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ズヴェーリ 英雄叙事詩   作者: 乘
第4章 新たなる“獣王”編
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誰25話 “闘獣”決勝戦 後編

第25話


“闘獣”決勝戦 後編



サクラギとの闘いで勝利を得て、遂に彼は、3大トゥリーニルとの対決を行う事になった。

楽しかった時間は、もう終わりである。

自分が画面で紹介されると、相手は誰でも良いからと、やさぐれる寸前だった。

そう思っていたが、今から3大トゥリーニルが現れると言うのに、観客の声援はいつまでも起こる事はなかった。

不思議に思ったシュウジは舞台の脇、中央にある巨大な画面を見詰めた。


すると紹介された人間は、3大トゥリーニルではなかった。

3大トゥリーニル、エガ・トラゾウの後継者で、大会無敗のトゥリーニル…。

相手はそう紹介され画面に写し出された人間は、見覚えのある人間であった。


シュウジ「アイノネ…!。」


アイノネは現れると声援の無さを気にする素振りもなく、ただシュウジの元へ楽しそうにやって来た。


舞台の中央に上がると、彼はシュウジを手招いた。

シュウジはそれに応じて中央に上がった。

するとアイノネは、シュウジにこう言ったのだ。


アイノネ「シュウジお兄ちゃん、本気の闘いをしよう。

大人達の決めた勝敗なんて、気にせずにさ。

僕は闘いたかった。

強いトゥリーニルと、本気の闘いをしたかった!。

それは、シュウジお兄ちゃんの事だよ!。」



シュウジは心を揺さぶられた。

アイノネも自分と同じで、勝敗ではなく闘う事、そしてその闘いに苦しみ、それすらも楽しむ事。

つまり心から感動出来、自分を成長させてくれる“闘獣”の本質を求めていたのだった。


会場はざわつき出した。

舞台上で話す二人の姿は、どこか2年前の王者決定戦を彷彿とさせたからであった。


2人は離れ所定の位置に着き、ズヴェーリを舞台上に上がらせた。

2人と一心同体のズヴェーリは、2人には友人として居たさっきまでの、自分達の残像の様に見えた。



シュウジ「行くぞプラーミャ、3大トゥリーニルの後継者がなんだ!。

俺達は、“獣王”になる“英雄”だぞ!。」


アイノネ「そんなの関係ない!。

トゥレンペ、僕達だって実力で上ってきたんだ!。」


闘う前から気迫を見せる2人に、会場は釣られて盛況となった。

先攻は速さで勝るプラーミャであった。


シュウジ「プラーミャ、まともに近付いたら間接にくっ()かれるぞ!。

離れて攻撃するんだ!。」


河川敷での闘いから、トゥレンペの攻略を試みた。

とにかく距離を取り、炎で攻撃する。

近づかれれば、速さで逃げ回るのだ。


ひたすらにこの寸法で戦い抜けば、時機にトゥレンペが戦闘不能に陥る筈である。

…しかし、シュウジの予想通りに行く相手ではなかった。

基本を固め、“闘獣”の英才教育を受けるアイノネ。

彼に取っ、自分のズヴェーリの弱点である速度の遅さ、それを突かれた場合の補い方等、既に特訓済みであった。



半年前



リク「アイノネ、お前のズヴェーリは一度敵に取り付けば、そのまま場外へ運べるという大きな利点がある。

憑まぁもっとも…お前はそれを好まないがな…。


…しかし弱点もある。

分かるな?。」


アイノネ「うん、トゥレンペは遅い。

間接がない憑き神のズヴェーリだから、走れないんだ。

生き物っぽくない見た目してるし、お父さんはカムイって呼んでる。

神様って意味らしいよ。」


リク「集中しろアイノネ、その弱点を補うにはどうしたら良い?。」


アイノネ「そんなの分かんないよ…。」


リク「良いかアイノネ、良く聞くんだ。

遠距離で攻撃する敵の大半は、炎で攻撃してくる。

だったら、こっちもそうすれば良いんだ。」


アイノネ「でも、トゥレンペにはそんな能力はないよ?。」


リク「良いや、あるんだ。

普段は表には出さないが…。」


アイノネ「どういう事?。」


リク「実はトゥレンペには、特殊な能力がある。

それは…僕には引き出せないものだ。」


アイノネ「どういう能力なの…?。」


リク「それは、舞台中に毒を撒き散らす能力だ。 炎を出せない代わりに、トゥレンペは皮膚から毒を霧状に放てるんだ。

だが、それは誰にでも命令出来るというものではないんだ。」


アイノネ「僕には出来る?。」


リク「あぁ、お前ならな…。

トゥレンペは、カムイだ。

カムイは純血の先住民との間では、特別な繋がりがある。

それを利用すれば、より線密な意志疎通から、毒を放つ様に命令が出来るんだ。」


アイノネ「すぐに出来る様になるの?。」


リク「僕には分からないよ。

でも、お前にならきっと出来る筈だ。

僕が鍛えた、優秀なトゥリーニルなのだから。」



現在



アイノネ「そうだ…僕にはリク兄と特訓した日々で、色々な事を覚えた。

これも、その1つだ!。」


アイノネは叫んだ。

トゥレンペに、毒霧だと。

シュウジは、毒霧が来るとは夢にも思わず、アイノネやトゥレンペを凝視した。


すると、一瞬だけトゥレンペの目が、充血した様に真っ赤になった。

身体(からだ)中のアデノシン3リン酸が分解され、あり得ない程にエネルギーを放っている。

それに身体(からだ)が耐えきれず、見える所が充血した。

恐らくそういう事なのであろう。

およそ生き物とは思えないその見た目に、真っ赤に充血した目付きは、獰猛(どうもう)で狂暴な、ズヴェーリのおぞましさを体現していた。


プラーミャは逃げ場を失い、毒を浴び、か弱い鳴き声をあげた。

観客達も多少の困惑を見せたが、名もなき少年が、3大トゥリーニルの後継者を名乗る人間に、勝てる筈もないのだと悟ったのだった。


しかし、プラーミャの闘志はまだ潰えては居なかった。

徐々に距離を詰めるトゥレンペに、プラーミャは噛みついた。


黄緑色の毒霧で舞台上は何も見えなかった。

しかし、聞こえてくる音は、ズヴェーリ同士の激しい咆哮(ほうこう)であった。


トゥリーニル同士にも、中の状況は分からなかった。

しかし、霧が晴れるとたちまち、トゥリーニルは叫んだ。


シュウジ「プラーミャ、間接から引き離せ!。」


アイノネ「骨を折るんだ、トゥレンペ!。」


トゥレンペは、プラーミャの間接に巻き付いていた。

アイノネは、毒霧で相手を倒せなかった事がなく、困惑した。

正々堂々とした闘いに拘るアイノネは、今までこれで相手を戦闘不能に追い詰め、勝利を得てきた。

しかし、それが通用しない今、彼は窮地に立たされたのだった。


次の指示が出来ずに、トゥレンペは同じ行動しか出来なかった。

しかし、シュウジは冷静であった。

あり得ない敵と闘い続けてきた彼に取って、一度闘ったアイノネのトゥレンペは、勝てない相手ではなかった。

例えそれが、先住民とカムイであってもである。

少くともシュウジは、そう信じていた…。


シュウジ「プラーミャ、自分の身体(からだ)を燃やせ!。

アッコロカムイのどす黒い炎に、お前は耐えられた!。

自分の炎が何だ、トゥレンペを炙り取るんだ!。」


口から放たれ、燃え盛る炎。

円を描きながら何度も回り、プラーミャは自らの炎に包まれた。

その中から闘志を燃やす目付きは、先程のトゥレンペよりも赤く、その目は勝利を信じていた。


そして炎に耐性がないトゥレンペは炙り取られた。

落とされて焦げた憑き神を、プラーミャは(くわ)えた。

場外に投げ飛ばすつもりなのだ。



混乱するアイノネは、自分が敗れる事になる現実が見えてしまった。

信じていた勝利を失うのは、怠慢からなのか。

彼はそう思った。

彼の思う怠慢とは、リクやヴァシリに抗い貫こうとした、正々堂々とした闘いの事である。


頭の中には、ヴァシリの言葉が反芻(はんすう)されていた。


ヴァシリ「“闘獣”に勝って、その先にある自分の想像した通りの未来を、創りたいんでしょ!。」


彼の言葉に、混乱し錯乱(さくらん)しだしていたアイノネは、大声で答えた。


アイノネ「あぁそうだ、ヴァシリ…。

僕は勝って、その先にある未来を、想像通りになる様に…創りたいんだ…。

勝って、リク兄と見た“闘獣”州王者になる結愛を叶えるんだ…。


そうだよ、ヴァシリ…。

僕が闘う理由は、勝ちたいからだ!。

一生懸命に闘って、勝ちたいんだ!。」


闘いの芻勢は、既に決したかの様に思われた、その時だった…。


アイノネ「トゥレンペ!。

負けたらダメだ!。

プラーミャから離れるんだ!!!。」


トゥレンペはアイノネの命令に従って、火傷で焦げた体を華麗にしならせ、プラーミャの口をこじ開けた。

そのまま逃げ出し、距離を取ったのトゥレンペ。


アイノネ「僕は3大トゥリーニルの息子で、その長男のリク兄と特訓を詰んだ、強いトゥリーニルだ!。

でも、シュウジお兄ちゃんも強いトゥリーニルだから、僕は(なり)振り構っていられないんだ!。


トゥレンペ、もう一度毒霧だ!。

そしてプラーミャが倒れてる内に、身体(からだ)を操って場外へ、連れ出すんだ!!。」



傷だらけのトゥレンペは再び目が充血する程に集中し、筋肉を収縮させた。

傷口から溢れ出る血と、焼け焦げた黒さで赤黒く染まった身体(からだ)は、先程のプラーミャよりも強烈な闘志を放っていた。

その真っ赤に燃え盛る闘志にを放つ目は、“覚醒”した様なさっきを放っていた。


炎を蓄え、猛攻する気配を見せるプラーミャ。

両者のどちらかが次の一撃で倒れる事は、誰の目にも明らかであった。


両者が共に攻撃を放とうとしたその時、シュウジは命令を出せなかった。


その訳は、彼にカムイの意志が感じ取れてしまったからであった。

一進一退の攻防の果てに、負けたくないという心の声が、“英雄”の耳に届いてしまったのだった。


シュウジはプラーミャとは一心同体で、その心は手で取る様に分かっていた。

しかし、そういう以心伝心の様な感覚とは事なり、ハッキリと言葉で聞こえて来たその勝利への信念に、彼は心を折られたのだった。



アイノネの命令で毒霧を放ったトゥレンペ。

激しい咆哮(ほうこう)と共に放たれた毒霧は、再び舞台を包み込んだ。


プラーミャは拍子抜けし、また何故かは分からないが闘志を失ったシュウジを感じとり、プラーミャはそのまま戦闘不能に陥ってしまったのだった。


シュウジは本気で闘ったが、心が先に敗れた時、勝利への闘志が燃え尽きてしまったのだ。

観客達は、鮮烈な決勝戦初出場を遂げたアイノネを讃え、敗者シュウジは、ただ1人舞台からはけていくのだった。


悔しくて彼は1人で泣いた。

しかし、その悔しさは決勝戦が始まる前に感じた、大人達への恨みではなかった。

その悔しさは、本気で一生懸命に闘ったこらこそ感じた、『負けた』という悔しさであった。



25話 終

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