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ズヴェーリ 英雄叙事詩   作者: 乘
第1章 幼馴染み編
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第7話 昔話

セリフ多めです。

第7話


昔話



3人は雷雨の去ったオゼロ・アインスコエで白鳥を眺め、それからユジノハラへ帰っていった。


8月に入り、夏休みも残り1ヶ月となった。

この州を含む“北方の大国”内では、夏休みは6月から9月までの3ヶ月間あるのだ。

しかし学校の宿題もその分多くなるので、大して喜ばしい事ではない。

例年ならばシュウジらは夏休みの終わり際に、必死で机と向き合う時間が増える。

(すなわ)ち、宿題と向き合う時間を増やし、何とか終わらせようとするのだった。

だが今年は何としてもナチナ町を出なくてはならなかったので、旅に出るまでの1ヶ月間に、ユーリに指南(しなん)されながら終わらせたのである。


ユジノハラ市で名産品のИкра(イクラ)を楽しんで、それから彼らはカイ市へ向かった。

電車の中、シュウジはイクラの食べ過ぎにより腹を下し、1人トイレに籠った。

残されたユーリとアイナの2人は、カイ市に向かう迄の間に昔話をする事にした。

話題に上がったのは、3年前に3人が初めて一同に(かい)した日の出来事であった。



3年前


その日は雪の日であった。

シュウジは自分の家でユーリと遊ぼうと、彼を誘っていた。

ユーリの家は比較的平地の方に有ったのだが、一方でシュウジの家は小高い丘の上にあった。

なのでシュウジは父ヤスノスケと2人で、丘の上に登る為の階段と、そこから自分の家までの道を雪掻(ゆきか)きしていた。

黙々と作業する二人の後を追って、一匹のズヴェーリが何故だかやって来た。


このズヴェーリは山辺家のペットで、犬型のズヴェーリでプラーミャと同じ様な体格だ。

名前はシタロで、シタロとの出会いは少し面倒くさい。

“南方の帝国”の事業である南極探検隊に、ヤスノスケは初代探検隊の一員として参加した。

シタロは、その任務を継承した南極地域観測隊で活躍したズヴェーリであった。


南極という常に気温が-となる世界で、犬ソリの要領で荷物や人を運べるズヴェーリとして、シタロは選ばれたのだった。

しかし老齢となり引退し、引き取り先として隊の繋がりからヤスノスケが選ばれたのであった。

シュウジはこのシタロの体毛を、ワシャワシャと()でるのが好きであった。

それだけで暖かくなり、癒されたからだ。


雪掻きをサボってシタロと(たわむ)れていると、ユーリと合流した。

ヤスノスケはシタロに子供達を乗せて犬ソリをし、それで家に帰った。



シュウジは防寒具を来ていたとはいえ、凍える雪の世界で犬にソリで引かれて風を切りながら帰宅した為、家に着く頃には肌は赤くなり、気分は妙に恍惚(こうこつ)としていた。

父ヤスノスケにもう一度ソリをしたいと頼み込んだが、凍傷になるからダメだと叱られてしまった。


家の中に入ると、暖炉により部屋の中は暖まっていた。

しかしその暖かさは凍えた素肌には痛々しく、シュウジは自分が外の寒さに侵されていた事を思い出し、ヤスノスケの言う凍傷の意味を理解した。

幼い彼の体は雪掻きの疲労と寒さで疲れ果て、意識が朦朧としてしまっていたのだった。


元気なシュウジよりも、ユーリは凍えていた。

氷が溶けだしてびちょびちょの防寒具を玄関のハンガーに掛けて、そのまま靴を脱ぎ玄関と廊下の間に敷かれたペルシャ絨毯(じゅうたん)を踏みつけ、左に見える2階への階段を無視して右のリビングへと走った。


そして、暖炉の前に座り込んだ。


シュウジ「これだからガリ勉は…外にで出ないで家に籠って、読書になんか()けるんでしょ?。

陰キャ極めたいんですかぁ貴方?。」


ヤスノスケ「シュウジ、何て事を言うんだ!。」


ユーリ「アハハ、大丈夫ですよヤスノスケさん。

慣れてますから。

それに、読書は素晴らしいものですよ。

自分の知らない価値観やあらゆる事への対処法、更には一般常識も学べますから。

それに…読書は基本的な教養ですよ?。

他国ではそれが芸術だったり、地域色の現れる所ですけど…。」


ヤスノスケ「俺の所は習字だったな…。」


シュウジ「何、呼んだ?。」


ヤスノスケ「呼んでねぇ。

ハッハッハッ!。」


ユーリ「ヤスノスケさん、何ですかその習字って?。」


ヤスノスケ「墨汁で、半紙と呼ばれる紙に文字を書くんだよ。

俺の出身地である“南方の帝国”の本土や、その他アジア圏では古くからそうやって文字を書いてきたんだ。」


ユーリ「そんなのがあるんですか…でもそれって文字が消えないじゃないでしょう?。

もしかして、大昔の文字が残ってたり…。」


ヤスノスケ「そうらしいなぁ。

何百年だったか何千年前だったかは覚えてないが、とにかく普通なら残っている筈のない文字が、残ってたりするんだ。」


ユーリ「習字が全世界で用いられていたなら、もしかすれば全ての記録が現代に残ってたかも知れないのに…。」


シュウジ「運動止めて体が訛ってきたら、寒くなってきやがるな。」


ユーリ「仕方ないですよ、カラハット州自体が寒いのですから。

寒さと雪ばかりは耐えるしかありません。」


シュウジ「そんなのここで生きてりゃ分かるよ。

大事なのは、どうしてカラハット州が寒いのかって事!。」


ユーリ「知りたいのなら、教えて差し上げましょう…。」


ヤスノスケ「ユーリ君の目が輝いた…。」


ユーリ「それはズバリ、カラハット州が、北緯50℃以北に位置しているからです!。」


シュウジ「…。」


ユーリ「キマ…ッタ。」

快感に浸るユーリに、シュウジは畳み掛けて質問した。

何故北緯50℃以北にあると、寒いのかと。

ユーリは、太陽の光が当たる赤道(せきどう)を中心に、緯度が図られている事を教えた。

赤道はとても熱く、地球がその熱を冷まそうとして、熱い大気を地球上の最も冷たい(きょく)へ分散させようとする。

その時に起こるのが風である。

地球は一年を通して傾きながら回転するので日照量が変わる事で、夏と冬が生まれる。

赤道は地球の中心である為に日照量が最も多いのと同じ様に、極もまたその名の通り地球の極にある為に、日照量が最も少なく南北の極は常に-を下回る世界になるのであった。


そして何故カラハット島が寒いのかと言うと、北緯50℃以北というのは赤道よりも北の極に近い為、日照量が少ないからという事だった。

そして北緯でなくとも南緯でも同じであると、ユーリは付け加えた。


シュウジ「北の極で北極、南の極で…南極!?。

それじゃあ、お父さんとシタロは、地球で一番寒い所に行ってたの!?。」


ヤスノスケ「あぁ、そうだ。」


シュウジは驚愕した。

目の前で何食わぬ顔で生活してきた自分の父親やシタロが、そんな過酷な世界で活動していた人間という事実に彼は目と口を開けたまま、固まってしまった。


ユーリ「固まってる…寒いならこっちに…。」


シュウジは生まれて初めて、父親に尊敬の念を覚えた。

そして父親を質問攻めにして、その話を浴びる様に吸収した。

中でも、置いてきぼりを食らったシタロを含む16匹のズヴェーリが、現地動物の糞を食べて栄養を取っていたという話を聞いた時は、思わずシタロの口元を見てしまった。


暫く話を聞いていたら、家の鐘が鳴った。

そして玄関を開けると、アイナがそこには居た。

シュウジは、自分の友人二人を会わせ様と今日の遊ぶ予定を立てたのであった。


そして、シュウジが1人トイレで席を外した時に、ユーリとアイナは初めて話し合った。


アイナ「ねぇユーロチカ。

あなた、かなり賢いのね。

貴方を小学校で見た事がある気がするんだけど…シュウとも小学校で出会ったの?。

どういう出会いだったのか、知りたいな。」


ユーリ「教えてあげても良いけど、交換条件。

ユーロチカって呼ぶのは止めて欲しい。」


アイナ「…私には敬語じゃないのね?。

まぁ、別に友達同士、そんなの要らないけど。

…何で、ユーロチカって呼んじゃダメなの?。

友達同士、“愛称系”で呼び合うものじゃない?。

貴方も私と同じ“北方系”でしょ?。」


ユーリ「僕のお父さんが“北方系”の人間だったんだけど、その人は、母と幼児だった僕を捨てて蒸発(じょうはつ)した人だから、嫌いなんだ。」


アイナ「そっか…。

シュウジは“北方系”じゃなくて“愛称系”がないから、シュウなんてあだ名をつける迄してるのに。

…分かったわユーリ。

教えてよ。」


ユーリ「僕は小学校でシュウジと出会う迄、ずっと内気な生活で一人ぼっち…所謂、ぼっちだったんだ。

それで図書館で読書をしていた時に、シュウジは鬼ごっこで図書館に入った来たんだ。

そしたら、シュウジが話しかけて来たんだ。」


アイナ「何て話しかけてきたの?。」


ユーリ「お前、いっつもここに居るな。

そんなに勉強してたら、禿()げるぞって。」


アイナ「シュウ、ブレてないわね。」


ユーリ「それで僕はシュウジに、今勉強しとかないと将来、低賃金のストレスで禿()げるよって言ったんだ。」


アイナ「同類ね。

嫌いじゃないわ。」


それからシュウジはユーリに興味を持って、毎日ユーリの元へ来る様になった。

そしてユーリはシュウジと話をする様になって、シュウジからとある興味深い話を聞いた。

それが、このカラハット州の先住民に伝わる、ハウキと呼ばれる神話であった。


シュシュ湖に居るオキクルミ、このズヴェーリがカラハット島に居るズヴェーリの祖と言われる話を聞き、それからユーリはズヴェーリという存在に魅了されたのだった。

それからズヴェーリについて知りたくなり、ユジノハラ市の図書館に通う様になり、引き籠りがちな性格が改善されていった。

それに加え、シュウジはユーリの事をヤスノスケに教え、勉強を教えるという名目でシュウジ宅に招かれる事が増えた。

引き籠りがちな性格を改善させるキッカケを与えてくれたシュウジに、ユーリは感謝していたのであった。


アイナ「そんな素敵な出合いだったのね…。

ユーリ、貴方のその行動力も素敵だよ。」


ユーリ「え、あ、ありがとう…。」



現在


アイナ「ねぇユーリ。

年上にはいつも敬語な貴方が何で私には敬語じゃなかったのか…それは分かんない。

けど、ユーリが何で年下のシュウに敬語なのか、分かった気がする。」


ユーリ「…え!?

…何で僕はシュウジに、敬語なんだと思うの…?。」


アイナ「その緊張した顔…確信犯だわ…。

…ユーリ、貴方(あなた)シュウの事好きなんでしょ?。

気にしなくても良いのよ、同性愛は良くある事だから!。」


ユーリ「…ハァ。」


アイナ「そういう事なら、ユーリは私の恋敵(こいがたき)ね。」


どこか安心した様な顔をしたユーリは、同調して話を切り上げた。

外には、自然の中から急にビルが見えた。

そこに見える大都会。

カイ市は、もう目と鼻の先である。



第7話 終

南極探検隊、南極地域観測隊は実在の組織ですが、それらのこの作品は一切の関係はございません。

シタロは、南極地域観測隊のタロとジロをモデルにしています。


アイナとユーリの共通点である“北方系”というのが出てきましたが、これは以前説明した通り、“北方の大国”の血統の人間の事です。

この言葉も創作です。


二人が“北方系”だと分かるヒントは、既に記述がありますので、お気づきの方もいらっしゃるかも知れませんね。


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