第13話 愛別離苦
第13話
愛別離苦
ジェル「おい長老さんよ、折角救助してやったのにまたオタスの杜へ帰らせろとは一体どういう事だ。
まだ半日しか経ってないのに、またあの危険な悪路を通ってオタスへ行けってのか!。
そうでしょう、ドレイク少佐!?。」
ドレイク「やめろジェル軍曹。
長老を叱り付けたとなれば問題になるぞ?。
特に…お前の様な“北方系”が先住民の長老を叱り付けてはな…。」
午後3時頃、ユーリと長老をオタスの杜へ案内してからの帰還の途、彼等はジープで風に吹かれながら会話をしていた。
ジェル「どうして長老は、あのユーリとかいう子どもを連れてオタスへ帰ってきたんですかね?。
ユーリも、偉く乗り気で気持ち悪かったですし。」
ドレイク「さぁ、何とも言えないな。」
会話する2人は、軽い余震に揺られた。
最近の地震の多さに、ドレイクは違和感を覚えていた。
各地にではなくカイ市にばかり近づく地震は、余りにも不自然で有ったからだ。
そして彼は、過去にズヴェーリ研究所からカイ市に派遣されてきた男が言っていた事を思い出した。
ヤスノスケ「この地震には、キムンカムイというズヴェーリが関わっている可能性が高いです。」
ズヴェーリが地震に関わっているとは眉唾物であったが、頻発している地震を背景に考えれば、その言葉を聞いた当時と同じ感想は抱かなくなっていた。
ジェルにはオカルト信者になったとからかわれたが、彼は本気で信じた。
そして余りにも真面目な顔をしているドレイクに、ジェルは不思議に信憑性を感じた。
ジェル「もし本当にズヴェーリが関わっているのだとして、どうやって地震を起こすんです?。
いくらズヴェーリが束になっても地中で地震を起こせる訳なんか…。」
ドレイク「ない事もない。
旧地下都市開発計画の跡地がある筈だ。」
ジェル「そうですね…。
ですが、そもそも何故そんな事を?。
ズヴェーリが地震を起こす理由なんてないでしょうに。」
ドレイク「分からない。
それに、ズヴェーリが何らかの目的を持ってから人間の様に戦略を建ててから行動するとは考えられない。
ヤスノスケ氏に依れば、ズヴェーリには自分で考えるといった知能はなく、原始的な行動を重ねてその経験則から判断する事しか出来ないらしい。」
ジェル「では、誰かがそうさせていると?。
誰です?。」
ドレイク「カイ市という州都直下型地震を起こせば、損害を被るのは現体制である。
現体制は、先の戦争で島を得た“北方の大国”つまりは“北方系”だ。
彼等を困らせて利する事が出来るのは北部のデモ活動を扇動、支援して、現体制に敵対している企業。
NIsカンパニーだ。」
ジェル「あのインフラ整備の優良企業が、地震を?。」
ドレイク「あぁ…俺はそう睨んでいる。
考えすぎかもしれないが彼等は…。
“南方の帝国”出身者が創立した企業。
“南方系”であり、現体制を憎むには十分過ぎる理由がある…!。」
時間は進んで、午後6時。
シャクシャインの豪邸からアイノネ宅に帰宅する事にしたシュウジとアイノネは、電車に乗り揺られていた。
アイノネはシュウジを、森の近くにある別荘(Дача)に連れていって、森で虫取をして秘密基地を造ろうと約束した。
シュウジは内心、アイナとビーチへ行くというませた事を想像して、照れ臭くとも楽しみであった。
近く訪れるであろうそれらの未来に幸せを覚えながら、帰宅した。
午後7時。
帰宅すると、そこにはギャリー巡査部長が居た。
ギャリーは昼間の協力に感謝して、晩餐会を催したという事で招待に参ったらしい。
トラゾウも参加する事にして、勉強中のリクを留守番させて会場となる貸しきりの料亭へ向かった。
トラゾウは運転手に自前のリムジンをガレージから持って越させ、ギャリー共々それに乗り込んだ。
田舎育ちのシュウジは舗装された真っ直ぐな道路を、信号機に従い安全運転で進むという事に不慣れだった。
田舎では交通違反をしても、バレはしないからだ。
こんな事、隣にいる警官には言えないなと思った。
彼はそんな小さな事で、今までとは違う暮らしをしているのだと感じた。
都会に居るのだと実感し、染々とした気持ちになったのだ。
カイ市という大都会に来て2日という短さでありながら、今日はユーリやアイナとは一度も会わなかった。
過去には1日も会わないなんて事はなかった。
アイナはバレエで舞台に上がり、ユーリはオタスの杜へ行き、またヲタクの知識を貯めている。
TVや雑誌といった何らかの媒体を通して憧れた都会は、恐ろしい所だ。
見覚えはあるが全く知らない世界に来て、溢れるものにまみれる内に、人間関係が変わってしまう。
やりたい事が簡単にやれる環境が整っていて、それまでに構築された人の輪や密接さを、いとも容易く変えてしまう都会。
目に写る摩天楼の中にも、自分と同じ気持ちの人が居るのだろうか?。
それは分からない。
だが、この街で暮らしている幾千幾万の人々の中には、きっと居る筈だ。
シュウジは顔のない人口の”化物"に、世の中の理を、心に刻まれてしまった。
かく言う自分もアイノネ家族という新しくつるむ仲間が出来ていて、そして秘密基地を造ろうとも話している。
ユーリやアイナと同じく変わってしまったのだ。
シュウジはもう、自制心が効かなくなっていた。
これからの自分の行動は、ただ流されていく様に、どうにでもなれと思った。
会場に着くと、そこには多数の警察官と、シュウジらと同様に手を貸した民間人が溢れて居た。
悲観するシュウジと再開したユーリは、どこか様子が変であった。
ユーリ「僕とシュウジが出会った事は、やっぱり運命だったんです。」
そんな気持ち悪くて重い事を言っていた。
辺りを見渡してみると、大人達は呑んだくれて馬鹿騒ぎしているし、そのお酒の匂いと雰囲気に酔っぱらってしまったのだろうかと思った。
どんちゃん騒ぎの料亭内では、ギャリーと彼と同じくらいの巨漢が取っ組み合いの闘いをしていた。
どうやら賭け事をしていたらしく、暫く大盛り上がりであった。
アビー「いい加減にしろや!。」
しらふのアビーによる叱責で、半狂乱の盛り上がりは沈静化していった。
再びべたべたしてくるユーリを鬱陶しく思い出したシュウジの元にアビーがやって来た。
彼女はユーリがシュウジに恋心があるのだろうと察してかこう言った。
アビー「愛には色んな形があっていいのよ。
この国では偏見が強いけど、負けちゃダメよ。」
すると、ユーリは半笑いで冗談がきついと言った。
アビーは、ユーリがシュウジを前にしているからそう言ったのかと考えて、黙って離れていった。
ギャリー「どんどん食えよ、シュウジ。
青春は空腹の連続だからな!。」
アビー「ギャリーさん、彼はもう満腹そうな顔をしてますけど。」
満腹になったシュウジとアイノネは外出した。
風に打たれながら、話をしていた。
アイノネはシュウジと2人で行きたい場所があると言って、旧地下都市開発計画の跡地へ連れていった。
シュウジは危ないし無許可で立ち入り禁止の地域に入ってはいけないと抵抗した。
しかしアイノネは、いつも行っているから安全だと言って入っていった。
後を追って入っていったシュウジは、そこで人の会話する声を聞いた。
アイノネを探して声の方向に近づいて行くと、そこで合流した。
帰ろうとする2人はいつの間にか囲まれていた。
その男達の格好を、シュウジは見た事があった。
それは、ユジノハラへ向かう途中の道、タケダらの休憩所であった場所に居た、物々しい雰囲気でプレハブ小屋を守っていた男達のものと同じであった。
つまり彼等は、NIs作業員であった。
男は、姿を見られたなら生かしておく訳には行かないと言って、背中に掛けてあった刀を抜き取った。
羽交い締めされて泣き叫ぶアイノネに、刀が刺さろうとしたその時だった。
NIs作業員「キムンカムイが逃げたぞ!。」
地鳴りがする程の強い足音が迫ってくる。
その足音の主が姿を現わした。
その姿は、3~4mはある大きな熊型のズヴェーリであった。
ズヴェーリは、振り返った刀を持つ男を殴り倒した。
鈍くも軽い音を立て床に叩き付けられたその体は、一切の挙動もせず、不自然な体勢で床に倒れ混んでいた。
男は死んだのだ。
理解は出来るが、恐怖に支配されたシュウジは体が硬直してしまった。
キムンカムイは周りのNIs作業員達に刀で斬られながらも全員を同じ目に会わせた。
しかし何故だかシュウジらには手を出さず、その間にシュウジは通報する事が出来た。
人を凪ぎ払い捻り潰して殺めたキムンカムイが、殺められた者達の様に一切の挙動をせずにシュウジを見詰めていた。
その目に、シュウジは既視感を覚えた。
トラゾウやシャクシャインと同じものを感じたのだった。
シュウジらを抱えあげたギャリーを筆頭にした警察官達は、急いで地上の避難所へと急いだ。
訳が分からないシュウジは、地上の惨劇を見て驚愕した。
地上では、NIs作業員達がズヴェーリを用いて街を蹂躙していたのだった。
警察官達もズヴェーリを用いて防戦を行っていた。
状況が理解できぬままギャリーに身を任せていた。
避難所まであと少しという時だった。
ギャリーは絶叫し苦悶の表情を浮かべていた。
警察官達に抱えあげられるギャリーの背中は、服も破れ抉れていた。
苦悶の表情のまま微動だにしない彼に恐怖したシュウジは気絶してしまった。
目が覚めると、そこは警察署であった。
避難所よりも近い警察署に運ばれたシュウジは、アイノネを探した。
3階建てのビルを降りて一階に来た、そこには泣き叫ぶアイノネの姿があった。
その傍らには、顔に布を被った、リクの姿があった。
第13話 終