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ズヴェーリ 英雄叙事詩   作者: 乘
第2章 カイ市編
13/36

第12話 英雄叙事詩

作中に登場するハルニレとは、樹木の名前です。

第12話


英雄叙事詩




プルルルル プルルルル

ガチャ



午後4時30頃

ヤスノスケ「もしもし、ヤスノスケです。

カイ市で…戦争が…起こるんですか…!。

(せがれ)のシュウジは今、カイ市に居るのに…。


え、今度倅に会うかも知れないと?。

友人が訪ねて来て、次は倅を連れてくると約束していったんですか。

…そりゃあ、彼なら気が付いて居たでしょう。

いつも倅に引っ付いて居ましたから。」



シュウジはアイノネの話をし終えた後、思い出した様にアイナの事を尋ねた。


カイ・クラッシヴィ・トゥルニールに飛び入り参加をしたアイナは、そこでバレエの名作であるクルミ割り人形を踊ったらしかった。


トラゾウは付き人に彼女の姿を撮影させていたが、シュウジはその映像を視るかと誘われた時に、何故だか照れた。

そして興味ないと言って、頑なに視る事はしなかった。



時間は遡り、午後12時頃。

ユーリは長老と共に、オタスの杜を訪れていた。


長老「ユーリ君、君はカムイが好きなのであろう?。」



彼女は長老。

オタスの杜に住まわされていた先住民の長老であり、先の戦争を生き抜いた数少ない老婆。

民族衣装の様なものを着用している。

身長小柄、体重不明、年齢不明。



ユーリ「ええ…?。

カムイって、先住民であるアイヌ民族の言葉で、ズヴェーリの事ですよね。

どうして僕のカムイ好きを知っているんですか?。」


長老「フッフッフ、どうしてって、私は魔術師だからね。」


ユーリ「でも、それはただの噂では?。」



長老は自分の家に着くと、補導をしてくれていた軍人達に一言、ご足労様でしたと告げてユーリと2人で家の中へ消えていった。


家の中は、ユーリに取っては驚きの空間であった。

そこは、アイヌやウィルタ等先住民族達の民芸品で溢れていた。


ユーリ「こんな空間が、今もカラハット州に残っていたなんて…。

外にはカムイ達が沢山居ましたし、ここは…僕の理想的な場所です!。」



長老はその後に、先住民族達の不遇な過去を静かに語りだした。

“南北の国”による文化破壊や、長老自身が体験したオタスの杜で“南方の帝国”から土人と呼ばれ、動物園の中の動物の様に扱われた屈辱の経験談。

そして数十年前のこの日に攻め()って来た“北方の大国”には、船で背を向けて逃げる無抵抗な大勢の友人や同胞(どうほう)を、無惨にも一方的に虐殺されたという悲しい事実。

およそズヴェーリよりもおぞましい人間達により行われた非道な行為を、実体験として話していた。


更にはこんな事まで話していた。

それは過去の歴史で、13世紀から14世紀初頭に掛けて断続的に行われた外国との戦争の話である。


彼らはカラハット島の西に広がる広大な大陸を、歴史上最も大きく支配した国であった。

彼等は遊牧民で陸での戦争にめっぽう強かったが、時代が進むにつれて国が分裂し、今では弱小国家と成り下がってしまっていた。


長老「彼らは、カムイの事をモリと呼んでいてね、操るモリは(あお)い狼でね。」


ユーリ「そんなかつての大国も、今はその領土のほとんどを"北方の大国”に支配されていますからね。」


長老「そうだね。

戦いをすれば、どんなに強くとも敗れる時が来る。

時間の流れは残酷なんだよ。

未来は移ろうものだからこそ、常に努力しなくては。

私だってそうしているのだよ、ユーリ君。」



物好きであるユーリは、自身が先住民の長老から直接体験談を拝聴しているという貴重な現実に、次第に恍惚(こうこつ)としていった。


ユーリは長老から直接神話を聞きたいと思った。

幼い頃にシュウジから教わり、自分を変えるキッカケとなった話。

ハウキ(神話)の一説、“英雄叙事詩”をである。



長老は、英雄叙事詩を語りだした。


ある日空高くのカムイ達が住むカムイモシリ(天上界)に居る空を高速で翔ける蛇のカムイ、カンナカムイは、モシリ(地上)を眺めていた。

お目当てはモシリに居た美しきハルニレ、チキサニカムイであった。

カンナカムイは見とれる余り体勢を崩しカムイモシリから落っこちてしまい、チキサニカムイに衝突した。

するとチキサニカムイは瞬く間に燃え上がり、子を身籠った。

そして息が絶える寸前に、子を2(はしら)産み出した。

その子供らの名前が、オキクルミとポンヤウンペである。


オキクルミはその後、自分達をカムイと呼び(あが)(たてまつ)る、島の南部に住むアイヌ民族の人間達と共に、島の中部と北部に遊牧していたウィルタやニヴフと言った民族達と争いをしだしたのだった。


アイヌは元々9世紀頃に、後の時代に“南方の帝国”領となる東北という土地に住み着いていたアテルイやモレといった者達が、戦いに敗れ北に逃げてきた弱小の民族であった。


しかし、彼等にはカムイが居た。

常日頃から、友好的に火等の恩恵を与えてくれたカムイ達に対して感謝と畏敬の念を持って祈り続けてきていた彼等には、オキクルミという強力な味方が居たのだった。

そして13世紀頃には、ここカラハット島迄その勢力を伸ばしたのだった。


彼はカムイの子であったにも関わらず、見た目はアイヌ民族の人間達と同じであった。


オキクルミは人間とカムイの言葉を話し、更に全てのカムイを操れる存在だとして、アイヌ達の争いに協力したのだった。


しかし人間達の飽くなき欲望に嫌気がさしたオキクルミは、やがて島の最も美しい湖に住み着き、姿を変えて長い眠りに就こうとした。


その際にオキクルミは、アイヌ達にこう告げた。

人間達が争いを起こせば再び自分は人間の姿に戻り、カンナカムイがチキサニカムイを燃やした様に、再びモシリを焼き払いに来る…と。


それから先住民族達は一切の争いをしなかった為に彼等には、“戦争”や“国境”に該当する言葉がないらしかった。

ユーリは心酔した様に、いや、何かに気が付いた様に話を聞いていた。


彼は先程迄は、長老はもしかすれば話をしたいだけで、彼がカムイ好きだというのは口から出任せで言い当てただけなのだと思っていた。

しかし、今のユーリの表情は何かを悟っていて、それ故に自分が今ここに居られるのだと感じていたのだった。



時刻は再び元に戻って、午後5時頃。

1日という1つの映画が終わりに近づいて来ている事を教える、西日というエンドロールが現れていた。

疲れた1日であったが、もうすぐまた夜が来て眠り、朝を迎えては

1日を楽しむのであろうと、シュウジは思っていた。


アイノネ宅の庭の、木で造られた秘密基地の様な小部屋の中で、仰向けになり枝や葉の間の木漏(こも)れ日をじっと浴びていると、そんないつもの日常も思い出してしまうものだ。

まるで走馬灯の様に。



シュウジはアイノネにお客として招かれた所があるから行ってみようと誘われた。

向かった先は、中央区の一等地にある大豪邸。

家主はシャクシャインであった。


シャクシャイン「おう、良く来たなアイノネ。

そして…シュウジ君。」


アイノネ「久し振りだね、王者!。」


シャクシャインがシュウジを見る目は、どこかトラゾウに似たものを感じた。


アイノネはシャクシャインを王者と呼んだ。

しかし、シュウジの記憶が正しければ、彼はあの日チェリミンスカヤに敗れて王者ではなくなったと思っていた。


しかしそれに対しシャクシャインは試合前に2人でマイクに乗らない音量で話していた場面で、彼はチェリミンスカヤに脅されたからわざと負けたと言っていた。

八百長(やおちょう)を裁判で証言し、チェリミンスカヤは王者の座を剥奪されたらしかった。


シャクシャイン「全く、“島外の者達”は(わし)らの土地に住んでいながら、訳の分からん事をしやがりよるわ。」


その後もシャクシャインはチェリミンスカヤの悪口を言い続けていて、いつまでも悪態を()くこの老害とも言える人間に、シュウジ幻滅していた。

そして、憧れている人間は画面越しで視ているのが丁度良く、それ以上近づいてはいけないのだと悟った。


シャクシャインもトラゾウと同じく、先住民がどうこうといった話をしだした。

シャクシャインは特別な事を教えると言っていた。

2度目なので、今度はシュウジの頭に入ってきた。


話を聞くに、カラハット州の先住民はその不遇な体験から、戦後は名誉回復の為に抗議した。

その結果、数十年の時を経て彼等は“先住民会”という組織を立ち上げ、州に居る先住民の情報等を集めては先住民の為に行動する人権団体となった。


しかし彼等には裏の顔もあり、政府高官へ賄賂(わいろ)等で働き掛けた結果、“闘獣”の王者や3大トゥリーニルには純血の先住民が選ばれているとの事だった。

更には先住民の地位向上を賄賂で成し遂げ、曲がりなりにも侵略者とその被害者という構図を盾にして、先住民は州内では優遇され敬意を払われて当然の存在となった。

特にその長老ともあろう存在ともなれば、畏敬(いけい)の念を表さねばならなくなった。


この話を聞いてシュウジは、3大トゥリーニルのみならず、王者までもがそんな仕組みで選出されている事に衝撃を覚えた。

そして同時に、チェリミンスカヤは八百長なんかしかけていないという事実が見えてきて彼は、もしアイナがチェリミンスカヤの境遇を知っていたのなら、教えてあげたいと思った。


何故なら彼女は、チェリミンスカヤのファンであったから。


シュウジ「アイナ…。」


シャクシャイン「ん、何じゃと?。」


アイノネ「アイナお姉ちゃんがどうかしたの?。」


シャクシャイン「誰じゃそれは?。」


アイノネ「シュウジお兄ちゃんの、彼女だよ!。

カイ・クラッシヴィ・トゥルニールに出る位の美人何だから!。」


シャクシャイン「ハッハッハ!。

若さとはたからじゃのう!。」


シュウジ「い、いや、別にそんなんじゃ…!。」


アイノネ「照れてる!。

ハハハハハ!。」


シャクシャインは、カイ市の東区にはビーチがあるから二人で行けば良いと言った。

反発するシュウジと、心を見透かしてなのか笑うアイノネ。

更にアイノネは、東区には都心には珍しい自然保護区の森があると言って、そこで虫取をして秘密基地を造って遊ぼうと言った。


突然それらを子どもっぽく感じながらも、楽しみに思ったシュウジであった。



第12話 終

長老が語る英雄叙事詩は、アイヌ民族に伝わるカムイユーカラという神話を引用しています。

しかし、オキクルミ誕生後は創作になります。


先住民会なる組織も創作です。

また一部文言を付け足しました。

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