第26話 Гром/グローム
第26話
Гром/グローム
“闘獣”州決勝戦の数日後、青山地区で行軍を続けていた正規軍ヤナ連隊は、グローム市近郊に迄到達していた。
そして先方のジノヴィ小隊、イゴーリ小隊は、遂に武士団の本隊を確認したのだった。
草原を、野生のズヴェーリの対策でノロノロと動く本隊は、計りきれない程の大軍であった。
既にグローム市が目視できる距離まで、武士団は迫っていた。
2つの小隊は、全速力でグローム市を目指した。
武士団よりも、先に街に入る為にである。
ジノヴィ小隊長は、最も機動力が高いジェル分隊を先鋒にして、とにかく街へと進ませる事にした。
ジェル「またうちが先鋒ですか。」
ジノヴィ「チャリオット分隊が最も速いに、決まっているだろうが!。」
ジェル「あぁそうですか。」
武士団の僅か数km横を駆けるジェル分隊。
そこに配属されていたアナトリーは、少し嬉しかった。
行軍の間に、故郷は既に武士団に占拠され、跡形もなく壊れた廃墟と化していと、想像していたからだった。
武士団を追い越して市内に入ったアナトリー達、ジェル分隊。
市内側から、壁の上に兵士が陣取っていった。
そんな中でもアナトリーは、もうすぐ跡形もなく失われようとしている故郷で、ノスタルジックに浸ろうとしていた。
それは、最低でも半数の民兵達が、同じ気持ちであった。
恐らく兵力差から突破され、蹂躙されてしまう。
そう感じ取っていた、中年や老齢の民兵達。
彼等は、自分の人生を過ごした朽ちる故郷と、共に心中する覚悟であった。
死にたい訳ではないが、一度壊されたと思っていた故郷に帰って来てみると、もう逃げずにここで死のうと、そう思ってしまったのだった。
そんな腐った顔をした民兵達に、ジェル分隊長は激を飛ばした。
ジェル「お前ら、何をしけた顔してやがる。
お前らの言いたい事は分かる…。
…俺達の故郷を守るには、兵士が少な過ぎる。
後続が到着しても、兵力差は激しく、勝つ事は容易ではない。
しかし、過去2回の戦闘で、俺達は勝利してきた。
民兵達も、コタンコロで敵を蹂躙し、勝利に貢献した!。
今回も、俺達は勝てる!。
感傷に浸りたい気持ちは、同郷の同じ死線の上に立つ、この俺にも分かる。
しかし、今俺達がするべきは悲観する事ではなく、最善を尽くす事だ!。
故郷を守りたいのであれば…大事な物を奪われたくないのであれば…命を懸けて戦え!。」
貧乏なスラム街で生まれ育った彼等には、街から出た経験は数少なく、避難で初めて外に出た者もザラに居た。
つまりは、彼等に取ってはただの故郷ではなく、人生の全てが詰まった場所といっても、過言ではなかった。
カラハット武士団に連勝している正規軍兵士、僅かながらその存在が側に居る。
これも彼等には心強く、戦う失わずに済んだ。
ジノヴィ小隊の本隊、それからイゴーリ小隊が到着した。
士官学校の座学を首席で卒業し、戦争やこの戦闘を、戦術という観点で理解しているイーゴリ小隊の隊長“ダーイナイプトンニーニ”小尉は、勝利の灼かさを感じた。
民兵達に勝利の可能性を見たのだった。
イーゴリ「敵はいずれ、我々に気が付きここを包囲するだろう。
逃げる選択を絶ち、戦って生き延びるか死ぬか、その2択となった“死に体”の兵士は、何も勝る精神力を見せる。
そしてその根気強さで、数の差を埋めてしまう、最強の兵士となる…。
まだ、希望はある…!。」
その後、後続も徐々に街に雪崩れ込み、そこを武士団に目撃されてしまう。
武士団は、ゆっくりとグロームを包囲しだした。
全力で対決する意思を示したのである。
しかし、武士団も知恵比べをしてきた。
街を包囲したのだが、敢えて一部を開けていたのだった。
これがどういう意味か、それはイーゴリにはすぐに分かった。
イーゴリ「囲帥必闕、こんな高度な事をする等、やはり武士団は素人じゃないな?。
まるで、民間軍事会社の様だ…!。」
囲帥必闕とは、敵を包囲をする際に、敢えてその一部を開ける手法の事である。
その理由は、囲まれた敵は心身共に追い詰められてしまい、やっかいな“死に体”と化してしまう。
それを防ぐために、逃げ道を1つ開けておく事で、極限まで追い詰められた敵が逃亡し、兵力の削減と士気の低下という、協力な戦力削減を得られるのである。
包囲される前から逃げないと決めていても、いざ周りで仲間が死に行き、自身も仲間達と共に狼狽し死にかけると、いつ閉まるか分からぬ唯一の希望、その逃げ道に我先にと進んでしまうのだ。
イーゴリはそれを危惧したが、今さらどうも出来なかった。
リディアを筆頭に、空戦部隊が出撃していった。
陸空共に迎撃体制に入り、
そしてそのまま、開戦するかと思われた。
すると、交渉の使者が壁の近くに訪れたのである。
降伏か殲滅か、選べと言うのであった。
ヤナ連隊長は、偽装投降をする為に、自分とイーゴリを含む数名の兵士を連れて、街の外へ出た。
出る前、イーゴリの彼女である兵士は、彼の安否を心配していた。
しかし、彼は頭の良さだけではない勇敢さを表したいと、彼は進んでいったのだ。
そして交渉用のテントの中に入り、交渉の席に着くと、そこで静かに敵を無力化。
そのままイーゴリら数人の兵士に、武士の甲冑を身に付けさせ派手に戦闘をする演技をし、兵士の格好をさせた武士の死体を放り投げ、兵装のヤナらは全速力で街へ戻った。
敵陣に侵入したイーゴリらは、そのまま指揮官に近付こうと試みていた。
ヤナを追い攻撃を開始した武士団は、正規軍兵士を攻撃し物量で攻めた。
数ヵ所に兵力を分けず、一ヶ所を攻め立てたのだ。
圧倒的な物量で、攻撃力を高めたのだった。
タケダ「壁を攻めるのなら、弱い所を探す等回りくどい事を、せずとも良い!。
とにかく、正面を攻め立てるのだ!。」
イーゴリらが侵入した部隊も、敵陣の奥深くに侵入出来高つもりであったが、すぐに壁の中へ雪崩れ込んで、侵入の意味をなさなさった。
一度壁の攻略を試みたタケダ。
彼の居る武士団に取って、ヤナ連隊等は敵ではなかった。
絶体絶命のヤナ連隊は、散ってゲリラ戦を展開しようと試みた。
その、時だった。
ポツリ…ポツリ…雨が降りだす。
それは直ぐ様、雨風を伴いだした。
アナトリー「何だよ、この雷。
街の上で微調整してやがる…。
まるで、これはなんか、生きてるみたいな…。」
前線でぶつかる者達の他、その全てが天を見上げていた。
すると、辺りを真っ白にする程の、目映い稲光が煌めいた。
次の瞬間鈍い音が鳴り響き、聴覚がキーンという甲高い音に奪われた。
何も見えず、何も聞こえない。
何も感じず、痛みも恐怖もなかった。
数秒間、不思議な世界に連れていかれたかの様な気分だった。
次第にアナトリーの名前を呼ぶ声が聞こえた。
???「アナトリー…アナトリー…!。」
アナトリー「何だよ、誰だよ俺を呼んでんのは。
…この声は、まさかリクか!?。」
リク「アナトリー…を覚ませ!。
…ろ!。
…きろ!。」
アナトリー「はぁ、なんだよ?。
ハッキリ言えよ!。」
リク「アナトリー…!。
起きろ!。」
ジェル「起きるんだ!。
アナトリー!。」
いつの間にか気絶していたアナトリーが目を覚ますと、そこには彼と共に、チャリオットに乗るジェル軍曹の姿があった。
仰向けで天を見上げるアナトリーは、ジェルが見えていたのだが、その奥には暗黒の雲から雷が無数に、連続して放たれていた。
地上を焼き払う雷の下には、コタンコロで見たズヴェーリと人間達の光景の様だった。
敵味方等関係ない人間達、それどころか、家や広場のバスケットリング、そういう万物を含めて焼き払ったのだった。
豪雨の中でも燃え盛る炎に、人やズヴェーリは焼き払われていた。
体に一部を失った者や、体が地面や建物の壁に張り付いた者。
雷撃が体にかすり、悲鳴をあげる者も、次の瞬間には、次の落雷で真っ黒な大地の一部となっていた。
修羅とも地獄とも、世紀末とも表現できる骸の故郷に、逃げる2人の兵士は絶句した。
アナトリー「これは…夢なのか…?。
いや、夢であって欲しい時は大概現実…。
前にも病院で体験したじゃないか…。
思えば、あの時から始まったんだ。
俺は何処逃げるの向かえば良いんだ…。
友達も故郷も失った…。
俺にはもう、失うものすら…。」
そのまま目線をずらして馬主の席を見つめると、そこにはウンマを操縦するレフが居た。
ジェル「しっかりしろリョーヴァ!。
とにかく今は、南に逃げるんだ!。」
レフ「すみません…頭の中でさっきの雷が忘れられなくて…。」
辺りを見渡せば、見えるのは少数の生き残り。
未曾有の雷雨で、正規軍は敗北を喫したのだった。
26話 終
囲帥必闕の闕は、訓読みで「もん」音読みで「けつ」と読みます。




