28
朝、顔を見るなり、ジャックに「今度ケーキ奢ってやる」と言われた。
どこと無く憐れむような瞳で。
一体、何があったのか。
特に意味もなく奢ってくれるようなやつじゃないのは確かだ。
私は知らない間に、何かされたのだろうか。
怖い。
そんな意味不明な奢り喜べるわけもないけど、不可解すぎてつっこむことも出来なかった。
不安だ。
*****
その朝の不安が的中したようなことが、昼食時に起こった。
少し前は、フェリックから逃げるためにテイクアウトにして学園内の隠れスポットで食べたりもしていたのだけど、早々に諦めた。隠れるのは、無意味だった。
逃げれば逃げるほど逆効果では?と言う結論に至り、最近は今まで通り、食堂でご飯を食べている。
そうすれば、『かくれんぼは辞めたの?』と、昼食時の突撃が減った。実にいい傾向である。この調子で来なくなればいいと思う。
「隣、いい?」
そう言われて、何か聞き覚えのある声だなとぼんやりと思った。
わざわざ隣に座らなくても、まだ席は空いてるよ??と思いながらそちらを見る。フェリックでは無いのは、声で分かったから、特に身構えもせずに。
何か、このやりとり前もしたような……?と、思いながら。
「……」
そこに居る人物に、私の動きは止まる。
「……ダメかな?」
何も言えずにいる私に、彼は首を傾げて問うてくる。さらさらと、長い髪が揺れる。
「いいですよー」
そう答えたのは、私ではなく向かいに座るナタリー。にこにこと、楽しそうな笑みを、私の隣に座る男に向ける。
……断ることは不可能だから仕方ないとは言え、裏切られた気持ちでいっぱいである。
「あの……えー、お邪魔でしたら、場所を変えますわ……」
私はトレイを手にし、その場を去りたかった。
しかしながら、なぜかそれをナタリーが阻止する。がしりと、トレイを人質にとられれば動くのを躊躇う。
『十中八九、あんたが目的でしょ?!』
と、目と口パクで訴えてくるが、無視したい。
関わりたくない。
けれども、トレイを置いてまでその場を後にするのも失礼すぎて、出来ない。
「君に逢いに来たのに、邪魔なわけないよ。出来れば話をしたいんだけど、良いかな?」
だから!
どーして、こう……。
そういうことを、サラッと言えるかな。
怖いよね。
「そうですか……」
ぼそり呟いて私は俯くしかない。
……なんで、アルバートがここに!
遠くから眺めれればそれで十分なのに。
何だこの、サービス!
いらんわ!
私の隣に座り、小首を傾げているのは、攻略対象である。
整った顔立ち、長く伸びた紅い髪。
間違いなく彼である。
関わらないと決めた……。
フェリックと関わる羽目になった時から、嫌な予感はしていた。気にしないように、考えないようにしていただけど。
……やはり、である。
逃げたい気持ちしかないが、私には逃げる術がない。
アルバートは侯爵家の人間で、そんな人からの申し出を拒否することなんて、出来ないのである。
隣に座っていいかと問われれば、『喜んで!』と答えるしかなく、話をしようと言われれば、『仰せのままに!』と会話をするしかないのだ。
ここで、それらを放棄して逃げ出せば、とんでもない不敬になる。学園内のことなので、そこまで問題にはならないが、アルバートや周りからの心象は良くないだろう。
「最近、フェリックが気にかけてるのは君でしょ?」
にこにこと問うてくるアルバートに、どう答えたものか困ってしまう。
そうと言えばそうだし、違うかもしれないと言えば違うかもしれない。私以外にそうやって、“気にかけている”人がいるなら、納得だし、最近、“関わりがあった”と言う点で見れば、確かにそうだからである。
“気にかける”と言う表現が、フェリックの主観であって、それを確かめる術のない私には、どうにも答えようがない質問なのだ。
「最近、急に“会う”ようになったと言うことでしたら、たぶん、彼女ですよ」
答えあぐねているうちに、またもナタリーが返事をしてしまう。
もうちょっと、余計なこと言わないで!私を追い詰めないで!と、ナタリーに念を送るが、にっこりと『諦めろ』と笑顔で返される。……哀しい。
「ふーん、君がねぇ……」
ナタリーの答えに、確信を得たアルバートは私を見つめる。こうジロジロとわりと不躾に。かなり失礼な態度だが、文句を言える立場には無いのが悲しいところ。一緒に居るナタリーも伯爵家なので、侯爵家の人間であるアルバートに強く出ることが出来ない。
「あのフェリックが追いかけてるって言うから、気になってしょうがなくてねー」
楽しそうに笑いながらアルバート言う。
あれ。
この台詞どこかで聞いた気が……?
「うーん、そっかそっか」
と、何か納得したような感じで頷いているが、さっぱり分からない。
「まぁ、ちょっと意外っちゃ意外だけど、なるほどねぇ。分かる気もする」
一人で納得されても困る……『意味、分かる?』と、ナタリーを見れば、彼女も首を傾げている。
大方、親友が気にかけている女を品定めに来たってところなんだろうけど……。
「まぁ、可愛いんじゃん?」
は?
と、言われた言葉の意味が分からなくて、思わずアルバートを見てしまう。
嫌味か?
新手の悪口か?
ああん?
と、詰め寄りたくなる……いや、そこまでじゃないけど、いや、ありえないでしょとポカンとはしてしまう。
どこからどう見ても十人並み。
悪くは無いが、良くはない。
可愛くないと言うわけではないと思うけど、これまで他人の男に可愛いなんて言われたことはほぼ無い。フェリックが冗談混じりに言うのをはいはいと、聞き流すくらいである。
あいつは、女の子相手なら平気でそれくらい言うやつである。喜んではならないと気合いを入れている。ので、ノーカンである。
……と、すればアルバートも同類である。
うわぁ、タラシってすごいね?
特に可愛くも可愛げも無い女を褒めれるって、そりゃ、モテるよね。人間が出来てる。てっきり、『こんな地味な女がなんで?』とか、言われると思っていたよ。
『フェリックに相応しくないから、手を引いてくれる?』くらい言われる覚悟がありますよ。
「へぇ。その反応じゃ美人局的なやつじゃないのかな?まぁ、どっちにしろあいつが騙されるなんて、ほぼ無いからねぇ。騙してるんだとしたら、相当だね。スパイにでもなれそう」
そうなの?!
アルバートのフェリックへの信頼が厚すぎる。フェリックの方は、アルバートが女に刺されるとまで思っているのに。
「スパイなんて……この通り普通の人間ですので、無理ですわ。心配してるようなことも無いと思いますよ。すぐに飽きるでしょうし」
ふふふと、笑いながら告げる。
突飛なことを言って興味を持たれるのは、ゴメンだし、不敵なことを言って警戒されるのもゴメンだ。
アルバートの好みはあれだ。
テンプレだ。
純朴で可憐で天然で危なっかしくて、でも芯は強くて、言いたいことはハッキリと言って。自分の容姿に引っかからない……。
わりと単純なのは、この男だ。一番攻略しやすいのも、アルバートである。タラシのわりにチョロい。
なので、そんな女には見えないように気を付けねばならない。
とりあえず、純朴でも可憐でもないから、その点は心配ない。気の強い発言をしなければ、問題ない……はずだ。
フェリックに加えてアルバートに、構われるとか面倒この上ない。そうなったら、生贄としてヒロインを差し出すわ。
間違いなく。
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