第6話 防空壕
第6話
防空壕
虫とズヴェーリが複数で集まって、狭い道を走り後を追ってくる。
彼は本能のままに背を向けて走り出した。
追い付かれれば、刺され切られ噛みつかれ、最後には殺されるだろうと察したからだ。
プラーミャの炎で照らされる辺りの範囲は狭く、何度も虫を踏みつけた。
途中、そこには明らかに虫ではない腐敗した何かを踏みつけたが、その得体の知れない何かに不気味さを覚える間もなく、ただ走り続けた。
そうするしかなかったからだ。
彼を追いかけるズヴェーリは、なかなか追い付かない事へのイラ立ちからか悪戯に火を吹き出し、辺りに群れるあらゆる種類の虫は一瞬で焼き殺された。
その無駄な死を遂げた数多の虫達の断末魔とも言うべき鳴き声は、狭い洞窟の中で反響した。
どんどん離れていくシュウジの耳に届く頃には、甲高い人間の奇声の様にも聞こえた。
しかし、思わぬ障壁にシュウジの足は止まった。
壁一面に蠢く黒い塊。
それは数えきれない程のサソリであった。
サソリが道を塞ぎ、完全に壁となっていたのだった。
シュウジ「うせろよ虫けらども!。
…プラーミャ、焼き殺せ!。」
一瞬にして焼かれたサソリ達は、複数匹が燃え上がり仰向けになった。
火こそ当たらなかったが、その熱を脅威に感じた残りの全てのサソリは、壁の綻び(ほころび)の中へと姿を消していった。
しかしこの僅か数秒の出来事で、追跡者に追い付かれてしまった。
シュウジは背中に、熱い息が掛かるのを感じてしまった。
それを感じてから瞬き程の刹那的な時間の中で、彼は伏せる判断をした。
その結果プラーミャの炎に照らされた周囲には、伏せる自分の影のすぐ上のさっきまで自分の体があった場所を、図太い突起が突き刺す様に伸びているのが見えた。
急いで立ち上がり、シュウジは決意した。
シュウジ「プラーミャ、こいつを殺るぞ!。」
狭い洞窟の道、プラーミャは動き回る事が出来ず不利であった。
しかし敵もまた狭い洞窟内に収まる体格ではなく、プラーミャはジリ貧ではない。
命を掛けた戦い。
シュウジはプラーミャに鳴き声で威嚇させる事にした。
プラーミャの低音に近い、耳を突ん裂く様な鳴き声が発せられる。
それは狭い洞窟内で反響し、不気味で不安を煽り立てる悲鳴の様になる。
そして敵が同様に威嚇をしようとした時だった。
シュウジ「今だ、噛み付け!。」
不意を突かれた敵は、それに一瞬の動揺をきたしたのみですぐに対応してきた。
しかし、引っ掻こうとしてくる敵に対して、プラーミャは体をくねらせて股の下を潜った。
そして敵が振り返る間も与えず、その神速で以て頭部に噛みついた。
倒れ込む敵の頭上を通り抜けて、プラーミャとシュウジは走り抜けていった。
やっとの思いで落ちて来た穴の元へ戻ったシュウジは、その上で待っていたイが垂らした麻の縄に掴まった。
イに気張れと励まされながら縄を登る間、少しずつだが確かに近づいて来る奴等の足音に怯えた。
上りきったその時洞窟の下をふと覗いたら、こちらを真っ直ぐと見詰める、一匹のズヴェーリの姿があった。
さりげなく数秒前まで自分が居た場所を見たら、頭から血を流しながら微動だにせず、つぶらな目でこちらを見詰めるズヴェーリが居る。
数秒遅れていたら、もしかすれば自分は背中を襲われていたかもしれない…。
恐怖で、彼は身がすくむ思いをした。
大雨の中ずぶ濡れになりながら、走って小屋に帰った。
小屋を見たシュウジは、己の目を疑った。
屋根は焼け焦げ、白い煙が立ち上ぼり、雨で鎮火された事が分かった。
2人は無事とイは言うが、どうすればこの中に居て無事で居られるのか、シュウジは早く知りたかった。
中に入ると、開かれていた金属の扉があった。
奥にある階段を下りるとそこにはシェルターがあって、2人は無事だった。
イ「ラジオの災害情報では、オゼロ・アインスコエでのみ突然の雷雨だと…じゃっどん、こげな限定的な雷雨なんて経験した事もない…。」
そんな言葉を聞きながら、シュウジは元々来ていた服が既に乾いていた為に、それに着替えた。
暫くすると、雷雨は去った。
ひょっこりと姿を現した雷雨は、湖の周りの森林を薙ぎ倒して、去っていった。
イ「よく、あの防空壕に落ちて怪我1つ負わんかったな。」
シュウジ「プラーミャ…俺のズヴェーリが守ってくれたから。
辺りを照らして、立ち塞がる虫けらを蹴散らしてくれたんだ。」
イ「このズヴェーリがか…。
シュウジは、トゥリーニルだったとね…。」
シュウジ「イのおっちゃん。
ボウクウゴウって何かわからないんだけど、もしかして…。
1世紀前の戦争と関係ある?。」
イ「関係ある。
大いに、関係あっとよ。
防空壕ってのは、敵の攻撃から身ば隠す為に掘られた穴の事さ。
だがこの島での直接的な戦闘は、“南方の帝国”側の圧倒的不利な状況で行われたとよ。」
シュウジ「それ、この前ユジノハラの図書館で勉強したよ。」
イ「何が中立条約ね。
互いの領土ば荒らさんという条約やったとに、ないごて攻撃をしとるか。
今島を占領しとる事かて、領土の事を条約で決めとらん以上はおかしい事ではないか…。」
シュウジ「イのおっちゃん、帝国に思い入れがあんの?。」
イ「おいも、“南方の帝国”出身だ。
シュウジは…違うのか?。」
シュウジは驚いた。
どうして自分の系譜を、この初対面の人間が知っているのだと。
シュウジの父親は帝国領南カラハット出身で、“南方の帝国”の南極調査で活躍した名の通った人間であったのだった。
シュウジ「俺は…カラハット州のナチナ町出身だから…。
違うよ。」
素晴らしい夏休みの体験と成る筈であったこの観光は、全員にトラウマを残すだけという嫌な終わり方になってしまった。
しかし、イに残ったのはトラウマではなかった。
とある事に気づいたのだった。
イ「あのシュウジという子供、敬語ば使えっち言っても身が危険な時は使えっとに、危険が去ったら止めちょ。
図太か男たい。
じゃっどん…そげな神経の図太さを持った人間が、このカラハット州では、王者や3大トゥリーニル等と呼ばれちょったい。
それに…シュウジは帝国民かとおもったが違うた。
もしかしたら…そうじゃ。
あり得ったい。
ナチナ町…旧南カラハット出身なんやったら…。」
第6話 終
少し短いですが、ここまでです。
第5話でも書きましたが、オゼロ・アインスコエで戦闘があったという話は聞いた事がありませんので、創作です。
当然、防空壕もありません。
イさんが話しているのは薩隅方言です。
筆者の出身ではないので間違っているかもしれません。
悪しからず。
※一部のセリフを変更しました。