第2話 初めの1歩
第2話
初めの1歩
ユーリ「ヤスノスケさんからの頼まれ事も増えた事ですし、速く出発しましょう!。」
アイナ「そうね、でも地震にズヴェーリが関わってるなんて知らなかったわ。
…なんだろう、カイ市に行く事が急に怖くなりだして来たわ…。」
シュウジ「でも、地震だって毎日起きてる訳じゃないし、大会が終わったらすぐに帰ればいいでしょ?。」
ともかく3人は、すぐに出発した。
シュウジは、生まれて初めて故郷の小さな町を抜け出し、最早これだけでも冒険をしているという実感が沸いていた。
最初の予選大会がある場所は、旧都ユジノハラ市。
かつてはここカラハット州の主な地域であるカラハット島で、最も栄えた都であった。
3人はナチナ町を出て、整備されたアスファルトの上を歩く。
田舎町の歩道には、その3人の足音以外に音はなく、それだけが周囲に響き渡っていた。
しばらくすると。
アイナ「はぁ…暫く歩いたのに、全く景色が変わらないわ…。
ねぇ、シュウ、ユーリ。
ここら辺に…その…トイレってあるのかな…?。」
シュウジ「何だよアイナ、済ませてから来いよなぁ。」
ユーリ「アイナ、僕はこの道を良く通ってユジノハラ市に行きましたから分かりますけど、トイレは市までないですよ?。」
アイナ「ユジノハラ市ってどの位かかるの?。」
ユーリ「2日位です。」
3人の足が止まる。
アスファルトの上を歩くスニーカーの軽い音は、突然途絶えた。
辺りは無音になり、1人冷や汗をかくアイナを中心に、3人の周りは不穏な空気に包まれた。
アイナは言わずもがなであるが、シュウジに至っては、この何も変わらない田舎の景色があと2日間も続くのかという衝撃があった。
こんな地味な旅があっていいのか、そういった衝撃であった。
アイナは駆け出した。
こんなに人目のない所でも、もっと姿を隠せる所を探していたのである。
そしてそれを見つけたアイナは、後を追ってきたシュウジに、顔を赤くしながら見張りを頼み、シュウジが承諾する間も与えずそっと物陰に隠れた。
アイナ「ぜ、絶対に誰も近づけちゃダメだからね!。」
シュウジ「分、分ーったよ…。」
顔を赤くした虚ろな目をしたアイナに頼まれ、おどおどしている内に今の現状になった事を、シュウジは冷静に理解していった。
シュウジ「あんなに顔赤くして頼むのは反則だろ…。」
アイナ「何、何かいった?。」
シュウジ「な、何も言ってねぇ!。」
遅れてやって来たユーリは息が上がっていた。
頭が良いガリ勉は、運動が出来ないらしかった。
シュウジ「なぁユーリ、ちょっと気になったんだけど、アスファルトって誰が造ってるんだ?。」
ユーリ「それはですね…。」
男「道を造ってるのは我々だ。」
ユーリが答えかけた時、見知らぬ男が声を掛けてきた。
ユーリはこの男の服装を見て、とても驚いていた様だった。
それもその筈、彼らはNIsカンパニーというカラハット州で有数の大企業であり、カラハット州のインフラ整備のほぼ全てを行っている会社なのであった。
また他にも建物造りをし販売なども行う、民間デベロッパー会社である。
彼らはカイ市等の都会に住む者達からは、安い金額で強度の高い安全な建物建設やインフラ整備を行う会社として、州で一番の優良企業と呼んでいた。
だが、彼等には黒い噂があった。
島の西北部に位置する青山地区にて、州の自治体に対して都会と青山地区の格差を埋める様に求めるデモを煽動しているとの噂であった。
何はともあれ有名な企業の人間と偶然出会った事に少し感動していた物好きなユーリは、シュウジに彼等の事を説明した。
しかし微塵も興味が無かったシュウジは、今この状況を作り出している元凶である、この話し掛けてきた男に敵意を剥き出しにした。
シュウジ「おめぇ、でっけぇ会社の人間が、作業中にくっ喋ってていいのか?。」
男「なんだと、クソガキ!。」
ユーリ「ちょっとシュウジ、止めて下さいよ!。」
男「フ!。
貴様の様なガキんちょに腹を立ててしまうとは。
お前は何者だ、少年よ。」
シュウジ「俺か?、俺はこれからユジノハラ“闘獣”の予選に出場して、いずれは“獣王”になる男だ!。」
男「そうか、お前は“獣王”になるのか。
フッハッハッハッハッハ!。
若いなぁ。
来い少年、我々の作業を手伝うズヴェーリを見せてやる。」
シュウジ「作業を手伝うズヴェーリ?。
あ、ちょっと待ってくれよ。
知らない人には連いて行くなって親から言われてるんだ。」
男「何だ可愛いげのあるガキじゃないか。
私の名前は、タケダだ。
カラハット島南部の総責任者だ。
怪しい男ではない。
その事は、このユーリ君が証明してくれているであろう?。」
タケダ(武田)
坊主で、大きな髭を拵えた男。
身長は160cm台前半の50代。
タケダ「そうだ、ズヴェーリは人間社会に溶け込み、今は工事関係には欠かせない存在だ。
その力強さや、地中や水中でも活動できる各種のズヴェーリは、科学が未だ満足に発達していないこの時代に於いて重要な資源なのだよ。」
そしてシュウジらは、彼等の休憩所兼作業基地へ案内された。
さっきまでいた道のすぐ脇にある崖の下、約3m程にそれはあった。
そこにはあらゆるズヴェーリや、泥だらけになりながらも煌めき立ち、笑う作業員達がいた。
タケダ「同じ釜の飯を食らい同じ作業をし、同じ寝床で寝る。
そうして一心同体になれば、我々はより良い作業を行う事が出来るのだ。
…聞いておるのか少年?。」
シュウジは、男の言葉等は耳に入ってきていなかった。
ただ目の前に居る見た事もないズヴェーリに目を奪われていた。
おぞましい見た目をしたズヴェーリでさえも、どこか愛らしく見えてくる。
それくらい、笑顔の人間達に溶け込んでいて、ズヴェーリらも作業員の一員なのだと思った。
しかし、そこには奇妙な人達も居た。
作業員達は、お揃いのオーバーオールの作業着を身に付けていた。
しかし、即席のプレハブ小屋の近くに居たのは、オーバーオールではない格好をしていて、物々しい雰囲気の者達であった。
その者達の周りのズヴェーリも、同じ様な雰囲気であった。
それはまるで、小屋に出入りするメガネを掛けたスーツ姿、丁度ユーリの様な賢そうな人間達を、守るかの様だった。
しかし、一体何から守っているのだろうか?。
いや、そもそも守っているのだろうか?。
とにかくシュウジは、穏やかとは程遠いその男達とその回りに居るズヴェーリの殺気を、確かに感じたのであった。
気がつけばユーリと男は隣で話し込んでいた。
退屈過ぎてうとうとしだしたシュウジは、うっすらと聞こえてくる二人の会話を聞いていた。
丸刈りの代表取締役の男は、その人を見る目の良さからやたら一部の幹部からは評価されているが、その権謀術数な性格から彼を憎む者も多いという話しであった。
実際にツジという人は、彼に見出され出世したが彼の担当していた青山地区のとある地域は経済的にこそ成功したが、貧困の格差が広がる等してしまっていたらしい。
更に、土地の事を考えない乱開発によってズヴェーリの住みかを破壊し、世間的にも非難された人間であった様だ。
調教されていない野生のズヴェーリはとても危険らしく、森林や海等の人里から離れた場所には未だ彼等の脅威が存在しているらしかった。
タケダ「おい少年。
君は、今期のカイ市で行われる予選に行くのか?。」
シュウジ「当ったり前だ。」
タケダ「そうか、カイ市にまで行くのか…。」
タケダが言った言葉、そしてその時に見せた表情は、今朝父親が見せたものと同じであった。
既視感のあるその雰囲気に驚いたシュウジは、咄嗟にどうしてそんな顔をしたのか聞こうと思った。
しかし、タケダは部下に呼ばれてここを後にした。
一足遅かったと思ったシュウジであったが、ユーリとアイナも立ち上がった事で自分も行かねばと思い至り、ユジノハラへ向けて足を進めたのだった。
第2話 終