。
それに…容姿なんて努力の及ばない生まれの運にアレコレ言っちゃいけないわ。
それを人に聞こえる様に言って露骨に行動に表す人は、幼稚だわ。」
シュウジは内心、そこまで言わなくてもと思った。
だが街を見渡してみると、殆ど同じ格好と化粧をした2人の女性がいた。
後ろを歩いていたより綺麗な方の女性が、2人組の背の高いイケメンの白人に声を掛けられている光景を目にして、確かにこの人達は露骨だなと思った。
しかし一方で、今まで自分が人に対してしてきた言動も、人の容姿について言った事も含めて露骨であると思った。
大都会の中で、己よりも悪いものを見て、思わぬ所で反省したシュウジ。
この恥ずかしさをどうすれば良いのだろうかと考えていると、イの言った言葉をうろ覚えながら思い出した。
年下は年上に敬語で話すのだと。
少しでも礼儀を弁えていこうと心に決め、それからシュウジは、年上には敬語で話そうと決めたのだった。
再びさっきの女性を見てみると、声を掛けた男を鼻で笑い軽くあしらっていた。
そして1人でスタスタと歩いていくと後ろを振り返り、誰かを探している素振りをしていた。
すると、その女性を追いかける少年がいた。
それは、アイノネであった。
約1ヶ月ぶりに見掛けたアイノネは、少し大きくなった様に見えた。
それは体格だけがその印象を与えた訳ではなかった。
アイノネが、その美女と二人きりでお洒落な喫茶店へ入って行ったからであった。
邪魔したい気持ちを心に秘めつつ、再会の喜びをユーリとアイナに話して、シュウジは2人を連れてアイノネの元へ駆け寄った。
アイノネに声を掛けると、アイノネとその女性と共に話す事になった。
アイノネ「紹介するねナターシャ。
シュウジお兄ちゃん、ユーリお兄ちゃん、アイナお姉ちゃんだよ!。
シュウジお兄ちゃんは、トゥリーニルなんだ!。」
ナターシャ「へぇ、トゥリーニルで今カイに居るって事は、決勝戦に出場するのね?。
幼いのに凄いじゃない。」
彼女はナターシャ。(Наташа)
ブロンド色の長髪をポニーテールの様に纏めていて、若干パーマの掛かった毛先の方は纏まっておらず、逆三角形になっていた。
20代前半で大人の色気と若さを両立させている魅惑的的な女性で、黒を基調とした露出の多い服を着用し、小麦色の健康的な肌を露にさせている
黒い大きめのサングラスが似合う。
身長167cm。
体重52kg。
そう言ってナターシャは、長く細い真っ白な腕を伸ばしてシュウジの頭を撫でた。
アイナは激しく憤って、ナターシャを睨んでいた。
シュウジとユーリはそれがどういう意味なのか分からなかったが、それが嫉妬だという事に気がついたアイノネは苦笑いをした。
話を聞けばアイノネとナターシャは友人らしく、今日はアイノネがショッピングの荷物持ちをさせられていたらしかった。
妙に安心感を覚えたシュウジは、5人でショッピングをした。
ふとした時にシュウジとナターシャが二人きりになる瞬間があつた。
ナターシャが贔屓にしている縫いぐるみのテナントに来店して、彼女は一匹の縫いぐるみを見詰めていた。
それはまん丸でつぶらな目に、太い眉毛、大きい真っ赤な唇という不細工な顔をした豚の縫いぐるであった。
それを見たシュウジはふと思った事を溢した。
シュウジ「変な顔…アイナにあげたら気に入りそう。」
そう言ってじっと縫いぐるみを見詰めるシュウジを見たナターシャは、その純真無垢な表情を可愛く思った。
ナターシャ「あの娘、こんなのが好きなの?。
…本当は私が欲しかったんだけど、今回はアイナちゃんに譲ってあげる。
330ルーブルだし、私が買ってあげる。
貴方のその可愛さに、これ位払わせて頂戴?。」
シュウジ「あ、あ、有難うございます!!。」
初めて意識して口から出した敬語は不自然で、それを聞いたナターシャは微笑んで、会計の後に一緒にテナントから出た。
アイナに縫いぐるみを渡すと、アイナはその不細工な縫いぐるみを見て顔を赤くして笑った。
シュウジは、自分が予想していたよりもとても喜ばしそうに笑うアイナを、不思議そうな目で凝視していた。
それは端から見ると、とても和やかな光景であった。
夕刻、アイノネの屋敷へお邪魔させて貰える事になった3人は、アイノネの迎えの車に同乗する事になった。
アイノネはお金持ちであるらしかった。
“闘獣”で決勝戦に勝利して王者決定戦に参加する8人に選出されると、巨額の賞金が出るらしかった。
3大トゥリーニルはその知名度からcm等にも起用される事もあり、そのスポンサーの繋がりで、お金持ちの令嬢であるナターシャとも知り合ったのだとか。
車が現れ乗り込むと、そこにはリクと見知らぬ男が居た。
アイノネ「リク兄とアナトリーさんも来てたの?。
何用?。」
リク「野暮用だよ。
アイノネの迎えの車の行き先がたまたま同じ方向だったのさ。
それで今は家に向かう前に最寄りの駅まで運んでもらってる。」
アイノネ「ふーんそういう事なんだ。
でも、二人して遠出なんて珍しいね。
何処に行くの?。」
アナトリー「知りたいか、アイノネ。
俺達はな、オタスの杜へ行くのさ。」
第8話 終
カイ市そのものが創作ですので、当然街の区の名前も創作です。
しかし例外的にポロナイスクのみは、カイ市の所在地としてある地域の実在する実際の地名です。
ナターシャはすぐに退場するので、その代わりに紹介文をやたら長くしています。