第32話 逆襲
第32話
逆襲
カイ市中央区での戦闘で、多くの死傷者が出た。
気が付けば、日にちは既に、12月24日の夜を迎えていた。
クリスマスイブである。
例年ならば、恋人達で溢れかえる素敵な聖夜。
それも今年は、見られそうにはなかった。
恋人達の優しさに包まれる穏やかな夜は、悲鳴と轟音が鳴り響く、血にまみれたサンタクロースが、トナカイではなくウンマと共に横たわり、命を失っていた。
余談だが先住民達はアイヌ、ウィルタ、ニヴフ共に、トナカイに股がり狩猟を行う民族であった。
アイヌが“南方の帝国”とも交流を持ち出した19世紀に、“南方系”の言葉でも、同様の動物を指す言葉が「トナカイ」となった。
つまりトナカイとは、アイヌ語なのである。
この頃先住民会の面々は、オタスの杜でとある人物を待っていた。
シャクシャインが、誰かと面談をするらしかった。
やがてノックが鳴ると、現れたのは見るからに“南方系”の男であった。
その男はシャクシャインの前で、偉そうであった。
余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)のその男は、まだ自分の置かれている状況を、理解していなかったのだ。
先住民会に蜂起を促すこの時の為に、彼はカイ市内に、4ヶ月前から潜伏していたらしい。
しかし、それは全くの無駄に終わるのだった。
男「…それで、シャクシャイン君。
君は、何故私がここに居るのか分かっているね?。」
シャクシャイン「えぇ勿論です。
キムンカムイの為に儂ら先住民に最後の協力を、せがみに来られたのでしょう?。」
男「せがむ?。
違うぞシャクシャイン君…。
私は特別に君達に、頼まれに来たんだよ。
願いを聞いてあげに来たんだ。
分かるか?。
キムンカムイを殺さないであげる代わりに、君達に蜂起を、させてあげるのだよ。
名誉ある武士団と共に戦得るなど、貴様らには余りある幸いだぞ。
聞けば、先住民は一部の魑魅。
この国の言葉で言う所のズヴェーリを用いると、その強い意志疎通の能力で高い戦闘能力を誇るとか。」
シャクシャイン「何故、一部のズヴェーリ等という言い方をされるのですかな。
我々と強い繋がりを持つのは、この島の固有種であり、儂らに日々の恵みを与えてくれる存在。
即ちカムイです。
一部ではなく、この島の固有種です。
儂らの島の、儂らのカムイです!。」
男は「そ、そうか…。
まぁ良い。
そのカムイとお前達が居れば、その数と質両方が優秀な戦士として、高い戦力となる。
そして、全く無防備なカイ市南のポロナイスクから、奇襲を行うのだ。
それならば、必ずや敵司令官と副首相を…討ち取れる。」
シャクシャイン「そうですか…。
所で、1つ確認があるのですが…。
もし我々が蜂起をしなければ、どうなりますか。
いや、蜂起はするが…あなた方には加担しないとすれば…どうなさいますか?。」
男「何が言いたい…?。
貴様、キムンカムイがどうなっても良いのか?。」
シャクシャイン「実は…既にキムンカムイが、あなた方の手にないことは、分かっているのですよ…。
8月11日のカイ市攻撃で、地震が不発だったのも、何故だか分かっているんですよ。
そしてそれでキムンカムイが、もうあなた方の手から抜け出し、野生に帰っている事も。」
男「ど、どういう事だ!?。
貴様、何を知っているんだ!?。」
シャクシャイン「…まだ分からんのか?。
そなたらは、儂ら先住民を操っていると考えていた。
しかし、実際はその逆であった。
儂ら先住民が、そなた達を手玉に取っていたのだよ!。」
男「そんな事をして、ただで済むと思っているのか、シャクシャイン!。」
シャクシャイン「黙れ、下郎!。
そなた如きに儂の名を呼び捨てにされる、筋合いはないわ!。」
本性を表したシャクシャインは、隣の部屋に居たトミカムイに指示をした。
そしてトミカムイは、その尖った頭部で男を突き上げた。
断末魔と共に噴き上げる血は、シャクシャインを高揚させた。
角を滴り落ちる一滴の血の雫は、彼に取っては、これから始まる“島外の者達”への復讐劇の最初の一歩、最初に捧げられた命であると、そう思えたのだ。
シャクシャイン「今まで、我々は不遇の時を過ごしてきた。
ただ先祖から受け継いだ土地で、ただ当たり前の暮らしをしていたのだ。
それを“外”から来た者達は、勝手な都合で儂らの土地を奪い、続けて文化を壊していった。
これはその報いじゃ。」
隣の部屋に隠れていたトラゾウ、ヤスノスケ、長老、そしてユーリとシュウジ。
彼等は、語りだすシャクシャインの元へ、自然と集まりだした。
そして何を口にする訳でもなく、ただ立ち尽くし、耳を傾けていた。
シャクシャイン「儂らはただ先祖より受け継がれてきた、カムイとの繋がりを用いた。
そして、儂ら先住民の地位を高める為、トゥリーニルとして闘って来た!。
そうそれは儂らの、未来を創る為の戦いだったのじゃ!。
しかし、それでさえも“島外の者達”である民衆達は、先住民達の勝率を訝しみ、八百長を疑った!。
儂らがその地位を確率し、実際にそうする前からじゃ。
儂がトゥリーニルで、先住民の地位を向上させたとして得た“獣王”の称号。
それすらも…何も学ばない愚かな民衆は、儂らを神経が図太いだと身の程知らずだと、悪戯に罵り嘲り笑ってきた!。
しかし…それももう終わりである!。
これから儂らは儂らの島で、正当な自由を手に入れるのだ!。
その為に今日…蜂起する!。」
こうして先住民達は、蜂起をした。
その内訳は、3大トゥリーニルやその後継者、そして“英雄”ポンヤウンペであるシュウジを筆頭に、全ての先住民達であった。
12月25日、午前の内。
まだ空は、暗闇が街を包んでいた。
数日経っても暴れ続けるタケダの騎馬武者達に、 中央区の正規軍は、激しく兵士を消耗していた。
そんな激戦区の中へと繰り出される、1人の兵士が居た。
彼は“大国”の正教会に属し、キリスト教を信仰していた。
信心深く敬虔な彼は、恐らくこれから死ぬであろう自からの身を案じ、主である神へ、慈悲を乞うていた。
空を見上げると、そこには月が光輝いていた。
そんな彼が目にしたのは、彼の神ではなかった。
宇宙に神は居なかった。
そう言ったガガーリンの言葉は、ある種のあやまりだったのかも知れない。
彼が目にしたもの、それは夜空を覆い尽くす程の、飛行する集団だった。
しかし、彼はおかしいと思った。
タケダの騎馬武者達は、建物の中にさえ入り込み、空からの攻撃を防いでいる。
つまり、空戦部隊に活躍の機会はなかったのだ。
…彼が見上げていたのは、味方の空戦部隊ではなかった。
誰しもが空を見上げていると、警報が鳴った。
敵襲を知らせるラッパであった。
普段は攻撃前に士気を上げる為に用いるものだが、余りに予想外の襲来に際し、慌てて吹かれたのだった。
空から降り注ぐのは、雲の中の雹と、地上を全て焼き払う程の、炎であった。
その大火は中央区中を焼き払い、それを西区から微かに目撃していたドレイクは、グロームの二の舞となったカイ市に、絶望するのであった。
地面に散らばり溶けなかった雹には、もれなく兵士の血がついていた。
その周りには、打ち所が悪く、体を強打した兵士が倒れていた。
そう、彼らの前に現れたのでは、彼らが神の子と崇める、慈悲深い救世主である神ではなかった。
彼らの前に現れたのは、カムイであったのだ。
この無数のカムイに命令をしていたのは、他でもないポンヤウンペ、シュウジであった。
襲撃を行ったのは、空のカムイ達だけではなかった。
地上の先住民達が、各々の戦いを繰り広げていたのである。
シャクシャインやトラゾウは、トゥリーニルとしての力量を示した。
彼らの地位は、八百長のみで支えられたものではなく、彼等には確かな実力があったのだった。
そして戦う先住民の中には、アイノネの姿もあった。
その時アイノネは、ただ1人彼のズヴェーリであるトゥレンペと共に、数名の兵士に囲まれていた。
絶体絶命の筈の彼は、この状況に於いても、涼しい顔をしていた。
全体的に不安等感じさせない、神妙さを纏っていた。
子供であっても、同胞を殺したテロリスト。
兵士らの目には、彼が悪魔に見えていた。
そして、兵士のズヴェーリがアイノネに手を出そうとした、その時。
突然、兵士が悲鳴をあげた。
体勢を崩し、顔を歪めている。
体に一部、3cm程のから血を吹き出して、床に伏せていった。
次々と倒れる仲間の兵士を見て、この状況に恐れをなして逃げていく最後の兵士。
遠ざかるその背に容赦なく穴が空き、そして血が吹き出していく。
足を滑らせ、顔面を地面に強打したまま、起き上がる事はなかった。
彼等は、狙撃されたのだった。
アイノネ「凄いなぁ…。
もう出て来ても良いよ!。」
そういって、狙撃手は姿を現した。
ヴァシリ「百発百中、凄いでしょ!。」
アイノネ「凄いよ、ヴァシリ!。
もうズヴェーリの毒針吹きも、すっかり使いこなしてる!。
立派なトゥリーニルに成れるよ!。」
ヴァシリは先住民ではないが、帰る場所がない彼は、アイノネが居る所が自分の居るべき所だと、そう考えたのだった。
だがそれは、ある意味アイノネに取っても同じ事であった。
彼はテロでリクを失い、人生で最も悲しい日々を過ごしていた。
そんな彼が、テロに加担し人やズヴェーリを殺める事に、何の躊躇いもない訳がなかった。
しかし彼はそこで、改めて思い出す事になった。
自分が何の為に戦うのかを。
そこで彼は自分が戦う理由が、自分の想像した未来を創りたいだけではない事を、思い出したのだ。
ヴァシリ「なぁアイノネ兄。
本当に、戦争やってて良いの?。
その…リク兄だって…これで死んじゃったのに…。」
アイノネ「良いんだヴァシリ。
だって、僕はリク兄やお父さんに言っちゃったから。
僕は、3大トゥリーニルになるって。
そうなるには…今は悲しいけど、お父さん達の言う事を聞いてた方が、良い筈だから…。」
ヴァシリ「自分に言い聞かせてるだけじゃない…?。
アイノネ兄…?。」
アイノネ「そうかもしれないよ…ヴァシリ。
でもリク兄が居なくなってから、どれだけリク兄が僕の中で、大きな存在だったか気が付いたんだ。
リク兄は、仲間っていうものが人生で最も大事だと言ってた。
特に家族は、一番大事だって。
家族は、一番密接な仲間なんだって。
その仲間が居る所を、“居場所”って言うんだって…。
だから…僕に取って一番の仲間…そのリク兄やお父さんが居る所…。
それが僕の居場所なんだ!。
だから僕は、自分の居場所の為に、どんな敵とだって戦うんだ!。」
自分の居場所を守る為、家族を失った悲しみの業を繰り返し、誰かの家族をその手で奪う。
彼は悲しみの連鎖を、断ち切る勇気を持たない。
幼さか、いやそれは人の性だろう。
そういう人の弱さと自分勝手という性に抗えず、彼はまた大事な者を失うのだった。
まともな顔をして、もう後戻りできない程の、狂気の沙汰を見せるアイノネ。
そんな彼と、既に自分が体験したよりも更におぞましい、非道な事をした自分。
ヴァシリは、それらから現実逃避をしたくて、目を反らした。
その瞬間だった。
ヴァシリが狙撃されたのである。
アイノネは彼を物陰に運び、身を潜めた。
しかし、ヴァシリはもう虫の息であった。
アイノネは泣きじゃくった。
そしてヴァシリに覆い被さり、僕に連いて来ないで、逃げるべきだったと叫んだ。
しかしヴァシリの顔に、悔いは見受けられなかった。
ヴァシリ「アイノネ兄が居なきゃ、とっくに死んでたよ…。
僕も“居場所”の為に…戦っただけ…。」
ヴァシリは静かに息を引き取った。
しかしその顔は、穏やかで幸せに充ちていたのだった。
第32話 終




