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ズヴェーリ 英雄叙事詩   作者: 乘
第3章 青山戦争編
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第14話 命拾い

青山戦争編より、主人公が一時的に変わります。

第14話


命拾い



8月11の4時頃、彼は病院の中で目を覚ました。

どうやら眠っていたらしい。

体は()えているのに、この病院からはまだ退院出来ないと彼は言われていた。

絶対安静…な彼にとっては聞き飽きた言葉だった。

病院沙汰になるのは人生で何度目だろうか。

17歳にもなって、未だこれまでと変わらない人生を送っているとは、思いもよらなかった。

どこかで、良い方向に変わっていくだろうと漠然と信じていたのに、相変わらず彼はここに居た。


アナトリー「ここが俺の居場所なのかよ。

これからもそうなのか?。」


彼は黄昏時に静かな病院の中、居心地の良いベッドで自分の体温に包まれながらも眠気が起きなかった。

そういう後々の不安に苛まれて、ただ悩んで居たからだ。

だが彼の未来は、この日予想していなかった出来事で変わってしまった。

午後7時台の後半、騒ぎが起きたからだ。


TVの臨時ニュースは今、異様な光景を映し出している。

一部が破壊されて大炎上している石油基地で、駆けつけた警察特殊部隊とNIs作業員達が流血を伴う争いをしている。


そして画面が切り替わり近くの繁華街が映ると、街を襲っているNIs作業員の姿があった。


アナトリーは夢を見たのかと思ったが、自分が眠れなかった以上それはあり得ないとすぐにわかった。

病院側は一刻も早く患者を受け入れる準備を整える必要があった。

病床を空ける為、症状に緊急性のない患者等は強制退院となり、アナトリーもその波に乗って外に出たのだった。


最寄りの避難所は警察署の近くだ。

アナトリーはここへ向かう事にした。

今日の予定にはなかった娑婆(しゃば)の空気に触れられたという棚ぼたに舞い上がる心とは裏腹に、外の世界は不運にも命を絶たれた人々による惨劇で溢れていた。

病院の付近からは人影がなくなっていて、とても静かだった。

しかしそれは、嵐の前の静けさであった。


ポツリ…ポツリ…。

雨が降りだす。

直ぐ様土砂降りになると、遠くの方から雷鳴が響きだして来た。

外に出られたと言っても現実は、晴れてお日様の(もと)を歩かせてくれる程に優しくはない。


1人で鬱々と外を歩く自分の置かれた状況を、彼は身に染みる様に理解してきた。

彼には安息の地はなく、昨日まで側に居た筈の友人も、今はもう心の支えにならない幻影(げんえい)だと悟ったのだった。


警察署へ走り出す。

雷や、生き物の悲しみの鳴き声に恐怖を掻き立てられおかしくなりそうだったその時。

一筋の雷が、そう遠くない所に鈍く不愉快な爆音を立てて落ち、(かす)かにその場所から悲鳴にも似た声が聞こえた。


目を向けてみると、そこは巨大なドームがあった。

カイ・ドーム、カイ・クラッシヴィ・トゥルニールを行っていた会場だ。

屋根は(えぐ)れ、黒煙が吹き上がっていた。


一気に不安が掻き立てられた彼は、無謀にも開けた道を通ってしまった。

するとそこで、有ろう事かNIs作業員の集団に出会してしまったのだった。


恫喝(どうかつ)され、殴られ蹴られ、(なお)も抵抗するアナトリーに腹を立てた作業員の男は、容赦なく武器を抜いた。

男の手に有ったのは、刀である。


作業員の男「我々は我が(あるじ)から刀を賜った。

我々を帝国の歴戦の兵士である武士として、(ほま)れ高き存在としてお認め下さったのだ。

我らの様な、“北方系”という長脚の異人種であってもな。


貴殿(きでん)は運が悪かったのだ。

青山(せいざん)()れば、貴殿も武士に成れたと(もう)すに。」


羽交い締めにされ既に意識が朦朧(もうろう)としているアナトリーに、彼は語っていた。

しかしアナトリーは、彼の言葉を言葉として認識する事が出来なかった。


アナトリー「おいもう良いだろ黙れよ…。

テメェら優良企業じゃなかったのかよ?。

頭おかしいのかよ…。

何で人殺してんだよ!。」


作業員の男「口答えをするな!。

もう生きては帰さん!。」



2人に後ろから押さえつけられアスファルトに(ひざまず)き、首を前に出す彼は自分の運命を悟った。


アナトリー「これが走馬灯ってやつか、どこに居ても結局変われなかったな…。

俺は、自分が幼い頃に想像した通りの最期を迎えるんだ…。

人生ってのは、そんなもんなんだな。」


彼の生まれ故郷であるグローム市は、青山地区にある。

その町は州内でも首位を争う治安の悪さを誇る町だ。

NIsが青山地区に本社を置き既に強い影響力を持っていた頃、グローム支社を担当していたツジという男は市政と賄賂で癒着し、当地に経済的は飛躍(ひやく)をさせた代償として急速な治安の悪化と一部スラム街化を招いた。

スラム街で生まれ育った貧困のアナトリーは、いずれ突然つまらない理由で惨殺される事になるだろうと、幼い頃から想像して居たのだった。



男が自分の頭上で刀を濡らしているのが分かる。

朦朧とする意識と、雨で固まった前髪に遮断される視界の隙間から男の足元が見える。


姿勢を整えている。

きっと今腰を落として、自分の首筋をじっと見詰めながら刀を上げているのだろう。

動きが止まり、斬られる事を覚悟したその時だった。


一瞬の事だった。

何かが男に斬りかかった。

そう思うと、アナトリーを押さえる慌てふためく2人の力も弱くなった。


顔をあげると見えたのは、傷口から血を吹き出したまま制御されない男の肉体が、重力のままに地面に叩き付けられる瞬間だった。


全く身構えないまま倒れるその肉体は、生者の物ではないとハッキリと分かった。



ジェル「周りの雑魚(ざこ)共もやるんだ、ホルケウ!。」


軍服姿の人間がどこからか現れ、周りに居たNIs作業員を一掃した。


NIs作業員「こんなに速く軍が来るとは聞いていない、死にたくない!。」


泣き叫ぶ者も含め、全てが軍人のズヴェーリの手に依って無力化されたのだった。


アナトリーは駆けつけた警官達に警察署へ運ばれた。

そこでリクを探したが、被災者の中に彼は見当たらなかった。


TVを付けるとそこには真っ暗闇の中で光る、オフラインになった無数のスマートフォンが映し出されていた。

街の中心地にある巨大画面が突然光ると、そこにはNIsカンパニー専務取締役、つまりNo2のカクと声明の文字があった。



第14話 終

NIs作業員が古くさい言葉使いをしているのは、“南方系”という所謂(いわゆる)外資系企業のNIsが、全く帝国の言葉を理解していない青山地区の“北方系”の人間に対し、1から教科書通りの言葉を教えた為という設定です。


アナトリーが口答えをした後に武士が彼の言葉を理解できているのは、武士は“北方系”の言葉も国内の公用語であり母国語なので、理解していた為です。

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