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ズヴェーリ 英雄叙事詩   作者: 乘
第1章 幼馴染み編
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第5話 白鳥の湖

第5話


白鳥の湖



ユジノハラ予選を終えたシュウジは、カイ市決勝戦までの約半月の間にどこかへ観光に行こうと考えた。

どこに行こうか考えながら、市内を散策していた。

すると、ユジノハラ市に来るよりも前に出会ったNIsの作業監督であるサナダと再会した。

彼は、ユジノハラを北西に進めば来知志(らいちし)湖という白鳥の居る湖があると教えてくれた。

シュウジは、サナダが前に出会った人間だとは思えなかった。

ユーリに依れば、シュウジはズヴェーリを眺めた後は、寝ているのかと思うくらい上の空であったそうだ。


だがシュウジは、そんな事よりも気になる事があった。

それは、サナダがつけていた服であった。


シュウジ「あんた…その服何て言うの?。」


ユーリ「これは、“南方の帝国”の鎧を元にした絵柄ですよ。

(かぶと)の様な襟と編み込みがある安全帽も、雰囲気をより一層造り出していますね。」


シュウジ「いやユーリにゃ聞いてねぇんだがな…。」

シュウジはこういった柄が好きであった。

帝国の伝統的な兵士“武士(もののふ)”の鎧である“甲冑(かっちゅう)”。

それはシュウジが父親から教わり、いつも身近にあったものだった。


サナダ「君はこういうのが好きなのかい?。

それなら、僕のお(ふる)をあげるよ。

寸法が合わないなぁ…そうだ、丁度幼い作業員のお古があったんだ。

それと、ついでにこのファーもあげるよ。

この島は寒さが厳しいからね。

タケダさんが使ってた安全帽に付いてた白いファー、カッコいいだろ?。」

サナダから貰ったそのジャージは大きく、シュウジは着用する事は叶わなかったが、それの腕の部分を腰の方から腹の方へ向け、そのまま結んだ。

するとどうだろう。

腰の部分だけではあるが、甲冑を身に付けている様に見えた。

脇楯(わきだて)の様に。


その後、3人は来知志湖へ向かった。

訪れた湖は大きく、自然の雄大さを思い知った。しかし、そこには“来知志湖”という名のついた看板等は一切見受けられなかった。

不思議に思うシュウジに、ユーリは教えてくれた。

ここの正式名称は“オゼロ・アインスコエ”というらしいと。

では何故、サナダはアイナに“来知志湖”と言ったのだろうか。

シュウジの疑問にまたしてもユーリは答えた。

それは、“来知志湖”という名称を用いたのは“南方の帝国”であり、彼はその帝国民の子孫で、所謂(いわゆる)“南方系”と呼ばれる人間であるかららしかった。


シュウジは、“南方系”という言葉を初めて聞いた。

この島の立地を軸に“南方の帝国”の人間は“南方系”と呼び、“北方の大国”の人間は“北方系”と呼ぶらしい。



シュウジとアイナは、真夏の湖に入り、水を掛け合った。

ユーリはじっとシュウジの事を見詰めていた…。

しかしユーリがそっと目を離した隙に、二人は居なくなっていた。

その時シュウジはアイナと二人、溺れていた。


シュウジが目を覚ました時、ユーリは少し泣いていた。

辺りを見渡すとそこは小屋であった。

木製のその小屋には、壁や天井の木には似合わない鉄製の扉が1つあった。



ユーリ「良かった…死んだらどうしようかと思ったんですよ!。

そこに居るイさんが潜水して助けてくれたんです。」


イ「お、目が覚めたかねシュウジ君。

ハッハッハッ!。

男女仲良く溺れて死にかけるか。

入水心中でもすっつもりやったとか?。

一句出来た。


走馬灯

笑顔の君と

入水。

どがんね?。」

彼はイ(伊)

どこかの地方の訛りがかなり強い。

色黒で、身長は180cm。

体重70kg程度。

60代。


ユーリ「何ですか、その不謹慎な言葉遊び。」


シュウジ「ユーリも知らない事があるんだな。

俳句だよ、でも意味分かんないし全然ダメ。」


イ「意味が分からんなんて(こつ)なかやろ。

…まぁよか。

今の一句もただの冗談やけん気にせんちゃ良か。

そこのお嬢ちゃんも、時期に目え覚ますさ。」


シュウジ「ここはどこ、何をする場所だ?。」


イ「ここは、お前さんがたみたいな水難にあった人ば、(かくま)(とこ)たい。

さぁ(なん)ばすうね?。

日がな1日寝とるつもりじゃなかやろな?。」


シュウジ「何すんの?。」


イ「釣りでもせんか?。

白鳥ば見にきたっちゃろ?。」

シュウジは濡れた服を天日干しにしながら、サナダから貰ったお古の作業服を着た。

小屋を出る前にふと自分の真後ろで眠っていたアイナを見た。

するとそこには、シミ1つない透き通る様な真っ白な肌に、普段は良く喋る真っ赤で柔らかな口は、今はそっと寝息を吐いていた。

並びの良い真っ白な歯と、少しだけ濡れたままのアイナを見て、心の中にときめくものを感じた。

しかし、いシュウジは、それが何であるかはまだ分からなかった。


小屋を出る前に、イはユーリに何か話していた。


シュウジと、焚き火を挟んだ隣にイが並んで座る。

防波堤から湖に竿を下ろし、魚を待っていた。

少ししていると、(ます)が釣れた。

アイナは群れる生魚にビックリして、シュウジに抱き付き、体勢を崩した二人は魚の群れの中に溺れてしまったのだった。

つまりは目の前でエラに釣り針が刺さり、釣り上げられているこの弱々しい魚のせいで、シュウジは死にかけたのだった。


一匹だとひ弱な存在も、群れると水上に上がれず窒息させられてしまいそうになる程危険な存在になる事を、シュウジは体感した。




シュウジ「なぁ、あんたここに居て良いのか?。

仕事中だったんじゃないのか?。」


イ「社会奉仕やけん。

それよりも、シュウジは敬語を使う事ができんとね?。」


シュウジ「敬語は…使いたく…ない…です。」


イ「いかんぞぉ。

年下は、年長者に平身低頭して学ばんといかん。」

シュウジはまだ子供で、敬語というものに抵抗があった。

そして、このイという男をめんどくさく思ってしまった。

何故湖に入って服を濡らしてしまったのだろうと激しく後悔をしたが、そんなのは後の祭りであった。


イ「釣りも飽きたし、そうだシュウジ、白鳥ば見に行こう。」


シュウジ「…はい。」

シュウジとイは、湖の丁度反対側へ向かった。

そこは開けた野原であった。

爽やかな草木が生い茂る大地。

そこを白鳥達は(いこ)いの場にして、優雅な時を謳歌(おうか)していた。

心地良いこの日差しが全ての生き物を生かしているという事実に、草木と共に同じそよ風を浴びながら眺めるその美しい景色に、シュウジは自分もこの島の自然の産物である気がしてきたのだった。


白鳥を見詰めた。

そしたら、それをアイナに見せてみたくなった。

この心地よい場所にアイナを連れてきて見たくなった。


シュウジ「イさん、アイナが起きているか見に戻ろう。

この景色を見せてあげたいんです。」


イ「憎かねぇ。

あがん可愛か女の子を連れてここでデートね。

よかにせは特やねぇ。」

そう思ってシュウジは、一度小屋に戻ろうとしていたがその時だった。

ポツリ…ポツリ…雨が降って来たのだ。

次第にそれは激しくなり、遠くの方で雷鳴(らいめい)(とどろ)き出していた。

悠長にしている時間はなく、シュウジとイは走って帰る事にした。


雷鳴は次第に近くなり、どこか近くに落ちているのが分かる程に鈍い轟音(ごうおん)が鳴り響いていた。

小屋まで後数百メートルという所で、一閃(いっせん)の稲光が目に映った。

そして次の瞬間それは距離的にも方角的にも、かなり小屋に近い位地に落雷したのだった。


イ「こいはいかん!。

あの雷、小屋の方に落ちたんじゃなかね!?。」

シュウジは、ただでさえ聞きずらいイの訛った口調に加えて雨風の騒音で、イの言った言葉の内〈雷 小屋 落ちた〉という言葉だけがやけにスッと頭の中に入ってきた。

その瞬間、今まで感じた事のない程の焦りを感じた。

疲労の貯まった両足も、自然と早く動いた。


シュウジ「小屋に当たってる筈がない!。

…でも、もしユーリが外に出て、近くでズヴェーリでも探していたら?。

雷に当たったり、雷で殺気だった野生のズヴェーリに襲われてるかもしれない…!。

二人とも、無事で居るよな!?。」


イ「シュウジ、そんなに走っちゃあいかん!。

危ない!。」

シュウジにはイの言葉も聞こえなかった。

そして小屋が見える寸前、彼は近くにあった穴に足を滑らせて、落ちていった。



どの位落ちたのだろう…。

体の痛みに耐えながら、朦朧(もうろう)とする意識の中で彼は自分が落ちた小さな穴を見上げていた。


シュウジ「イさん…助けて…下さい。

ここです…助けて下…さい…!。」


イ「必ず戻って来るから、待っとかんねな!。」


プラーミャとシュウジでは、この高い穴を登る事は不可能であった。



一方小屋に戻ったイは、ユーリとアイナが金属の扉の向こうに続く近シェルターに入っている事を確認した。

出掛ける前に、もしもの事があればこの扉を開ける様にと、ユーリに告げていたのだ。

単身シュウジを助けに戻ろうとしたイに、アイナは()いて行くととワガママを言った。

しかし、無茶だし年長者の言う事を聞けと怒鳴られ、アイナは自分が湖に入った事を後悔した。

一方のユーリも、2人が湖に入った際に陸に放置されたスマホを回収したまま、シュウジとイが出掛ける時に渡しそびれた事を後悔していた。



シュウジは、落ちた穴の下でプラーミャの火で暖を取り乍らずっと救助を待っていた。

この穴の下は洞窟の様になって居た。

その奥から反響して聞こえて来る不気味な音に吸い寄せられる様に、シュウジはプラーミャと共に奥へ進んだ。

進んでいくと、奥には妙に黒く焼けている壁や刀傷、果てには血溜まりの様なものまであった。

余りの気味の悪さに絶句しながらも、音の正体を探ろうと奥へ歩みを進めた。

最後の曲がり角を曲がる。

するとそこに居たのは、群がるサソリや蝙蝠(こうもり)、そして数匹の小型のズヴェーリであった。

逃げるシュウジにそれらは襲い掛かってきた。


逃げても、先にあるのは行き止まり。

それを理解しているシュウジは、絶望の淵に立たされたのだった。



第5話 終

来知志(らいちし)湖/オゼロ・アインスコエは、実在の場所です。

ですが、白鳥が居るというのは創作です。

この湖のある島が、カラハット島のモデルです。


“南方系”という言葉は創作です。

オゼロ・アインスコエに洞窟があるというのも、創作です。

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