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ズヴェーリ 英雄叙事詩   作者: 乘
第4章 新たなる“獣王”編
34/36

最終話

過去最長の長さ、1万1千文字です。

分けるのがめんどくさかったからです。

悪しからず。



最終話



青山地区、コタンコロ市を占領(せんりょう)している、武士団のダオ。

オタスの杜での出来事を、彼は知る由もなかった。

自分の使者が殺され、武士団の切り札であった先住民会が、自らに牙を剥いて来たのである。


ダオ「何故だ…何故使者から連絡が来ない…。

何かあったのだろうか…。」


側近(そっきん)「いずれにせよ、そろそろ南下しましょう。」


ダオ 「…ダメだ。

情報が足りなすぎる。

待機だ!。」



オタスの杜での状況を把握しかねる彼等を、先住民会は(あざ)笑うかの様に、町で逆襲の蜂起をした。


14万を越すカムイが、陸空海から、街を襲っていたのだ。

ダオはそれを知らず、とにかく計画の続行を決めた。

その計画とは、先住民会に蜂起をさせた後にその対処の為、正規軍のどこかの部隊が、必ずポロナイスクのオタスの杜まで南下する。

そのどこかの部隊は無傷の西区である事は間違いなく、戦力が減った西区を、ダオの軍で強襲するというものだ。



西区の正規軍は、青山地区チロット市から徐々に近付く、武士団達を牽制(けんせい)する役目があった。

しかし、南から現れた未確認の敵勢力に、最早(もはや)優先順位は変わった。

5万の内、2万5000が南区の下、ポロナイスクまで南下していったのだ。


東区やチェレミソフグラード、アンドレエフグラードは、タケダの一行が中央区へ向かうまでの間に全滅し、中央区と一部の北区の軍は、連日のタケダ騎馬武者達との戦闘で、疲弊していた。

つまり、手が空いているのは西区の軍のみで、彼らが動かざるを得なかったのだ。

これは図らずも、ダオの計画した通りの運びと成ったのだった。



青山より迫る武士団は、小さな街伝いに進軍していた。

それ故アレク市から拠点を確保していき、敵に王手を掛けられない様にする、当然の出方である様に思えた。


しかしそれは青山への道封じではなく、それこそが武士団棟梁、ダオの直轄(ちょっかつ)軍であった。



ドレイクはただ1人、その可能性に気が付いていた。

もし正規軍の背後であるカイ市の、南側で何か動きがあればそのその対処が必要になる。

そこで無傷の西区の軍が必ず南下し、中央区への道が開かれるのだと。


そう考えれば、ダオがワール市の本隊に居ないという彼の仮説も、ダオが青山の部隊を率いていれば辻褄(つじつま)が合う。

そしてこの対処不可能な奇襲という攻撃が、非常に強力な一撃になる事、それに気が付いたのだった。



ドレイク「何て…計算高い連中なんだ…。

まさか本当に…我が国からの領土の委譲を、達成するつもりなのか?。

本気…なのか?。」


ドレイクは、ポロナイスクから来た敵が、武士団であると錯覚した。

ダオの策略通りに進んでいたのなら、彼はそれを見破った“英雄”であっただろう。

しかし、くしくもそれはダオの策略それすらも越えた、先住民会の復讐心で満ちていた勢力だった。


しかし、それをダオの策略だと信じたドレイクは、上官に伝えた。

しかし、それを止める為に中央区を無視して、青山の行く等という英断は、どの将校にも出来るものではなかった。


ドレイクに取っても、それは簡単な事ではなかった。



ドレイク「ゲレンスキー将軍が西区からの移動、それを命令したら、西区から横腹を突かれてしまう!。

それではダメだ…。

西区の軍勢が南下するよりも前に、青山の敵を叩かなくちゃならない!。」



葛藤する彼は、とある人物を思い出した。

いつも命令違反をするが、正しい判断をして、正しい方向へ仲間を導く兵士。

重い一重瞼で、睨む様な目付きの男、ジェル軍曹である。

今ばかりは、彼の真似をするしかないと、ドレイクは思った。

そして彼は、部下に宣言した。


ドレイク「これより我が独立大隊は、独断行動を取り、青山地区へ向かう!。」


移動を開始した大隊のその行動は、すぐにゲレンスキーの目にも止まった。


ゲレンスキー「西北の方向、青山の方角か?。

…敵が本拠地防衛をすっぽ抜かして、攻めてくると本気で…?。」


部下「命令違反で処罰すべきと存じますが、如何(いかが)なされますか?。

信賞必罰(しんしょうひつばつ)、敵前逃亡として捕らえて処刑というのも、あり得ます。」


ゲレンスキー「敵前逃亡…?。

敵もまだ、現れてないのに。

…処罰の是非は、結果次第だな。

彼は頭脳明晰(ずのうめいせき)だから、前に上奏(じょうそう)されてきた文書にもそれ相応の信憑性を持っていたし、自信があるのだろう。

(わし)も理解出来ん訳ではないが、本土防衛戦に於いて戦いの趨勢(すうせい)をカイ市市外に持っていく、そんな決断は出来んのだよ。


ドレイク中佐については、黙認する。

結果次第では、戦闘終了後に厳罰に処す!。


…ヤナ大佐の二の舞になるではない。

儂は期待しているぞ、ドレイク中佐よ…。」



ドレイク独立大隊は北上、青山地区を目指して進軍開始した。

途中の街に居る武士団は勇ましさこそあれど、熟練の兵士1000人の敵ではなかった。


武士団ダオが状況を把握しかねていて、優柔不断になっていた時。

ドレイク独立大隊は、破竹の勢いでチロット市まで進んだ。



ジェル「またうちが先方ですか…。

索敵隊からの情報は、逐一報告しろ!。」


アナトリー「分隊長!。

索敵隊からの情報です!。

敵は砦らしき物を2つ持っていて、街を取り囲んで居る様です!。」


ジェル「北部で、仲間達を苦しめているアレか。」


アナトリー「この砦って…あのアレク市にあった奴なのか…?。

あんなのを運んで来るとか…しかも2つって。

あいつら、ただの武装組織じゃねぇよ…。」


レフ「それはこれまでの戦い方や、優勢に立っている戦況を見ると、確かだな。」



情報が伝達されているドレイク大隊は、ワール市攻撃を困らせている、砦の存在を知っていた。

その砦の数や、未だに一戦も交えていない敵の最高司令官。

武士団棟梁、ダオの力量を計り知れない現実に、ドレイクはもどかしさを覚えていた。

そして部下が持ってきた情報に、彼は最初の一手を出した。


ドレイク「チロット市の砦の1つは、改装中だ。

ここを、強襲しよう…!。

強襲部隊の指揮は、奴になら…任せられる。

ジェルならば、やれる筈だ!。


私が教官として鍛えて、どんな時でも正しい、現場の判断が下せる!。」


ドレイクの命令で、ジェル分隊を筆頭にしたチャリオットと騎兵部隊は、強襲作戦を執り行った。

砦は、突然の奇襲で対応出来ず、呆気なく制圧された。

ダオがチロットへ降りてきた時、既に砦は制圧されてしまっていた。

そして予想外の敵に、ダオは困惑していた。

カイ市市外に正規軍が()を進めて来る等、あり得ないと考えていたからだ。

だが、その数の少なさから彼は、自分の計算に不具合がなかった事を感じた。


ダオ「砦を1つ取られた事で、“北助(ほくすけ)”は野生の魑魅(すだま)相手に、兵士を割かなくても良くなった。

だが、戦力差は以前高い。」


ダオの自信は、未だ揺るがなかった。



一方のドレイクは、次なる攻撃をしようとしていた。


ドレイク「ラインホルト中佐の報告では、敵は砦の上に遠距離攻撃に特化したズヴェーリ、その部隊を配置している。

それらは四方を向いている。

チロット市と、砦の片方さえ無力化しなければ、武士達は埼角(きかく)の勢で、攻略出来ない…。」


ドレイクは思案した。

とにかく、想像して引き算する様に、最適な答えを見つけ出そうとした。


ドレイク「四方を向いた屋上の敵の視線を、一ヵ所にのみ向けられたなら…。

…そうだ、あれがある。

チロット市にある…ガソリン貯蔵タンク。

あれを…爆発させられたなら…!。

一ヵ所に集まった敵の背後を攻め、砦を攻略出来る!。」


彼は見つけたのだった。

爆発させるには、チロット市に兵士が侵入する必要がある。

侵入に必要なのは、少数という身軽さ、そして素早さである。

彼には素早さに特化した部下がいるが、言わずもがなそれはチャリオットである。

爆発の陽動を成功させられるかは、ジェル分隊の機動力が必須であった。


彼は全ての作戦内容を、ジェル分隊を筆頭とした別動隊に、説明した。


ジェル「またうちが、危険な役回りなんですか。」


ドレイク「能力不足ではないな?。

頼んだぞジェルジンスキー軍曹。」


ジェル「…あぁそうですか。」


彼らには時間がなかった。

今こうしている間にも、中央区で味方が戦死し、ダオは臨機応変に対応し、タケダに州議会会場を占領させるかも知れない。

12月26日の午前4時頃、自陣の砦を出撃した別動隊は、日の出までの暗闇のうちに市の裏に回り込み、この前の戦闘で空いた壁にある穴からの侵入を試みた。



ロパチン山脈の麓、(いばら)の生えた崖っぷちを通り、移動する。

3m先もまともに見えない明かりで、アナトリーは不安に駆られていた。

コタンコロの初陣(ういじん)では、一方的な殺戮(さつりつ)で恐怖も忘れた。

そして故郷グロームでの戦いでは、気がつけば落雷にやられ、緊張感を感じる間もなかった。

しかし、今は確かにあった。

彼の心に巣食う魑魅魍魎(ちみもうりょう)の悪しき存在は、確かに彼の平常心を(むしば)んでいっていた。

そこで彼は不安の()け口として、特定の理由もなく、ジェルに声をかけた。


アナトリー「軍曹…グローム町で、どんな風に育ったんですか?。」


ジェル「どうした、トーレニカ。」


アナトリー「トーレニカ…。

あぁ、俺の“愛称系”でしたね。

(しばら)く呼ばれなかったから、忘れてましたよ…。」


ジェル「まぁ、リク…だっけか?。

あいつは見るからに“南方系”だったから、“愛称系”の文化はなかったな。

“あだ名”って奴は、子供がつけるものらしいじゃないか。

でも、ユーリからは呼ばれなかったのか?。」


アナトリー「ユーリとは、8月10日に初めて会ったので、そんなに仲良くないんです。

それに、なんかユーリは気持ち悪くて、苦手というか、嫌いです。」


ジェル「気持ち悪い…なかなか的を射てる表現だな。

確かに、妙に長老と仲が良くて不気味だったな。

ユーリを嫌っているのに、オタスまで行かせてしまってすまなかった。

今なら上官命令になるが、まだ一般人だった。」


アナトリー「いえ、それでも今はこうして、自ずと戦場へ向かう未来を選択しました。

心は現実よりも先に、未来を捉えているものですよ。

俺はその時には、軍人になると決めていましたから。」


ジェル「ほーん。

…俺がどうやって育ったか、ねぇ?。

そんなの、トーレニカと大して変わらんだろうよ。

あの町の人間が選べる人生は、2択だ。

でかくて力の強い偉い奴に、ペコペコして取り巻くか。

それか、日々ズタボロになりながら、道理に沿って意思を通すか。

俺は、前者だったよ。

ずっと、脇役の様な人生だった。

金もなく、頭も良くなく、容姿も取り分け言い訳じゃない。

非正規労働の親に、数人の兄弟と共に(やしな)われる。

人生に絶望したさ…。

こういう生まれの不幸で、人生を決められちまうのがな。

そっから毛嫌いしてたお勉強をして、立身出世を目指して、都会へ行ったのさ。

夢見て都会へ、ありきたりだな。」


次はお前の番だ。

そう言われたアナトリーは、自身の半生を語りだした。



過去



幼少期のアナトリーは、両親の離婚で極貧生活を送っていた。

NIsは隣の市であるコタンコロを好景気にして、その情報がグロームに届いた時、アナトリーは自身の境遇に、深く傷ついた。


彼にはTVゲームもネット環境もなく、毎日美味しい栄養のあるごはん。

それすらもなかった。

理不尽に傷ついた心を攻める様に、グロームにも遅れてNIsは進出してきた。

町は裕福になり、少しは綺麗になった。

身なりは整い、違法建築の建物は少しずつ減っていった。


しかし、1つだけ変わらないものがあった。

それは暴力の支配に(おび)え、死んだ目付きの者達だった。

グローム支社を担当していたツジは、目的の為ならいかなる犠牲も(いと)わない、そういう性格の男だった。


グロームの経済復興を掲げた彼にとって、その他の治安や公共事業等、どうでも良かったのだった。


少年アナトリーの家は特に、貧乏で不恰好だったので、見下されていた。

両親は、離婚した後は赤痢で仲良く旅立った。

その3回忌に、酒を飲んでいた叔父をほったらかしにして、彼は公園へ行った。

外は雪が降り積もり、公園も少し雪を掃かなくては、お目当てのバスケットボールのシュートを出来ない程だった。

いざレイアップの練習をしようと、彼は防寒具を脱ぎ、ボールを構えた。

すると、横柄な大人がやって来て、放たれたボールを奪いとり、幼いアナトリーを蹴飛ばしたのだ。


ベンチに叩きつけられた彼を見てその男は、しけたと言って、去っていった。

怪我をして立ち上がれず、防寒具を脱ぎ捨てた彼にも、容赦なく雪は降り積もっていたった。


こういう経験を、彼は何度も積み重ねていたのだ。

何度も、死んだ方が楽だと思った。

しかしそれでも、彼は妙に確信を持ったのだ。

死のうとしなくても、すぐにまたこんな目にあって、辛く、苦しく、痛い。

そういう無惨な死を迎えるのだと、幼いながらに悟ったのだった。



現在



レフ「凄い町なんですね、グロームって。

ずっと、どうしたら隊長みたいな、命令無視も平気でする様な、無神経な人が生まれるのかと思ってました。

でも、そんな道徳もない様な所に居たんじゃ、そうなりますよね。

自分の身は自分で守っていうか…自分の選択だけが、自分を助けてくれるっていうか…。」


ジェル「まぁな…って!。

リョーヴァお(めぇ)、上官に何て口聞きやがるんだ!。」


アナトリー「隊長!。」


ジェル「何だよ、トーレニカ。」


アナトリー「俺、今日死にますか?。

少数で敵拠点に殴り込みって、絶対死にますよね?。」


ジェル「はぁ…。

死ぬのが嫌なら、どうして軍人に成ったんだ?。」


アナトリー「カイ市では、リクが俺の居場所だったから…。

リクが居なくなって、もう何もなくなって、(やつ)れた呑んだくれになる事なんて、目に見えてましたから…。

それじゃあ、最期は寂しさ感じながら死ぬ事なんて、確実だと思ったんですよ…。

多分…そんな理由です。」


ジェル「そんな事はないさ、カイ市でリクと仲良く成れた様に、もう一度友達くらい作れたさ。」


アナトリー「リクとは、成り行きとか夢ってのが大きかったんですよ!。

でも…もうリクは居ない…。

軍曹みたいに恵まれた努力できる人達には、それが分からないんですよ!。」



レフはこの時、ジェルは全然恵まれていないと思った。


レフ「お前ら、同郷だろ。

話聞いてなかったのかよ…。」


声には出さなかったが、心の中でツッコんだ。



アナトリー「俺は、生きる気力が手に入るここに居たかったんです。

今するべき事が常にあって、生きたいって思える、この場所に!。

頼れる仲間が居る…この場所を…俺の新しい居場所にしたかったんです…。」


ジェル「いきなり死地に立つのは、ツイてねぇよな。

だが理由はどうであれ、選択した出来事には、目に入ってなかった別のもんまで付いてくるもんさ。

…あんまり女々しく泣きわめいてると、モテねぇし…お里が知れちまうぞ?。」


レフは、心の中で(つぶや)いた。


レフ「いやだから、同郷だろ?。

軍曹も話聞いてなかったのかよ…。」



舗装されてない道なき道を、兵士らは駆け続けた。

ジェルは言った。

訳の分からない雷雨を生き残った俺達に、敵う敵などいない。

高い山を越えた事のない連中が、越えた者を倒せはしないのだと。

勿論、世の中はそんなに分かりやすく単純な理屈では、動いていない。

しかし、落ち込んで、憂鬱(ゆううつ)で、塞ぎ混んでいたアナトリーには、それも(あなが)ち間違いではないと思えた。

その単純な力関係が、彼を少し穏やかにしてくれたのだった。



時刻は5時50分。

真冬の日の出は早いが、それも東側に延びるロパチン山脈のせいで、未だにその(ふもと)の道は、薄暗く冷えていた。


チロット市が間近に迫ると、通信係が砦に連絡した。

別動隊を察知させない為に、砦同士で交戦状態に陥ったのだ。

遠目に聞こえるドンパチも、彼には絵空事に思えた。

麓から降り壁に接近すると、太陽が見えた。

憂鬱な心を消し去ってくれる仲間と、冷たい暗黒の世界から抜け出してきた。

そんな彼に太陽は、偉大なその明るさと暖かさで、穏やかさを与えてくれた。

彼はただ、東の空から広がる東雲(しののめ)に心を惹かれ、見とれていた。


そして壁の穴に近付くと、彼等はチャリオットを降りて、潜入の準備を整えた。

穴はかなり高い位地にあり、兵士達はワイヤーを伸ばし、そこから伝って入っていった。



一方カイ市では主にポンヤウンペ1人の戦力で、ポロナイスクや南区、中央区の一部を攻め取っていた。

中央区を攻めた事で、シュウジには行きたい場所が出来た。

それは、アイナが居る病院である。

しかしシュウジが直接向かう事は出来ないので、彼は、右腕であるプラーミャを(つか)わせた。


混乱の様相を見せる院内、容易(ようい)に窓から侵入出来た。

プラーミャは、病床に横たわる人を、しらみ潰しに見て行った。

暫くすると、アイナが見つかった。

プラーミャは久々に見る見慣れた少女に、思わず顔を近付けた。

眠れる瓦礫の森の美女。

そう言える程、彼女は美しかった。


プラーミャは頬擦りをした。

ただその体温を感じたかったのだ。


すると、アイナが目を覚ました。

怪我が大分癒えていたので、もう意識は元に戻っていたのだ。

王子の熱いキスで、眠り姫が目を覚ました訳ではなかったが、同じ位の暖かさがそこにはあった。


目を覚ましたアイナもまた、見慣れたそのズヴェーリの頭を()でた。


アイナは、目が覚めたら義務付けられていた、ナースコールを押した。

そして看護婦が来るまで、ズヴェーリを見つめていた。


アイナ「久しぶり、プラーミャ。

私の頬を(さす)ってくれたのは、あなた?。


…目が覚める前にね、懐かしい夢を見ていたの。

それは雪が降ってた日に、私が友達と喧嘩した時だったわ。

あの岡の上の公園で、1人ブランコで落ち込んでたの…。」



5年前


当時11歳のアイナは、学校で友人と喧嘩し落ち込んでいた。

喧嘩の理由は些細(ささい)なもので、当時流行りのポップ音楽に興味を持てず、その趣味の違いから仲間外れにされた事であった。

当時の彼女は、既にチェリミンスカヤにゾッコンで、流行りのイケメンアイドル相手に、ミーハーには成れなかったのだ。


太陽の光さえまともに届かない、(かす)んだ冷たい雪国。

雪解け水で濡れたブランコの冷たさも、傷ついた彼女にはどうでも良かった。


そこに1人の少年が現れ、隣のブランコに座った。

その少年は話しかけてきた。

アイナが自分には呼び捨てでも良いと言うと、彼は遠慮もせずに呼び捨てにしてきた。

時々乱暴な物言いをしていたが、時々感じさせる無邪気さや、優しい雰囲気。

次第に彼女は、喧嘩の事等忘れていき、その少年との会話を楽しんでいた。


その少年が、シュウジであった。

時間を気にし出したアイナを見て、彼は勢い良く立ち上がった。

そしてこう言った。


シュウジ「ねぇアイナ、また辛くなったら、俺がアイナを守ってあげる!。

だから安心して!。

でもその代わりに、俺が苦しい時は助けてよね!。」


アイナ「シュウジ君が苦しい時って、どんな時?。」


シュウジ「算数の宿題してる時!。」



激しく共感したアイナは、そのバカバカしさに笑ってしまった。

それから2人は、途中まで同じ方向である家路に就いた。

少し先を歩くシュウジの後ろ、彼の姿をアイナは見ていた。

シュウジの後ろ姿は、防寒具でまん丸に見えた。

小さな足を出してヨチヨチと歩く彼に、アイナは悪戯をしてみたくなった。

彼女は、手に雪玉を持って彼の名を叫んだ。


アイナ「シュウ!!。」


シュウジ「ん?、シュウって誰…?。」


振り返る彼の顔に、手の平の雪玉を投げつけた。

ムキになったシュウジは、直ぐ様反撃してきた。

2人の距離はどんどん近づいていった。

それは最後、お互いの顔を冷たい指でただ揉むという、泥仕合と化していた。

自分達のバカバカしさに、またしても2人は笑った。


アイナ「ここでお別れだね、シュウ。」


シュウジ「ねぇ…アイナ。」


小声でそう(ささや)き、じっと見詰めるシュウジ。

彼にアイナは、そっと顔を近付けて、どうしたのかと尋ねた。


シュウジ「やっぱ近くで見ると、可愛いね…。」


そう言ってシュウジは、まん丸な背中を向けて、枝分かれした道を走っていった。



現在



アイナ「記憶の中では、シュウジの指は冷たかったのに、夢の中では暖かかった。

そして目が覚めたら、あなたが居たのよプラーミャ。

…私を見詰めるその顔、シュウみたい…。」


プラーミャは彼女の言葉を理解していない。

プラーミャはただ、照れて赤くなる少女を、見詰めていたのだった。

看護婦がやって来ると、プラーミャは走り去っていたった。

行き先は、シュウジの元へである。



一方の青山地区では、砦での戦いが激化していた。

訓練を積んだだけの数で勝る武士、そして少数だが実践経験豊富な兵士。


同じウンマに跨がる、制服が異なる人間達。

互いに異なる日常、そして夢の為に、鬼気迫る殺し合いを繰り広げた。

高速で駆けながら、一瞬の近接格闘になる。

敗れた者は大地に蹴落とされ、血飛沫(ちしぶき)と断末魔をあげるが、誰もそれには構わない。

後続も、ただその側を駆けていくのみである。


戦場にあるのは同じだけ体を赤く染め上げた生き物が、1人また1人と大地に、転がっているだけである。


先に敵の砦に近付いたのは、正規軍の騎兵隊であった。

敵の出撃を抑えて、その間に僅かしか居ない空戦部隊が、砦に張り付く。

張り付いてもすぐに、砦から出てくる刃に体を切られ、墜落していく。

更に屋上まで昇りきってしまい、毒や炎で瀕死になり、そのまま地面に叩きつけられ、肉片と化す者も居た。

時にそれらは、地上の味方に衝突し、無駄に命を奪う事にもなった。


これが5秒~10秒の短い時間に、数多繰り返される。

激戦地と呼ばれるこの場所は、当にこの世の地獄、修羅(しゅら)であった。



ガソリンタンクに接近し爆発させた。

しかしすぐに発見されてしまい、部隊は一心不乱に逃走を図った。


穴に最も近いアパートに入り、そこから階段を駆け上がって、急いで穴まで向かった。

しかし、兵士達が群がるアパートは大きな的となり、武士団達からの集中放火を浴びた。


そして多くの兵士達が犠牲となり、残った兵士達も散り散りとなっていった。



レフ「大丈夫か、トーレニカ!。」


アナトリー「はい、リョーヴァ上等兵…。」


レフ「ここは、隣のアパートだ…。

前の戦闘で既に穴が開いていて、そのお陰で衝突せずに済んだんだ。

トーレニカ、ここにいるのは2人だけだ…。

足音が聞こえるし、時機に武士達に見つかるだろう。

麻縄を俺が持っているから、お前はこれを伝って降りて、壁の外の仲間達を呼んできてくれ!。

100程度だ、走ってこい!。」


アナトリー「ちょ、ちょっと待って下さいよ!。

1人で降りてったら、絶対に殺されるじゃないですか!。」


レフ「ここに居たって殺される!。

階段を上ってくる敵とここで交戦する方が、死傷率は高い!。」


アナトリー「嫌です…死にたくないんです…!。

1人にしないで下さい!。」


レフ「泣くなよトーレニカ…。

貴様…それでも(おとこ)か!。」


アナトリー「気合いでどうにかなるもんじゃないですよ!。

今なら…何でカイ市からグロームへ帰ろうと思ったのか、ハッキリ分かります!。

死んだリクを見て、理性を失ってたんです…。

それで、あぁはなりたくないと思ったんです!。」


レフ「ならばどうしてその後、軍人になった!。」


アナトリー「それは今朝話しましたでしょ?。

上等兵、聞いてなかったんですか?。」


レフ「聞いてたさ…。

ちゃんと…。


トーレニカ、お前は言ったよな。

今すべき事があるこの場所に居たいと。

お前が今すべき事は、何だトーレニカ!。」


アナトリー「生きられる可能性の為に、死を覚悟しろって事ですか。

敵がうようよ居る中に飛び込めば、十中八九死ぬのに…ですか?。」


レフ「大丈夫だ、お前は死なない。」


アナトリー「どうしてそう言えるんですか!?。

適当な(なぐさ)め言わないで下さいよ!。」


レフ「いいかトーレニカ…。

自分の選択で、ここまで来られたお前は強い!。

グローム町に生まれ、何もせずに流されていれば既に、一介のクズになって死んでただろう?。

だがお前は楽な道を選ばず、茨の道を選んだ!。

カイ市へ単身で向かい度胸を身に付け、グロームに帰省して被雷(ひらい)した。


他にも被雷した兵士は沢山居た。

しかし彼等は、火傷を負っていたり五体満足でない体を見て、絶望から生きる事を諦めた。

死を渇望(かつぼう)したんだ!。


リクに続いて故郷を失っても、それでもお前は生きる事を選んだ!。

そうして、お前は自分の居場所である、仲間の居るこの場所に来られた!。


自分で正しい選択をして来られたお前なら、敵に遭遇しても、障壁に遭遇しても、正しく対処出来る筈だ…。」



一方の中央区、タケダの騎馬武者達は、味方と信じていたポロナイスクからの部隊が味方でないと知った。

しかしそれは、決して騎馬武者達を襲ったからではない。


戦闘をする騎馬武者達を包囲し、中央区での戦闘を中断させたのである。

それやがて、ワール市でも同様の効果をもたらし、各地で戦闘が停止したのだった。


長老「どうしたんだい、ポンヤウンペ。

どうして、攻撃を止めるんだい?。」


シュウジ「プラーミャが、教えてくれたから…。

アイナが目を覚ましたって事を、教えてくれたから…。

アイナの身が危なくなるかも知れない…。

だから俺は、もう戦わない!。」



説得されたアナトリーは、壁まで走り抜け、無事に穴に辿り着けた。

そして仲間に援護を求め、チロット市内で撤退戦になった。

しかしその撤退戦の合間に武士団棟梁のダオは逃走し捕縛しそびてしまう。


チロット市内での戦闘を終結させ青山地区を解放した正規軍だったが、戦争を終わらせる事は叶わなかった。


しかし、拠点を失った事で武士団は瓦解した。


こうして、青山戦争に於ける前哨戦(ぜんしょうせん)は終結したのであった。

歴史から見れば休戦期であるこの時期に、戦犯として逮捕された武士団の(しょう)達は、全員A級戦犯として処刑された。

しかし一部の部将、軍師らは逃亡し、各地で潜伏する事となる。


この裁判事態は先の戦争とは異なり、戦闘に関係ない第3国に依る裁判だった。

つまり、勝者“北方の大国”に依る、裁判という名の不公平な怨念(おんねん)返しではなかったのだ。


そして先住民会に依る蜂起の全容を、マクキッド副首相は把握し、極秘に拘束(こうそく)していた首魁(しゅかい)シャクシャインを、絞首刑に処した。

だがその一方で、副首相は先住民が受けた境遇が蜂起の原因だど、歴史的背景を理解していた。

その為先住民会は存続、蜂起は武士団に依る恐喝(きょうかつ)の末、彼等には選択肢がなかったとした。

3大トゥリーニルの制度も、継続される事となった。

トラゾウは、表向きには戦死したというシャクシャインの後続として、王者となって、トラゾウの後をアイノネが継ぐ事になった。


しかし、アイノネはPTSDを発症し、暫くは3大トゥリーニルは2人だけという事になった。


そして、直接的に戦闘を止めたシュウジは、カイ市戦闘終結の“英雄”として讃えられた。

そして彼は、ズヴェーリを用いて戦争を終結させたとして、“獣王”の称号を与えられたのだった。


州自治体が編集した、この戦時中の物語。

それを信じた民衆は、シュウジを“英雄”と讃えたが、シュウジ本人は、夢を汚い形で叶えた事で、罪悪感と劣等感に苛まれる事となった。

彼が戦闘を中断させ、被害を最小化したのは事実だ。

しかし、彼が望んだトゥリーニルの最高位と考えた“獣王”には、不適任と思わざるを得なかったのだ。

決勝を戦うトゥリーニルとしては、アイノネに敗れた。

つまり彼はライバルを越えられず、“獣王”としても、確かな努力を経て、“獣王”と成ったシャクシャインとは歴然の差があった。

つまり、彼は『一』番に『秀』でたトゥリーニルでは、『無かった』のだった。


だが彼には希望があった。

アイナである。

彼女が生きていたからこそ、彼は曲がりなりにも“獣王”にも成れたし、戦争で被害を少なくする、大きな決断も出来た。

彼の決断がなければ、もしかすればアイナだって被災して死んでいたかも知れない。


拡大解釈をすれば、最愛の人を守る為に戦った“英雄”。

シュウジは確かに、そうであったのかも知れない。




シュウジはこれから、“獣王”として生きていく。

自分の想像した通りの、理想の“獣王”になる為、彼の努力は終わらない。


最終話 終

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