第21話 同郷
ここからの戦闘を振り返るシーンや戦場でのシーンは、戦闘としてではなく、社会を生きる人々の例えとして読んでいただきたいです。
第21話
同郷
コタンコロ攻防戦で多数の戦死者を出した正規軍は、改めて今後も戦闘への参加を希望する民兵を募った。
明朝までに返事を出せと、コタンコロ市中に伝達があった。
それを当然、アナトリーも目にしていた。
だが彼は、自分が行った事に苦しみ、それ所ではなかった。
彼は、今日の戦闘で逃げ惑う同い年位の武士を1人だけ殺した。
殺した時は迷いなどなかったが、後になって殺した武士の怯える声や表情に心を支配されてしまった。
殺した武士は、刀も持たずズヴェーリも周りには居ない丸腰であり、それをウンマで追い掛けて、ウンマのその嘶きに気がつき振り返る無抵抗な武士の横腹に、容赦なく噛み付かせた。
弱者であった幼少期に強者である大人に虐められた過去を理由に、大人になった今、目の前の弱者を自分がされた以上の目に遭わせたのである。
これに彼は悩まされ、居酒屋で1人不貞腐れていたのだった。
何に不貞腐れていたのか?。
それは、この残酷な世界全部に対してであり、無抵抗だった武士に対してであった。
店員「いらっしゃいませ!。
一名様でしょうか?。
申し訳御座いません、席が空いていませんので相席で宜しいでしょうか?。」
店員は店内で不貞腐れているアナトリーに、相席の許可を求めた。
うつむきながら許可をしたアナトリーは、そこに座った客の事等は意識もせず、ただうつむいていた。
男「はぁ、客が犇めきあってて暑苦しいな。
店員と目が合ってさえなけりゃ、他の店探せたのに…。」
1人でぶつぶつ文句を垂れている男をうつむき乍見てみると、それは正規軍の服装をした軍人であった。
男「どうしたんだガキんちょ、財布でも盗まれたのか?。」
アナトリー「放っておいて下さい。
その服装、あんた正規軍の人ですね。
よく…人やズヴェーリ殺すこんな職業なんか、やってられるよ…。」
男「別に好きでやってる訳じゃない。
ただ、社会不適合者の俺が見つけた居場所だったのさ。」
自分を社会不適合者と卑下するその男。
一切声色を変えずにそんな事を言う男の面を見てみたい。
アナトリーはそう思って、男の顔を見てみた。
…その男はジェル・ティーグロネンコであった。
アナトリーは、オタスの杜で助けて貰った過去を話し自分の事を思い出して貰おうと努力した。
するとジェルは彼を思い出した。
そして、警察署内で見たリクの事を指し、お友達は残念だったと言った。
アナトリーは、カイ市で市外への外出禁止令が出る前に故郷グローム町へ帰宅し、それから民兵になったという経緯を話した。
するとジェルは、自分も同郷だと告げた。
ジェル「もう暫く帰ってねえなぁ。
あの汚ねえ広場は健在だったか?」
アナトリー「健在でした。
汚さも込み込みで。
ジェルさんも同郷だったとか、信じられません。
何つーか、雰囲気がグローム町出身者にしては上品っていうか、小綺麗っていうか。」
ジェル「まぁな。
はぁーあ。
あんな最低なスラム街で地味な努力を重ねてよ、ちゃんとお勉強して借金してまで進学して、やっとの思いで公務員に成ったってのに…。
こんな暑苦しくて騒がしい店で、ありきたりな商品相手にどれでも良いなんて思ってるなんてな。
人生なんて努力しようがしまいが、大して楽しくねぇよな。
おまけに、ショボくれてるガキに職業バカにされてよ…俺は努力して立身出世したんだからな?。」
ジェルは立て続けに、何故ショボくれているのかと聞いた。
ショボくれてなんかないと思いつつもアナトリーは、人を殺したからだと白状した。
この場所でその言葉が聞こえたとしても、周りの人々は驚きはしない。
むしろ、褒め称え感謝されるのだろう。
ジェル「お前も民兵に成っていたのか。
どんな感じだった、人に話せば少しは安らぐぞ?。」
アナトリーはそう言われて、正直に自分が見た戦場を語り出した。
勇ましいリディア曹長に誘導されるがままに出撃し、草原を駆けた。
所々に赤黒い塊が落ちている草原を、一心不乱にである。
そして憎悪と言える復讐心のままに、丸腰の武士を殺したのだ。
悲鳴と苦痛の表情を見ながら彼の返り血を浴びた時、アナトリーは自分自身に、これは正しい事をしているのだと言い聞かせなければ心の均衡が保てなくなると感じたのだった。
目を開けて苦痛の表情を浮かべたまま硬直し、血が流れ出ている男を見て、心が動揺してしまったのだった。
しかし、周りを見れば流れ作業の様に丸腰の武士を手に掛ける、民兵の仲間達が居た。
自分と同じ民兵達は、どういうつもりでそんなに何人も何人も連続して、殺しを出来るのだろうか?。
彼の中にある疑問は、ここに居る青山地区の民兵達は知らないカイ市のテロには居合わせた彼だけが知る、ニュースでは放送出来る筈もなかった、無抵抗な人々を殺戮している実際の姿と同じであった。
民兵達は戦いが始まる前に軍人に煽られた様に、武士団をテロリストである犯罪者だと信じている。
だがアナトリーに取っては、民兵と武士団の違いが分からなくなっていた。
続けてアナトリーは語った。
こういう時、戦争映画等では同胞が殺されたからやり返すんだとか言うが、彼に取っては武士達も同じ青山の民衆であり、“北方系”の同胞であったのだ。
それが、彼を苦悩させているのだった。
ジェル「殺戮か、嫌なもんで最初は慣れないよな。
気持ち悪くなるし…夢なんじゃないかとも。
だが、時間が解決してくれるもんさ。
病まなきゃなんとかなる。
俺もたまにお前みたいになる時があるが、その度に立ち直ってきたんだ。
辛い職務の中に、たまに楽しい事があるから、それで何とか成ってきたんだ。
良い事を教えてやる。
戦争にどっちが正しいとかはない。
双方に言い分があるから、一度始めたら自分の言い分を通さなくちゃならない。
自分の言い分だけを信じて、自分を正当化するんだ…!。」
アナトリー「それだと、また傷付きますよ?。」
ジェル「…生きてりゃ傷つくんだよ。
どうやったら自分が傷つかないで済むのか、それだけで良いんだ…。
曲げられない思いとそれを殺して従う事その両方とも、心を保ってまともな人間として生きてくには必要なものだ。
その境界線をしっかり引ける様になる事を、人は成長と呼ぶんだよガキんちょ。
どこからが周りに合わせてやった“仕方ない”なのか、どこまでが責任がついてくる自己判断で“やろうとした事”なのか。
それは頭で考えたり想像する事じゃなくて、身を置いた状況での“選択”する事なんだ。
それで、お前は周りに合わせて“仕方なく”命を奪った。
それだけなんだ。
“仕方なかった”…それを理解してさっさと妥協して、悩むのを止めるんだな。」
アナトリーは黙り混んでしまった。
スカッとするものではなく、とにかく妥協して割りきれという、それで良いのかと考えてしまう事を言われて、上手く整理がつかなかったのだ。
ジェル「それで、今の仕事を続けるのか?。
考えてねぇで決めるんだな。
もう夜だ、寝る時間も含めたら明朝までなんてあっという間だぞ?。」
アナトリーは店を出たから歩いて考えていた。
騒がしい場所を抜け出して、歩きながら1人考えるのは、頭の中を整理出来るとてもいい方法だ。
大事なのは、自分の能力に存在しない仮定をつけない事。
それした瞬間、それは記憶の整理という“考え事”ではなくなり、空想の世界に入り浸るという“享楽”と成り下がってしまう。
真剣になるべき今の状況に於いて、彼は後者になってはいけなかった。
そして悩み続けて彼は決めた。
アナトリー「このまま行こう。
妥協して“仕方なく”やる事は出来る。
だけど、“やりたい事”が…見つからねぇ。」
翌朝、アナトリーは民兵志願者の集合場所へ向かった。
アナトリーはその時、初めてちゃんと見た兵士らが放つ存在感に圧倒されていた。
まだ自分を正当化する事が上手く出来ておらず、どこかまだもやもやしていたアナトリーに取ってそれは、頼もしい自分の少し先の未来に思えた。
ヤナ連隊長は全ドレイクの献策があったお陰で連勝する事が出来たと、彼の実績を認めてその上で、彼の立案した武士団本隊無力化作戦を採用した。
これは武士団の息の根を止める最終作戦と思われる為、細心の注意を払い実行が決断されたのだ。
全兵士を召集したヤナ連隊長は、これから町や人里離れた草原や森を進軍する事を告げ、それは一週間程度の行軍になると予測した。
目標は、測定不能な大軍である武士団本隊よりも先に、ほぼ無人のグローム市に到着する事。
グローム市を先に獲るという事は、第1にチロット戦の時の様に自軍は野生のズヴェーリの驚異から逃れるという事になり、敵は野生のズヴェーリを相手に戦力を割く為、実質的な戦力の削減を狙える。
第2にそこにある食料から長期戦の選択肢も得られる。
そして、第3に最も大きな効果というのが、恐らく戦力差から確実であろう武士団の市内への侵入時。
これに際し、民兵の中にはグローム市からの避難民も混ざっいる事を利用して、彼等地元民の協力で、ゲリラ戦を展開できるという事である。
以上の事から行軍中に、野生のズヴェーリに害がある存在と見なされない、最大限の兵力である小隊規模の部隊で行軍しつつも、確実に武士団を追い抜ける速度を維持する事を命令された。
アナトリーは故郷を武士団に渡すまいと、自分の手を汚す躊躇いを捨てさる。
そして、2度目の帰省を行うのであった。
第21話 終




