第27話 カラハット武士団
第27話
カラハット武士団
無事に戦線離脱を図れた兵士達は、ヤナ連隊長を筆頭に再び集結した。
しかし、遠くに聞こえる雷霆に兵士をらは怯えた。
もし戦線復帰をしても、部隊として壊滅した満身創痍のヤナ連隊では、抗う事は出来なかった。
ヤナはむざむざと完敗した自分を詰りながら、任務の遂行を困難と判断、そのまま残存兵達を連れて、カイ市迄撤退を開始したのだった。
一方、ヤナからの連絡を受け取った軍長官ダニエル・グリムスは、勝手に軍を動かした事をハリー副首相に釈明した。
というのも、グリムス長官は独断で軍を動かす際に、それの発覚を遅らせる為に少数精鋭を動員した。
それ位、軍を無断で動かす事は重大事なのである。
しかし、青山にたまたま派遣されていたTVニュースの特派員に、戦闘の模様をスッパ抜かれてしまったのだ。
副首相はそれを問い質した後、目的を達成出来たなら不問にするという話をつけていた。
しかし撤退した部隊を前に、グリムス長官は釈明したのだ。
罷免を恐れたグリムス。
その理由は今回こそは失敗したが、将校として優秀なのは自分だけであり、武士という、精神力と死を恐れない勇猛さを持つ敵と戦えるのは、自分だけだという意志があったからであった。
守りに入らず、カイ市で防衛戦を主軸にしながらも攻めに入る為に、グリムスは副首相を説得しようと、多額の賄賂を贈った。
つまり、違法なお金で黙らせたのである。
政敵達にも騒がれないように、同様の行動を取った事は、言うまでもなかった。
そうして開かれた高級将校達との会談で、武士団の侵攻先を予想し、攻められると予想したカイ市北区、北部を中心に防衛軍を展開させ、全面的に迎撃する戦闘態勢を取る事になった。
一方その頃、神威の森に侵入し、北からロパチン山脈を越え、青山地区を抜けようとしていた武士団。
今まで以上にゆっくりと動く団員達は、談笑していた。
神威の森という名前の由来は、カムイがかなり密集しているからだ。
青山の草原よりも危険なその世界では、当然その分、草原よりも更に低速度で動くだけであった。
武士団本隊総大将カクは、ここまで来られた事を大いに讃えていた。
そして同時に、先程の異様な雷が何だったのか、それを話していた。
カク「先程の雷、かなりおかしかったと思ったのは、私だけであろうか?。」
ツジ「自分には、天罰という風に見てとれましたな。
天が、北方系の“北助”に怒って居るのでしょう…。
それか、我々の当初の作戦で行おうとしていた、空戦部隊の攻撃が引き起こした奇跡であるのではないでしょうか?。
“帝国”の飛行部隊は自殺攻撃をすると、言われていました。
その理由は、神風特別攻撃隊、通称“特攻隊”に依る、体当たり攻撃です。
かつて大元蒙古国の侵略という国難の際に、記録に残る限りでは最後の追い討ちを掛けた台風を、神風と称しました。
それを人為的に再現して、もう一度神風を吹かせ国難を救おうというものでした。
国の興廃を掛けた戦争で、神風は吹いてはくれませんでした。
しかし、正義の武士団が立ち上がった今我々を助ける為に、魑魅達があの雷雨という形で神風を巻き起こしたのだと、私は考えています。」
彼はツジ(辻)
カラハット武士団の高官で参謀。
かつてはNIsカンパニーの役員であったが、カイ市テロという局所的な戦闘では司令官であった。
中肉中背、中年のメガネ。
カク「フッハハハハハ。
そんな冗談を言っている場合ではあるまい。
神風は、苦肉の策だった。
魑魅達が、そんなものを知っている筈がない。
…しかし、我々が無事にこの森を通れていて、これでカイ市迄行けるのだ。
遂に、我々の悲願を達成出来るのだ。
ここからが、最も難易度の高い攻撃になる。
しかし後はそれだけ、後はカイ市を陥落させるだけで良いのだ。」
ツジ「先代のキノシタ様が大工の棟梁として島に来て、既に半世紀が経っています。
我々の努力が、実を結ぶのですな。」
半世紀前に島へやって来たキノシタは、大工集団の棟梁であった。
そこから集団は成長し、建物や道路の下請けから、それらの建物の運用や販売を行う、民間デベロッパー会社となった。
そこから会社は技術者や経営担当の知識人達が増え、丁寧な作業や接客で、島で最も優良な企業として、一時はカイ市に本社を置く程の大企業となった。
その頃には最後の社長つまり、現在の2代目武士団棟梁のダオが、台頭していた。
カクは、とある日の役員会議の様子を回想していた。
過去
ダオ「キノシタ社長、現在我々は青山地区に主軸を置き、この地区を開発しようとしています。
しかし、いつまでそれをなさいますか?。」
彼はダオ。(田尾)
丸刈り頭で、重い一重瞼が特徴的。
身長180cm。
体重66kg。
60代前半。
キノシタ「無論、この青山地区の人々の生活水準を底上げし、日々幸せに過ごせる様になる迄ですよ。」
ダオ「私は、この会社の真の経営理念を知っています。」
キノシタ「ほう、何でしょう?。」
ダオ「不当に奪われたカラハット島を、我々の手に取り返す事です…。
私は、この理念に激しく賛同致します。
我々の両親世代の同胞が、避難中無惨に虐殺された事実に、私は咬牙切歯の思いです!。
“北方系”は、祖国の不倶戴天の宿敵です!。
私は…そう心得ています。」
カクはダオが何の話をしているのか、理解できなかった。
何故なら、彼はダオの後輩であり、そんな過激な理念等初耳であったからだ。
しかし、キノシタはそれを理解して、受け答えをした。
キノシタ「そうですか…。
初めは私もその意気でした。
しかし、それは若気の至りでした…。
今はもう、そんな物騒な考えは持っていません。
私の中にある理念は、私の人生を使って、世界を平らかにしたい事なのです…。
見てご覧なさいよ…このアレク市を。
平和がなければ、ここまでの発展はなかった筈です。
どうしてそれを、壊せましょう?。」
ダオ「どうして?。
魂の為です…。
変わられましたな、キノシタ社長。
巨大企業の頭として天下を取れば、弱腰な事を申されるのですな…。」
キノシタは青山地区という、広々とした大草原が広がる地域を開発しようとしていた。
美しい大草原や神威の森を整理して観光地化し、そしてそこに息づく魑魅、この国でいう所の“ズヴェーリ”を保護する自然保護地区等を造ろうとした。
金持ちがカイ市へ移住し、取り残された貧民達で溢れていたこの青山地区を、草花の自然、野生の動物達、そして魑魅というそれらの間の存在である、精霊達。
それらが共存する、世界初の“自然都市圏”として生まれ変わらせる事に、残りの生涯を捧げようとしたのだった。
各市に支社を創り、役員を配置した。
彼等に監督された格市では、仕事がなかったり低賃金であった人々を吸収し、仕事を与える事で街を活気付かせていった。
そして外から見れば、各市はNIsの色に染まっていき、それは青山全体でも同じ事が言える様になっていた。
大抵の役員は、キノシタの理念に従った。
生活水準を底上げし、日々幸せに過ごせる様に、仕事を与えて生活出来る様にし、犯罪発生率を低下させ治安を回復させる。
そして公共事業に投資し、公害を防ぐ様に努力していた。
しかし大きな組織となれば、一枚岩ではなかった。
ツジが担当したグローム市は、収益こそ高かったものの、それは暴力の恐怖に依る支配で、一時的なものだった。
その為街ではストレスから犯罪が横行し、治安が悪い劣悪な環境であった。
ツジは優秀な指揮官であった。
立案や実行力を持つ人間で、合理性を求めたその計画性と、恐怖で部下を纏めあげる能力は非常に高かった。
その功績から、ツジはキノシタが病に倒れた頃に、ダオに引き抜かれ役員となった。
ダオは、自身の過激な目的を達成する為に、手段を選ばない性格の人間を求めていた。
この時のツジは、出世する為にとにかく会社の利益をあげるという目的の為に、部下を合理性のみで操る冷酷な性格で、そこがダオに好まれたのだった。
現在
カクは溜め息を吐いた。
長い時間が経って、今自分はダオの配下として、彼に仕えているのだと。
隣をウンマに跨がり並行するツジは、キムンカムイの事を呟いた。
ズヴェーリ研究所と出会し、キムンカムイを強奪出来たからこそ、今回の一連の作戦の目星が立ったのだと。
当日こそ失敗したが、本来は地震に依りカイ市中心街を破壊し、そこに精鋭の武士で蹂躙し、州自治体を威嚇しようと考えていた。
その為に数回地震を起こし、どこで起こせば良いのかと練習もしていたのだった。
キムンカムイの存在でダオを勢い付かせたにも拘わらず、図太くキムンカムイの存在を語るツジに、カクは嫌悪感を抱いた。
武士団が行った行動の全ては、当時カンパニーNo2である専務取締役のダオの権力が、キノシタ発病後に影響力を増した後に起きた暴挙であった。
デモで民衆を扇動する等もし、技術者をズヴェーリから守る名目で存在していた護衛隊。
彼等の戦い方を全ての作業員に叩き込み、民間軍事会社の側面を持ったNIsカンパニー。
彼等をダオは、南方の伝統的な兵士である“武士”と呼び、奮起させた。
寝食を共にする事で、世代を跨いで上下関係を体に染み込ませていた為、“南方の帝国の遺思”を引き継ぐダオを棟梁とした武士団が誕生したのだった。
爽やかな霞に、風光明媚な自然が広がる森の中。
そこに息ずく木々や草花、動物や魑魅達。
彼等が共生して初めて、この美しい森の極相が出来ているのだと感じられる。
誰しもがその美しさと生命力に惹かれ、誰の頭上も等しく照らす太陽でさえも、木漏れ日として光の視線を向ける時、他よりも贔屓してこの森を見つめている気がした。
この森を抜けると、ワール市。
そこを制圧する事は容易であると考えられる。
そうすればもうカイ市は、目と鼻の先である。
第27話 終
ツジは実在の人物である辻政信をモデルにしています。




