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ズヴェーリ 英雄叙事詩   作者: 乘
第4章 新たなる“獣王”編
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第26話 Гром/グローム

第26話


Гром/グローム



“闘獣”州決勝戦の数日後、青山地区で行軍を続けていた正規軍ヤナ連隊は、グローム市近郊に迄到達していた。


そして先方のジノヴィ小隊、イゴーリ小隊は、遂に武士団の本隊を確認したのだった。

草原を、野生のズヴェーリの対策でノロノロと動く本隊は、計りきれない程の大軍であった。

既にグローム市が目視できる距離まで、武士団は迫っていた。


2つの小隊は、全速力でグローム市を目指した。

武士団よりも、先に街に入る為にである。


ジノヴィ小隊長は、最も機動力が高いジェル分隊を先鋒にして、とにかく街へと進ませる事にした。


ジェル「またうちが先鋒ですか。」


ジノヴィ「チャリオット分隊が最も速いに、決まっているだろうが!。」


ジェル「あぁそうですか。」


武士団の僅か数km横を駆けるジェル分隊。

そこに配属されていたアナトリーは、少し嬉しかった。

行軍の間に、故郷は既に武士団に占拠され、跡形もなく壊れた廃墟と化していと、想像していたからだった。

武士団を追い越して市内に入ったアナトリー達、ジェル分隊。

市内側から、壁の上に兵士が陣取っていった。


そんな中でもアナトリーは、もうすぐ跡形もなく失われようとしている故郷で、ノスタルジックに浸ろうとしていた。

それは、最低でも半数の民兵達が、同じ気持ちであった。


恐らく兵力差から突破され、蹂躙(じゅうりん)されてしまう。

そう感じ取っていた、中年や老齢の民兵達。

彼等は、自分の人生を過ごした朽ちる故郷と、共に心中する覚悟であった。

死にたい訳ではないが、一度壊されたと思っていた故郷に帰って来てみると、もう逃げずにここで死のうと、そう思ってしまったのだった。


そんな腐った顔をした民兵達に、ジェル分隊長は激を飛ばした。



ジェル「お(めぇ)ら、何をしけた顔してやがる。

お前らの言いたい事は分かる…。

…俺達の故郷を守るには、兵士が少な過ぎる。

後続が到着しても、兵力差は激しく、勝つ事は容易ではない。

しかし、過去2回の戦闘で、俺達は勝利してきた。

民兵達も、コタンコロで敵を蹂躙し、勝利に貢献した!。

今回も、俺達は勝てる!。


感傷に浸りたい気持ちは、同郷の同じ死線の上に立つ、この俺にも分かる。

しかし、今俺達がするべきは悲観する事ではなく、最善を尽くす事だ!。

故郷を守りたいのであれば…大事な物を奪われたくないのであれば…命を懸けて戦え!。」



貧乏なスラム街で生まれ育った彼等には、街から出た経験は数少なく、避難で初めて外に出た者もザラに居た。

つまりは、彼等に取ってはただの故郷ではなく、人生の全てが詰まった場所といっても、過言ではなかった。


カラハット武士団に連勝している正規軍兵士、僅かながらその存在が側に居る。

これも彼等には心強く、戦う失わずに済んだ。


ジノヴィ小隊の本隊、それからイゴーリ小隊が到着した。

士官学校の座学を首席で卒業し、戦争やこの戦闘を、戦術という観点で理解しているイーゴリ小隊の隊長“ダーイナイプトンニーニ”小尉は、勝利の(あらた)かさを感じた。

民兵達に勝利の可能性を見たのだった。


イーゴリ「敵はいずれ、我々に気が付きここを包囲するだろう。

逃げる選択を絶ち、戦って生き延びるか死ぬか、その2択となった“死に体”の兵士は、何も勝る精神力を見せる。

そしてその根気強さで、数の差を埋めてしまう、最強の兵士となる…。

まだ、希望はある…!。」


その後、後続も徐々に街に雪崩れ込み、そこを武士団に目撃されてしまう。

武士団は、ゆっくりとグロームを包囲しだした。

全力で対決する意思を示したのである。


しかし、武士団も知恵比べをしてきた。

街を包囲したのだが、敢えて一部を開けていたのだった。

これがどういう意味か、それはイーゴリにはすぐに分かった。


イーゴリ「囲帥必闕(いしひっけつ)、こんな高度な事をする等、やはり武士団は素人じゃないな?。

まるで、民間軍事会社の様だ…!。」


囲帥必闕とは、敵を包囲をする際に、敢えてその一部を開ける手法の事である。

その理由は、囲まれた敵は心身共に追い詰められてしまい、やっかいな“死に体”と化してしまう。

それを防ぐために、逃げ道を1つ開けておく事で、極限まで追い詰められた敵が逃亡し、兵力の削減と士気の低下という、協力な戦力削減を得られるのである。


包囲される前から逃げないと決めていても、いざ周りで仲間が死に行き、自身も仲間達と共に狼狽(ろうばい)し死にかけると、いつ閉まるか分からぬ唯一の希望、その逃げ道に我先にと進んでしまうのだ。


イーゴリはそれを危惧したが、今さらどうも出来なかった。

リディアを筆頭に、空戦部隊が出撃していった。

陸空共に迎撃体制に入り、

そしてそのまま、開戦するかと思われた。



すると、交渉の使者が壁の近くに訪れたのである。

降伏か殲滅(せんめつ)か、選べと言うのであった。

ヤナ連隊長は、偽装投降をする為に、自分とイーゴリを含む数名の兵士を連れて、街の外へ出た。


出る前、イーゴリの彼女である兵士は、彼の安否を心配していた。

しかし、彼は頭の良さだけではない勇敢さを表したいと、彼は進んでいったのだ。


そして交渉用のテントの中に入り、交渉の席に着くと、そこで静かに敵を無力化。

そのままイーゴリら数人の兵士に、武士の甲冑を身に付けさせ派手に戦闘をする演技をし、兵士の格好をさせた武士の死体を放り投げ、兵装のヤナらは全速力で街へ戻った。

敵陣に侵入したイーゴリらは、そのまま指揮官に近付こうと試みていた。



ヤナを追い攻撃を開始した武士団は、正規軍兵士を攻撃し物量で攻めた。

数ヵ所に兵力を分けず、一ヶ所を攻め立てたのだ。

圧倒的な物量で、攻撃力を高めたのだった。


タケダ「壁を攻めるのなら、弱い所を探す等回りくどい事を、せずとも良い!。

とにかく、正面を攻め立てるのだ!。」


イーゴリらが侵入した部隊も、敵陣の奥深くに侵入出来高つもりであったが、すぐに壁の中へ雪崩れ込んで、侵入の意味をなさなさった。

一度壁の攻略を試みたタケダ。

彼の居る武士団に取って、ヤナ連隊等は敵ではなかった。

絶体絶命のヤナ連隊は、散ってゲリラ戦を展開しようと試みた。

その、時だった。



ポツリ…ポツリ…雨が降りだす。

それは直ぐ様、雨風を伴いだした。


アナトリー「何だよ、この雷。

街の上で微調整してやがる…。

まるで、これはなんか、生きてるみたいな…。」


前線でぶつかる者達の他、その全てが天を見上げていた。

すると、辺りを真っ白にする程の、目映(まば)い稲光が(きら)めいた。


次の瞬間鈍い音が鳴り響き、聴覚がキーンという甲高い音に奪われた。

何も見えず、何も聞こえない。

何も感じず、痛みも恐怖もなかった。

数秒間、不思議な世界に連れていかれたかの様な気分だった。


次第にアナトリーの名前を呼ぶ声が聞こえた。


???「アナトリー…アナトリー…!。」


アナトリー「何だよ、誰だよ俺を呼んでんのは。

…この声は、まさかリクか!?。」


リク「アナトリー…を覚ませ!。

…ろ!。

…きろ!。」


アナトリー「はぁ、なんだよ?。

ハッキリ言えよ!。」


リク「アナトリー…!。

起きろ!。」


ジェル「起きるんだ!。

アナトリー!。」


いつの間にか気絶していたアナトリーが目を覚ますと、そこには彼と共に、チャリオットに乗るジェル軍曹の姿があった。

仰向けで天を見上げるアナトリーは、ジェルが見えていたのだが、その奥には暗黒の雲から雷が無数に、連続して放たれていた。

地上を焼き払う雷の下には、コタンコロで見たズヴェーリと人間達の光景の様だった。

敵味方等関係ない人間達、それどころか、家や広場のバスケットリング、そういう万物を含めて焼き払ったのだった。


豪雨の中でも燃え盛る炎に、人やズヴェーリは焼き払われていた。

体に一部を失った者や、体が地面や建物の壁に張り付いた者。

雷撃が体にかすり、悲鳴をあげる者も、次の瞬間には、次の落雷で真っ黒な大地の一部となっていた。

修羅とも地獄とも、世紀末とも表現できる(むくろ)の故郷に、逃げる2人の兵士は絶句した。


アナトリー「これは…夢なのか…?。

いや、夢であって欲しい時は大概現実…。

前にも病院で体験したじゃないか…。

思えば、あの時から始まったんだ。

俺は何処逃げるの向かえば良いんだ…。

友達も故郷も失った…。

俺にはもう、失うものすら…。」



そのまま目線をずらして馬主の席を見つめると、そこにはウンマを操縦するレフが居た。


ジェル「しっかりしろリョーヴァ!。

とにかく今は、南に逃げるんだ!。」


レフ「すみません…頭の中でさっきの雷が忘れられなくて…。」



辺りを見渡せば、見えるのは少数の生き残り。

未曾有の雷雨で、正規軍は敗北を喫したのだった。



26話 終

囲帥必闕の闕は、訓読みで「もん」音読みで「けつ」と読みます。

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