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ズヴェーリ 英雄叙事詩   作者: 乘
第4章 新たなる“獣王”編
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第27話 カラハット武士団

第27話


カラハット武士団



無事に戦線離脱を図れた兵士達は、ヤナ連隊長を筆頭に再び集結した。

しかし、遠くに聞こえる雷霆(らいてい)に兵士をらは怯えた。

もし戦線復帰をしても、部隊として壊滅した満身創痍のヤナ連隊では、抗う事は出来なかった。

ヤナはむざむざと完敗した自分を(なじ)りながら、任務の遂行を困難と判断、そのまま残存兵達を連れて、カイ市迄撤退を開始したのだった。


一方、ヤナからの連絡を受け取った軍長官ダニエル・グリムスは、勝手に軍を動かした事をハリー副首相に釈明した。

というのも、グリムス長官は独断で軍を動かす際に、それの発覚を遅らせる為に少数精鋭を動員した。

それ位、軍を無断で動かす事は重大事なのである。

しかし、青山にたまたま派遣されていたTVニュースの特派員に、戦闘の模様をスッパ抜かれてしまったのだ。

副首相はそれを問い質した後、目的を達成出来たなら不問にするという話をつけていた。

しかし撤退した部隊を前に、グリムス長官は釈明したのだ。

罷免(ひめん)を恐れたグリムス。

その理由は今回こそは失敗したが、将校として優秀なのは自分だけであり、武士という、精神力と死を恐れない勇猛さを持つ敵と戦えるのは、自分だけだという意志があったからであった。

守りに入らず、カイ市で防衛戦を主軸にしながらも攻めに入る為に、グリムスは副首相を説得しようと、多額の賄賂(わいろ)を贈った。

つまり、違法なお金で黙らせたのである。

政敵達にも騒がれないように、同様の行動を取った事は、言うまでもなかった。


そうして開かれた高級将校達との会談で、武士団の侵攻先を予想し、攻められると予想したカイ市北区、北部を中心に防衛軍を展開させ、全面的に迎撃する戦闘態勢を取る事になった。



一方その頃、神威(かむい)の森に侵入し、北からロパチン山脈を越え、青山地区を抜けようとしていた武士団。

今まで以上にゆっくりと動く団員達は、談笑していた。


神威(かむい)の森という名前の由来は、カムイがかなり密集しているからだ。

青山の草原よりも危険なその世界では、当然その分、草原よりも更に低速度で動くだけであった。


武士団本隊総大将カクは、ここまで来られた事を大いに讃えていた。

そして同時に、先程の異様な雷が何だったのか、それを話していた。


カク「先程の雷、かなりおかしかったと思ったのは、私だけであろうか?。」


ツジ「自分には、天罰という風に見てとれましたな。

天が、北方系の“北助(ほくすけ)”に怒って居るのでしょう…。

それか、我々の当初の作戦で行おうとしていた、空戦部隊の攻撃が引き起こした奇跡であるのではないでしょうか?。

“帝国”の飛行部隊は自殺攻撃をすると、言われていました。

その理由は、神風特別攻撃隊、通称“特攻隊”に依る、体当たり攻撃です。


かつて大元蒙古国(だいげんもうここく)の侵略という国難の際に、記録に残る限りでは最後の追い討ちを掛けた台風を、神風(かみかぜ)と称しました。

それを人為的に再現して、もう一度神風を吹かせ国難を救おうというものでした。


国の興廃を掛けた戦争で、神風は吹いてはくれませんでした。

しかし、正義の武士団が立ち上がった今我々を助ける為に、魑魅(すだま)達があの雷雨という形で神風を巻き起こしたのだと、私は考えています。」



彼はツジ(辻)

カラハット武士団の高官で参謀。

かつてはNIsカンパニーの役員であったが、カイ市テロという局所的な戦闘では司令官であった。

中肉中背、中年のメガネ。



カク「フッハハハハハ。

そんな冗談を言っている場合ではあるまい。

神風は、苦肉の策だった。

魑魅(すだま)達が、そんなものを知っている筈がない。

…しかし、我々が無事にこの森を通れていて、これでカイ市迄行けるのだ。

遂に、我々の悲願を達成出来るのだ。

ここからが、最も難易度の高い攻撃になる。

しかし後はそれだけ、後はカイ市を陥落させるだけで良いのだ。」


ツジ「先代のキノシタ様が大工の棟梁として島に来て、既に半世紀が経っています。

我々の努力が、実を結ぶのですな。」


半世紀前に島へやって来たキノシタは、大工集団の棟梁であった。

そこから集団は成長し、建物や道路の下請けから、それらの建物の運用や販売を行う、民間デベロッパー会社となった。

そこから会社は技術者や経営担当の知識人達が増え、丁寧な作業や接客で、島で最も優良な企業として、一時はカイ市に本社を置く程の大企業となった。


その頃には最後の社長つまり、現在の2代目武士団棟梁のダオが、台頭していた。


カクは、とある日の役員会議の様子(ようす)を回想していた。



過去



ダオ「キノシタ社長、現在我々は青山地区に主軸を置き、この地区を開発しようとしています。

しかし、いつまでそれをなさいますか?。」



彼はダオ。(田尾)

丸刈り頭で、重い一重瞼(まぶた)が特徴的。

身長180cm。

体重66kg。

60代前半。


キノシタ「無論、この青山地区の人々の生活水準を底上げし、日々幸せに過ごせる様になる迄ですよ。」


ダオ「私は、この会社の真の経営理念を知っています。」


キノシタ「ほう、何でしょう?。」


ダオ「不当に奪われたカラハット島を、我々の手に取り返す事です…。

私は、この理念に激しく賛同致します。

我々の両親世代の同胞が、避難中無惨に虐殺された事実に、私は咬牙切歯(こうがせっし)の思いです!。

“北方系”は、祖国の不倶戴天(ふぐたいてん)の宿敵です!。

私は…そう心得ています。」



カクはダオが何の話をしているのか、理解できなかった。

何故なら、彼はダオの後輩であり、そんな過激な理念等初耳であったからだ。

しかし、キノシタはそれを理解して、受け答えをした。


キノシタ「そうですか…。

初めは私もその意気でした。

しかし、それは若気の至りでした…。

今はもう、そんな物騒な考えは持っていません。

私の中にある理念は、私の人生を使って、世界を平らかにしたい事なのです…。


見てご覧なさいよ…このアレク市を。

平和がなければ、ここまでの発展はなかった筈です。

どうしてそれを、壊せましょう?。」


ダオ「どうして?。

(たましい)の為です…。


変わられましたな、キノシタ社長。

巨大企業の(かしら)として天下を取れば、弱腰な事を申されるのですな…。」


キノシタは青山地区という、広々とした大草原が広がる地域を開発しようとしていた。

美しい大草原や神威の森を整理して観光地化し、そしてそこに息づく魑魅(すだま)、この国でいう所の“ズヴェーリ”を保護する自然保護地区等を造ろうとした。


金持ちがカイ市へ移住し、取り残された貧民達で溢れていたこの青山地区を、草花の自然、野生の動物達、そして魑魅(すだま)というそれらの間の存在である、精霊達。

それらが共存する、世界初の“自然都市圏”として生まれ変わらせる事に、残りの生涯を捧げようとしたのだった。


各市に支社を創り、役員を配置した。

彼等に監督された格市では、仕事がなかったり低賃金であった人々を吸収し、仕事を与える事で街を活気付かせていった。

そして外から見れば、各市はNIsの色に染まっていき、それは青山全体でも同じ事が言える様になっていた。


大抵の役員は、キノシタの理念に従った。

生活水準を底上げし、日々幸せに過ごせる様に、仕事を与えて生活出来る様にし、犯罪発生率を低下させ治安を回復させる。

そして公共事業に投資し、公害を防ぐ様に努力していた。


しかし大きな組織となれば、一枚岩ではなかった。

ツジが担当したグローム市は、収益こそ高かったものの、それは暴力の恐怖に依る支配で、一時的なものだった。

その為街ではストレスから犯罪が横行し、治安が悪い劣悪な環境であった。


ツジは優秀な指揮官であった。

立案や実行力を持つ人間で、合理性を求めたその計画性と、恐怖で部下を(まと)めあげる能力は非常に高かった。



その功績から、ツジはキノシタが病に倒れた頃に、ダオに引き抜かれ役員となった。

ダオは、自身の過激な目的を達成する為に、手段を選ばない性格の人間を求めていた。

この時のツジは、出世する為にとにかく会社の利益をあげるという目的の為に、部下を合理性のみで操る冷酷な性格で、そこがダオに好まれたのだった。



現在


カクは溜め息を()いた。

長い時間が経って、今自分はダオの配下として、彼に仕えているのだと。


隣をウンマに跨がり並行するツジは、キムンカムイの事を呟いた。

ズヴェーリ研究所と出会(でくわ)し、キムンカムイを強奪出来たからこそ、今回の一連の作戦の目星が立ったのだと。

当日こそ失敗したが、本来は地震に依りカイ市中心街を破壊し、そこに精鋭の武士で蹂躙し、州自治体を威嚇(いかく)しようと考えていた。

その為に数回地震を起こし、どこで起こせば良いのかと練習もしていたのだった。


キムンカムイの存在でダオを勢い付かせたにも拘わらず、図太くキムンカムイの存在を語るツジに、カクは嫌悪感を抱いた。



武士団が行った行動の全ては、当時カンパニーNo2である専務取締役のダオの権力が、キノシタ発病後に影響力を増した後に起きた暴挙であった。


デモで民衆を扇動する等もし、技術者をズヴェーリから守る名目で存在していた護衛隊。

彼等の戦い方を全ての作業員に叩き込み、民間軍事会社の側面を持ったNIsカンパニー。


彼等をダオは、南方の伝統的な兵士である“武士”と呼び、奮起させた。


寝食を共にする事で、世代を跨いで上下関係を体に染み込ませていた為、“南方の帝国の遺思”を引き継ぐダオを棟梁とした武士団が誕生したのだった。



爽やかな(かすみ)に、風光明媚(ふうこうめいび)な自然が広がる森の中。

そこに息ずく木々や草花、動物や魑魅(すだま)達。

彼等が共生して初めて、この美しい森の極相が出来ているのだと感じられる。

誰しもがその美しさと生命力に惹かれ、誰の頭上も等しく照らす太陽でさえも、木漏れ日として光の視線を向ける時、他よりも贔屓(ひいき)してこの森を見つめている気がした。


この森を抜けると、ワール市。

そこを制圧する事は容易であると考えられる。

そうすればもうカイ市は、目と鼻の先である。



第27話 終

ツジは実在の人物である辻政信をモデルにしています。

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